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「せいっ! やっ! はっ!」
「はっ! なっ! しっ! を聞け!」
「ちっ! 変態野郎のくせに中々すばしっこいな」
次々と繰り出される剣撃をなんとか紙一重でかわす俺。友達ができた以上死ぬわけにはいかない。
会話を試みようとするがその度に剣撃が襲い掛かってきてまともに話ができない。
かといってこの女が蓮ちゃんの上司とかだったらこちらからヘタに手を出せば蓮ちゃんの立場が危うくなるかもしれない。それだけは避けなければ。なんたって俺は友達に迷惑をかけない男だからな。
こうなったら……。
「はあっ!」
女武者の上段の構えからの切り落とし。
「ふんっ!」
脳天目がけて振り落された一撃を俺は両手の手の平で受け止める。真剣白刃取りだ。
「なにっ!?」
驚きのあまり目を見開く女武者。
まあ驚くのも無理もない。真剣白刃取りなんて並みの人間ができることじゃない。俺だってチカちゃんの動きを一挙一動を観察するために鍛え上げた動体視力とチカちゃんが落とした消しゴムを即座に拾うために鍛え上げた反射神経がなかったら今頃真っ二つになってたところだ。
「お前は何者だ変態野郎」
「ようやくまともに会話する気になったか。余計な手間を取らせやがって。あと俺は変態じゃない」
「ならなぜお前は全裸なんだ」
「知るかよ。気が付いたら全裸だったんだよ!」
むしろ俺が知りたいくらいだ。
「やはり無意識で服を脱ぐような変態じゃないか」
「ちげーよ! 気絶して気が付いたら全裸だったんだよ」
俺をとんでもない露出狂にするな。
「言っておくが俺は蓮ちゃんにやましいことはしていないからな。蓮ちゃんとは友達になったんだ。今は蓮ちゃんが服を取りにいってるから戻ってきたら確認しろ」
「……」
女武者は疑わしそうに俺を見る。
「……蓮に聞けば全てわかるか」
ポツリとそう呟くと女武者はようやく太刀を鞘に収めた。
「少しジッとしていろ」
「ん?」
女武者はいつの間にか俺の首に縄を括り付ける。
「おい、これは何だ?」
「これは縄だ。ど阿呆」
女武者は小バカにするように言うと俺の首に括り付けた縄をデカ鳥にも括り付ける。
「ど阿呆はテメェだ! 何で俺がこんなもんを付けられなくちゃならねえって聞いてんだよ。クソッ、取れねえ」
「今から蓮に会いに行くからその間に逃げられたりしないようにするためだ」
「ざけんな! こっちは全裸だぞ! こんな格好で町にいったら本物の変態じゃねえか。蓮ちゃんが戻ってくるまで待てばいいだろうが」
「生憎あたしは待つのが嫌いでな」
「テメェ!」
なんて傲慢な女なんだ。地獄にでも落ちろ。
「ほらっ、これで粗末なものを隠せるだろ」
そう言って小指ほどの小さな葉っぱをよこす。そして俺の息子を見てフンッと鼻で笑う。
「殺す! 女だろうとテメェだけは殺す!」
もう許さねえ。俺の息子をバカにしやがって!
「あたしはてめぇなどという名ではない。紫苑だ。よく覚えておけ」
「シオンだかジオンだかどうでもいい! テメェは俺の手で地獄に送ってやる」
「騒いでないで行くぞ」
「ぐへっ」
殴りかかろうとするが紫苑がデカ鳥に乗って走り出したおかげで首に括り付けられた縄が締まる。
く、苦しい。
「く、くそう」
俺は必死に縄を引っ張ってみるがデカ鳥はものともせずずんずんと走る。
デカ鳥についていかなければ首が締まって引きずられる。俺は嫌々ながらもデカ鳥の後をついていくしかなかった。
デカ鳥は森の中だと言うのにかなりの速さで駆けていく。
一方徒歩の俺はデカ鳥についていくのが手一杯だ。
クソッ! 紫苑のやつこっちのことも考えやがれ。
しばらく走って森を抜けると整備された街道へと出る。街道へ出るとチラホラ人の姿が見える。
大丈夫。股間にはしっかり葉っぱをつけてるから全裸ではないから変態ではない……はず。
しかしはたから見たら俺はまるで罪人みたいじゃねーか。屈辱だ。
「クソッ! テメェだけは絶対に許さねえ。あとで覚えておけ! 泣いて謝っても許さねえからな」
「ほう、まだ喋れる余裕があるのか」
ニヤリと紫苑は嬉しそうに笑うとデカ鳥をさらに加速させた。
「アパパパパパ!」
「あははははは!」
俺の必死の形相を見てケタケタと笑う紫苑。
許さん。この女だけは絶対に許さんぞ。
俺の絶対に許さないリストにあの女の名が最上位にランクインした。ちなみに次に許さないのはエテ吉だ。あと今俺のことを見て小馬鹿にするように笑った肥え太ったおっさんも許さん。
そして町に入り町の中心地にある小高い丘に建てられた屋敷へと俺は連れていかれた。
「蓮のことだからたぶんこの城にいるはずだ」
城? この屋敷はどっからどう見ても屋敷だろ。柵とか門があるけどどっからどう見ても城には見えん。こいつやっぱ頭おかしいんじゃないのか?
