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ガヤガヤと人通りで賑わう商業区。
そんな中で俺と馬頭は一人の幼い女の子を尾行している。……アホらしい。
「にしてもこの城下町はかなり賑わってるな。どこの国もこんなもんなのか?」
戦国時代の城下町ってもっと田畑とか民家があるイメージだけど、ここは堺とかそんな感じに近い。
「お前、本当に何にも知らないんだな」
馬頭が呆れるようにぼやく。
「他の国じゃここまで商売が盛んなとこはあまりないな。どこの国も農業に力を入れているのが普通だ。この町が栄えてるのは皮肉にも大沼の野郎のおかげだ」
「どういうことだ?」
「あの野郎は先代の城主を言い様に使って自分たち商人が有利になるように関所をなくしたり街道や港の整備をしたんだよ。おかげでこの町はここまで栄えたんだ」
確かに関所がなければ商人としては往来が楽になるし街道や港が整備されれば貿易が盛んになるな。
「でもまあその代償に商人以外の民の生活が苦しくなっちまってな」
街道や港を整備するのにだって金はかかる。その金を出すために民に重税をかけたりしたのかもしれないな。商人を優遇したことで他の人間にシワ寄せが来たんだろうな。
「家臣がそのことを城主に言っても聞き入れなかったらしい。だもんで次々と家臣が離反していって数年前まではこの国も国内で戦があったんだ。そのせいのこの町以外の村とかじゃ未だに酷いありさまだ。紫苑様が先代を討って国をまとめなかったらどうなってたことやら」
「へー、あいつが」
先代を討ったってことは自分の父親を殺したってことか。紫苑のやつはどんな気持ちだったんだろうな。国を乱す悪人を殺すつもりだったのか、国を守るためにやむなく殺したのか……。
「って! そんなことよりも今はまこだ! ほら見ろ」
馬頭が指差した先にはまこちゃんが歳喰った魚屋の店主と話をしていた。
「あんな野郎がうちのまこを……」
オロオロと目に見えて動揺する馬頭。
「どう見ても違うだろ」
「いやでも!」
「うるせーな!」
何でこいつは妹のこととなるとダメダメなんだろう。いや、元々ダメダメか。
そうこうしているうちにまこちゃんは魚屋で買い物を終えて歩き出す。
「ま、まこー」
馬頭は情けない声を出してまこちゃんのあとをつける。
その後も馬頭はまこちゃんを尾行してまこちゃんが男と話すたびに馬頭は動揺していたが、結局まこちゃんは純粋に買い物を楽しんでるだけのようだった。
「なあ、そろそろ帰ってもいいか?」
正直時間のムダだ。まだ昼だし今からでも休日を楽しめる。
「何言ってやがる! まこが悪い男に騙されてたりしてたらどうするっていうんだ」
「まこちゃんに限ってそんなことはないだろ」
「いや、わからん! まこはああ見えてぬけてるところがあるからな」
「はいはい。つーか、何で俺がお前と一緒にまこちゃんを尾行しなきゃならないんだよ。一人で勝手にやってろよ」
「馬鹿野郎! 一人で妹のあとをつけるなんて恥ずかしくできるわけねーだろう」
「二人ならいいのかよ。……あれっ? まこちゃんどこに行くんだ? 長屋に向かってるみたいじゃないぞ」
「なにっ!?」
まこちゃんは商業区を出ると長屋とは真逆の方へと向かっていた。
「ほら見ろ、やっぱり男だ! 男に会いに行くんだ。まこはやっぱり悪い男に騙されてるんだ!」
「まだそうと決まったわけじゃねーだろ」
「黙れ! 行くぞ」
またしても馬頭に連れて行かれる俺。
あとをつけること三〇分。まこちゃんのあとをつけてたどり着いた先は神社だった。
「まこのやつ、何でこんなところに」
「神社か。あんまりいい想い出ないな。縁結びとか効果なかったし金は奪われるし」
