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「何を言ってるんです九十九殿! それじゃ――」


「食いしん坊は黙っとけ」


「く、食い……」


「まあまあ落ち着いてくだされ姫」


 柚子姫が頬を引きつらせていたがジジイが上手く宥めている。


 柚子姫の言いたいこともわかる。でもこっちにはこっちで考えがある。


 俺は泥沼と向かい合う。


「教えてもいいが、俺が正直に言うとは限らないけどそれでもいいのか?」


「ふんっ、なら証文に書かせるだけだ。嘘偽りがあったら一万貫支払わせるとな」


 証文。やっぱ契約書みたいなのはあるのか。しかし一万貫か。千文で一貫だから……一億文だ。


「だったらそっちも約束してもらおうか?」


「何をだ?」


「お前がさっき言っていたつくねをこの国に住む民に食べさせるということだ。そのためにどの店でもつくねを作る費用は一年間お前が全て負担しろよ。約束を破れば百万貫を払え」


「百万貫だと! ふざけるな! 何故私がそんな条件を飲まなければならない!」


「ふざけるな? 別にふざけちゃいないさ。俺はお前を信用できないから約束を破ったら百万貫払えって言ってるだけだ。約束を守るんだったら別に払う必要はないだろ」


「だが――」


「だが?」


 まだイチャモンを付けようとする泥沼を威圧して黙らせる。


「だが何だ? 別にこっちは無茶難題を押し付けているわけじゃないんだぜ。お前はこの国一の豪商だろ? 一年間の費用を支援するくらいわけないだろ? 売上の何割かを収めればお前にも金が入って来るし損をするわけじゃない。それとも、お前がさっき言った民衆のためという言葉は嘘だったのか?」


「……ぐっ!」


 俺が周囲に聞こえるほどの大声で話すと泥沼は悔しそうに顔を歪ませる。


 あれだけ民衆のことを思っているとか胡散臭い政治家みたいなことを言っていたからこれで俺の条件を飲まなかったら民衆からの信頼を失う。

 商人にとって信頼は何よりも得難いものだ。それが例え豪商でも信頼を失えば回復させるのにかなりの時間がかかる。


 この状況をどうやって作り出すか苦心したが柚子姫のおかげで助かった。柚子姫を貶めるために迂闊なことを吐いた自分を恨め三流商人。


「さあどうする?」


 さらに泥沼にプレッシャーをかける俺。


「……」


「返事がないということは交渉決裂だな」


 これ以上考える時間をくれてやる必要はないからな。


「ま、待て! その条件を飲もう! ただし、流民には支援はしないという条件ならな」


 最後の条件を付けた時にどうだ、と言わんばかりに勝ち誇った顔をする泥沼。


 確かにその条件が付けば流民が店を出しても泥沼が支援する必要はなくなる。そして出店する店は圧力をかけて自分の配下の店だけにしようとか考えていたんだろう。


 だがそれぐらいの悪あがきをすることぐらい予想済みだ。


「いいぜ」


「なにっ!」


 俺の返答に泥沼は自分の思惑と外れて驚きの表情を浮かべる。


 だがこれ以上何かを言う前に証文を交わすことにする。


「これで契約は成立だな。亜希、証文を準備してくれ」


「はいな」


 ささっと亜希が証文を準備してさっきの条件で契約を交わす。さすが商人だけあって仕事が早い。

 ヘタに泥沼が文句を言ってきても柚子姫とジジイが証人だから大丈夫だろう。


「ちっ! 忌々しいがこれで契約は成立した。さっさと作り方を教えろ!」


「わかったわかった」


 泥沼が急かすからつくねの作り方を教えてやる。


「ってな感じで丸めたつくねを串にさせば完成だ」


「それで」


 作り方を聞いた泥沼は問う。俺はとぼけたように返す。


「それでって?」


たれだ! 垂の作り方はどうした! あれがなければ作り方を教えたとは言わせんぞ」


「タレの作り方も契約の範疇なのか?」


「当然だ! 肝心の垂の作り方がなければ意味がないからな」


「そっか。タレも契約の範疇になるのか」


 と俺は思わず笑みがこぼれる。


「なら教えよう。タレは醤油、酒、砂糖を混ぜて煮込むだけだ」


「砂糖だと!」


 砂糖と聞いて泥沼が驚愕する。砂糖を調味料とする概念がないから信じられないんだろう。


「貴様はこの垂を作るのにそんな高価なものを使ったのか!」


「そうだ。たったこれっぽっちの竹筒でかなりの値段がしたな。……ああそう言えばお宅はつくねを作る人に費用を支援しなきゃいけないんだったな。それだけの砂糖を準備するとなるといくらかかるのかなぁ? さっきタレも契約の範疇だと言ってたしちゃんと払ってくれないと契約違反だな」