だがそれよりも……。
「ぜぇぜぇぜぇ」
ツラい。さっきから全力疾走で走らされ続けたおかげで足はガタガタで足取りがおぼつかない。喉はカラカラで痰が喉に絡む。
「み、水ぅ」
「あははは! よく生きてられたな」
ヘロヘロの俺を見て笑う紫苑。
笑い事じゃねえ! 覚えてやがれ!
「褒美だ。ほら飲め」
と言って紫苑は腰に下げていた瓢箪を投げてきた。
こ、こいつまさか俺に水をくれるのか!?
なんだ、案外いいやつじゃないか。
しょうがない。俺は寛大だからさっきまでのことは水に流してやろう。水だけに。それによく見れば中々美人じゃないか。胸はないけど。
「まあ中身は空っぽだけどな」
「クソッたれ!」
瓢箪を投げ捨てる俺。それを見て乳なし紫苑はまた楽しそうに笑う。
せっかく水に流してやろうと思ったがもう許さん。人をおちょくりやがって。
「さて、蓮に会う前お前をに着替えさせないとな」
「着替え……だと」
服が着れる。そんな当たり前のことがこんなに嬉しいとは。
「本当なのか?」
また騙されるんじゃないのか警戒する俺。
「ああ。蓮は山賊討伐の件で偉い奴に報告してるからそんな中に全裸で入ったら打ち首もんだからな」
確かにこんな格好でいけば無礼千万で斬り捨てられてもおかしくはない。
「でもそれなら蓮ちゃんの報告が終わるのを待てばいいんじゃないのか?」
「言ったろ、あたしは待つのが嫌いだ」
でたっ! 我儘な女め。まあ何かあったら全部紫苑のせいにしよう。
「さあ行くぞ」
俺は紫苑に言われるまま部屋の一室に連れて行かれた。
そしてそこで着替えさせられる。
この世界のことを全く知らない俺は紫苑に指示された服に着替えて蓮ちゃんがいるという広間に向かう。
しっかしこの女が自由奔放に屋敷をうろつけるなんて警備もザルだな。誰も何も言ってこない。むしろ恐れているようにも思える。
ははん。さてはこいつ城の連中に嫌われてるんだな。まあ性格も悪いし当然だろうな。
それはともかく広間に入ると中には三人いた。
一人はもちろん女神こと蓮ちゃん。
もう一人はちょんまげの爺さん。白髪で歳喰ってるくせに背筋がビシッと伸びていて威厳がありそうな武士って感じ。家老とかだろうか?
最後の一人はそのジジイに守られるのように座ってる十二歳ぐらいの幼い女の子。長い黒髪をお団子状にして左右に結っていてクリッとした愛らしい目をしている。着ている着物からしてお姫様だろうか?
俺が広間に入ると三人はポカンとした表情を浮かべる。
そんな中、蓮ちゃんが俺だと気が付いて驚いた声をあげる。
「九十九殿!」
「なんじゃ蓮。この珍奇な者はお主の知り合いか?」
とジジイがしかめっ面で蓮ちゃんを見る。おいジジイ、蓮ちゃんを苛めるなら許さんぞ。
「ええ、一応。しかしどうしてここに? それにその格好は?」
「えっ?」
蓮ちゃん言われて思わず首を傾げる。
俺の今の格好は虎皮の腰巻に虎皮のベスト、頭には虎の頭を被っている。
どこがおかしいんだ? この世界では普段着だと紫苑のやつが言ってたんだが……。
俺はチラリと後ろいる紫苑の様子を伺う。
「ぷぷぷ。本当に信じてやがった。馬鹿だ。馬鹿がいるぞ」
口元に手を当てて必死に笑いを堪えていやがった。
「クソッたれ!」
俺は被っていた虎の頭を地面に叩きつける。
また騙された。この女だけは殺す。
「もう許さねえ」
「待たれよ」
紫苑に殴りかかろうとするとジジイが止めに来た。
「この場で暴れるならお主を斬り捨てるぞ」
ジジイ腰に携えた太刀に手をかける。
「うるせー! そんなんで俺の怒りがおさまると思ってんのか! この女は一回痛い目に合わなきゃ分かんねぇんだよ」
この俺を止めたかったら核兵器でも持ってくるんだな。
「やめてください」
「ちっ。仕方ねーな」
お姫様の言葉に素直に従う俺。可愛い女の子の言うことは聞かないとな。
「……」
なに見てんだジジイ。ケンカ売ってんのか?
「命拾いしたな乳なし」
「おい! 手前今なんていった!」
「姉上!」
怒声をあげる紫苑を制するお姫様。
「姉上も姉上です。山賊狩りから中々帰ってこないから心配したんですよ」
「先に帰ったはずの千鳥様が帰ってなくて何かあったのか危惧しましたよ」
「まったくじゃ。殿の御身に何かあったのか気がかりでしたぞ」
お姫様の言葉に同意する蓮ちゃんとジジイ。
ん? 千鳥様? 殿? もしかしてこいつって……。