「縁結び……だと。まこはやっぱり……」
馬頭の顔がひきつる。いい気味だから少しおちょくってやろう。
「まこちゃんもそういう年頃だから好きな相手がいてもおかしくはないな。お前も兄なら祝福してやれよ」
「駄目だ駄目だ駄目だ! そんなの俺っちは許さんぞ!」
馬頭がうおーと暴れ出す。
「ちょっ、落ち着けって」
「うるさい!」
「いてっ! なにも殴ることねーだろうが! このシスコン野郎」
殴られたのでこっちも殴り返す。
「……ぐ。やりやがったな!」
「それはこっちのセリフだ!」
せっかくの休日をこんなことに付き合わせやがって。
「上等だ! 手前とは決着をつけなきゃいけないと思ってたんだ。うちの可愛い妹に四六時中世話になりやがって」
「なんだと! お前こそ妹に甘えっぱなしの木偶の坊のくせに!」
「もう、二人ともやめてください!」
今にでも殴り合いそうになった瞬間、まこちゃんが仲裁に入ってきた。
「まこ」
「まこちゃん」
「二人とも神聖な神社の前で何をやってるんですか」
「「……うっ」」
自分よりも遙かに幼い少女に呆れ混じりで注意されてぐうの音も出ない。
「だいたい兄さんはどうしてここにいるんですか? 仕事はどうしたんですか?」
「そ、それは……」
口ごもる馬頭。言えないのならば優しい俺が代わりに言ってやろう。
「聞いてくれてまこちゃん。こいつはまこちゃんが逢引するんじゃないかって心配して仕事を勝手に休んだあげくまこちゃんのあとをつけてきたんだぜ」
「あっ! 手前」
「本当ですか兄さん?」
まこちゃんが馬頭を蔑むような目で見る。馬頭はそんな目で見られてタジタジと答える。
「は、はい」
「はぁ。兄さんには困ったものです。前にもこんなことあったというのに反省してないんですか」
前にもこんなことしてたのか。さすがにひくわぁ。
「でもよ、今日はまこがやけに機嫌がよかったし、俺っちとしては心配で心配で……」
「だってそれは……」
と言ってまこちゃんは言い渋る。
「だって何だ?」
問いだされてまこちゃんは恥ずかしげに答える。
「うう。だって大和さんのおかげで屋台で稼げるようになったから兄さんに日頃の感謝を込めて今日は手料理を用意しようと思ったから……。今まで屋台をやっていっぱい迷惑かけたからその恩返しが出来ると思ってたからだよ」
「まこ」
馬頭の顔が嬉しそうににやける。うぜぇ。
「そのために亜希さんに兄さんが好きだった馬刺しを届けてもらったり、商業区を周って美味しい素材を集めてたのに。なのに兄さんは仕事を勝手に休んで」
「そ、それは俺っちが悪かった。どうか許してくれ」
「本当に反省してる?」
「もちろんだ!」
「……それなら早く仕事に戻ってよ。わたしはまだこの神社に用があるから大和さん、兄さんのことよろしくお願いします」
「わかった。でもまこちゃん一人で大丈夫?」
ここは町から少し離れているから帰り道になにかありそうで心配なんだが。
「大丈夫ですから気にしないでいいですよ」
「そっか。ほら馬頭行くぞ」
「お、おう」
俺はニヤケ顔が止まらない馬頭を引きずって町へと戻る。
馬頭を町へ連れて帰ると俺は生活必需品を適当に買って長屋に帰る。
せっかくの休みをバカな兄のせいで大半を消耗したが、それなりにいい休日でもあったかな?
日も暮れて今頃は兄妹二人で飯でも食ってるかなぁと思いながら一人寂しく自炊していると、慌てた様子で馬頭がやってきた。
「大和はいるか!」
「なんだよ。今度はどうしたんだ?」
「まこが……まこが……」
「まこちゃんがどうしたんだ? 何かあったのか」
今朝と違い、血の気の失せた表情の馬頭に俺も真面目に対応する
「まこが誘拐された!」