 砂糖以外のものなら泥沼にとっては大した出費じゃないだろう。だが砂糖だけは高級品だ。そんなものを無償で支給されるのであればどの店でもつくねを作るために砂糖を仕入れるだろう。そうすれば希少な砂糖の需要が高まって砂糖の値段が上がって泥沼の負担がさらに大きくなる。


「貴様ぁ! 謀りおったな!」


 やっと気付いたか。鈍いにもほどがある。だがもう契約を交わしてるから遅い。それもわかってるせいで泥沼は憤慨するしかない。ざまーみろ。タレはそのための切り札だったんだからな。


「愚民ごときが図に乗りおってええええええ! 次に会った時はただでは済まさんからな」


 怒りを露わにして串の代金を投げつけると立ち去ろうとする泥沼。早く帰って破産する前に対策を立てようって魂胆だろう。だがまだ逃がさない。


「おい待て。どこに行くんだよ」


「どこに行くだと? 私は帰る! 貴様になどもう付き合っておれん!」


「ああそうかい。だがその前に払ってもらおうか?」


「払う? 串の金なら払ってやったが」


「違う違う。さっき言ってたつくねを作る費用を払えって言ってんだよ」


「貴様の頭にはうじでもわいているのか! 流民には支援などしないと言ったはずだ」


「ああ。確かに流民には支援しないという契約だ。だがまこちゃんは流民じゃないからな。そうだろ柚子姫」


 俺はジジイに宥められて大人しくなった柚子姫に話を振る。


「ええ。確かに流民を受け入れた以上彼女は流民ではなくこの国の民ですね」


「ということだ。早く金を払え」


「認めん! 私はそんなの認めんぞ!」


「認めないってことは国の意向に逆らうってことだよな。つまり反逆罪ってわけだ。柚子姫、この国じゃ反逆罪ってのはどうするんだ?」


「それはもちろん打ち首です。国に仇なすんですから当然です」


「だそうだ。それでもまだまこちゃんは流民だと言うのか?」


「……くっ」


 いくら陰でコソコソ流民を否定しようとも姫様と筆頭家老がいる前で堂々と言えるわけがない。


「……いくらだ。いくら払えばいい」


 渋々認めるしかない泥沼。怒りで皺が寄り過ぎてただでさえ醜い顔がさらに醜くなっている。


 ここで払わなかったら反逆罪で死刑だからな。もしそうならなくても契約違反で百万貫を払わなきゃいけない。


「いくらだ亜希?」


「ざっと一貫やね」


 俺が話を振ると亜希はニンマリと悪魔のような笑みを浮かべて値段を提示する。


「一貫!?」


 唖然とする泥沼。


 さすがに一貫はぼり過ぎだろ。砂糖の八〇〇文以外はほとんどがもらいものとかだぞ。


「せや。この砂糖は普通の砂糖よりもいいもんやから値段も張るんやで。他にも材料は厳選しとるからな。本来ならもっとするのを泣く泣く値切って一貫やから感謝して欲しいくらいや」


 物は言いようだな。確かに肉はいらないところを厳選してるといえなくもない。


「……くぅ。これでいいだろ!」


 意気消沈の泥沼はろくに交渉もせずに紙切れを亜希に投げ渡すと逃げるように去って行った。おそらくあの紙切れは手形か。


「おおきに」


 ほくほく顔で見送る亜希。恐ろしい子。


「さて、これでまこちゃんが流民だとか言われることも減るな」


「えっ? どうしてですか」


 まこちゃんは俺の言った意味がわからず首を傾げる。


「だってあの泥沼が金を払ったってことはまこちゃんが流民じゃないってことが証明されたわけだ。あとは他の流民だった連中もつくねを作るために証文を盾に泥沼から金をせびれば商売ができるだろう」


「……大和さんはそこまで考えていたんですね」


「言ったろ。これはそういったくだらない価値観をぶっこわす戦争だって。すぐには変わらないけどとっかかりが出来れば変わるだろ」


 と言うとまこちゃんが急に泣き出した。今まで苦労していたからそれが報われると思って感極まったようだ。


「大丈夫かまこちゃん」


「やばとざん、ありがどう……ございまず!」


「おいおい、泣いてないでつくねを焼かないとな。客が待ってるぜ」


 気が付くと柚子姫とジジイがいなくなっていた。そのせいで今まで少し離れたところで見ていた客が一斉に押し寄せてきていた。


「ばい!」


 鼻声で返事をするまこちゃん。

 ずずと鼻水を啜ると俺とまこちゃんは客をさばくためにつくねを焼く。つくねを焼くまこちゃんは今までにない客の入りにとても忙しそうだったが、その顔はとても幸せそうだった。

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