15
「それで、わたしたちに食べて欲しいつくねというのはまだですか」
屋台の料理場に戻ると柚子姫が急かしてくる。
しかしさっきの串は目を離していて焦げすぎたから一から焼かないといけない。焦げたやつはあとで馬頭にあげよう。
「すぐ焼くからそんな焦るなって。姫様なのに食い意地が張ってるな」
「別にそういう意味じゃありません!」
ぷんすかと不機嫌そうな柚子姫。
「駄目ですよ大和さん。柚子姫様を怒らしちゃ」
とまこちゃんに注意された。俺が悪いの? 姫様というのは厄介だな。
じっくりと中まで焼けたいい感じのつくねにタレを一回つけて焼いてからさらにもう一度タレにつけて焼くことでつくねにタレの味を染み込ませる。
「そろそろいい感じだな」
焼けたつくねを皿に盛って屋台の椅子で待機している二人に差し出す。
「ほら、これで完成だ」
「これがつくねかの。なんとも変わった見た目の食いもんじゃな」
とジジイが顎を撫でながら感想を述べる。
「それに今まで嗅いだことのないにおいですね。醤油を焦がすのとは少し違うかおりですし……。でも醤油を焦がすと苦いから好きじゃなんですよね」
「ゴチャゴチャ文句を言ってないでガキなんだから大人しく食え」
「餓鬼じゃないです! わたしはこれでももう十二歳で立派な大人ですかね」
「はいはい。ガキはみんなそう――むぐっ」
突然まこちゃんが俺の口を抑え込む。
「駄目じゃないですか大和さん! 柚子姫様を怒らしたら斬り捨てられてもおかしくないんですからな」
と耳元で注意してくる。
斬り捨てられるっておだやかじゃないな。でも周囲を観察すれば刀を差した護衛らしき者もいるしあながち間違いじゃないのかもしれない。それにここで機嫌を損ねればまずいとか言われちゃうかもしれない。
「いやー、よく見れば柚子姫は大人だ。特に……特に……とくに……胸のあたりが?」
「……」
柚子姫がジト目で俺を見てくる。
「「……」」
それにまこちゃんと亜希までもがジト目で俺を見てくる。
だってしょうがないだろう。褒めるところがないんだから。十二歳って小学生だぞ。小学生のどこを褒めれば大人っぽく見えるっていうんだよ!
「さて、姫が食べる前に儂が味見をしよう」
静まり返った空気の中ジジイが救いの手を差し伸べてくれる。さすが歳を喰ってるだけあって空気が読める。どっかの子供とは大違いだ。
「ほう」
つくねを食ったジジイは息を漏らす。たったそれだけの仕草なのに洗礼されていて無駄がなく様になっている。
「姫も食べてみてはどうじゃ」
ジジイは柚子姫に進める。
味の感想は言わないか。ジジイが美味いと言えば別に柚子姫が美味いと言わなくても十分効果はあったんだが。喰えないジジイだ。
「いただきましょう」
柚子姫は上品につくねを一口食べる。その姿に周囲にいるギャラリーが見惚れていた。
「……!」
柚子姫は目を見開くと二口目、三口目とつくねを口に運ぶ。
「美味しい。この肉に染み込んだ甘辛い垂が肉汁と合わさって絶妙な味を醸し出している! それに焦がし醤油のような苦味もない」
柚子姫の賛辞に周囲の人間がどよめく。
「そりゃどうも」
俺がお礼を述べると柚子姫はハッとした表情になる。
「別にあなたを褒めたわけではありません。料理を褒めただけです」
とむくれる柚子姫。その表情は年相応の子供の顔だ。
ここまでは予想通りだ。問題があるとすればここからだ。
「おやおや、そこにいるのは柚子姫様と雲雀様じゃないですか。こんなしなびた屋台にいらっしゃるなんてどういう了見ですかね」
と嫌味ったらしく言ってきたのはぶくぶくと醜く肥え太った泥沼だった。
やっぱり来たか。これだけうちの屋台が注目されたうえに柚子姫がつくねを絶賛したとあっては流民を排斥したい泥沼にとっては都合が悪い。だから何らかの行動をとるとは予想していた。
「これは大沼殿。今回は城下の視察のために来たんです。勘助はその付き添いです。それとも何か来ては困ることでもあるんでしょうか」
澄ました顔で答える柚子姫だが言葉の節々には泥沼に対する敵意が感じられる。
俺が呼んだんだけど一応視察って名目としてきてるのか。そりゃあ一国の姫が理由もなく城下にくることなんて許されないからな。それに呼ばれたらから行くじゃ面子も立たない。姫様ってのもめんどくさいな。
「なるほどなるほど。私どもとしては問題ないのですが、いきなり来られてはおもてなしもできませんしね」
「わたしはありのままの城下が見たかったのであえて伝えなかったのでお気になさらずに。おかげ美味しいつくねと言うものを食べれました」
「ほほー、柚子姫が絶賛するほどのものですか。是非私も食べてみたいな。おいそこの流民。早く私につくねとやらを焼け!」
柚子姫に対する態度と違って怒鳴り散らすように言う泥沼。
するとまこちゃんが驚いた表情を浮かべる。
まこちゃんが驚くのも無理はない。あんだけ流民を排斥したいやつが流民の屋台で料理を食うなんて流民を認めるようなものだ。それでもやつは食べなきゃいけない。
俺はつくねをささっと焼いていく。
「ほらよ」
俺が焼いたつくねを出すと泥沼はなめるように観察しながら食べる。
「なるほどなるほど。柚子姫様が絶賛するのもうなずける。おい、確か馬頭とかいったな」
「あん!」
こいつ俺のことをまだ馬頭と間違えてやがるのか! あの馬顔と俺をどう見たら間違えんだよ! ぶっ殺すぞ!
「これの作り方を教えろ」
ちっ! やっぱりそう来たか。柚子姫が絶賛したからには流民の屋台だろうとつくねは売れる。だったら流民以外の店でも売れるようにしたらいいと考えたんだろう。そうすればわざわざ流民の店で買わなくていいからな。こいつとしては流民の評価が上がるのは避けたいからな。
だからこいつは食べることで味を盗もうとした。でも作り方がわからないから聞き出そうってことだ。つくね自体の作り方は予想できてもタレの作り方がわからないだろう。この世界じゃ砂糖が流通してないからまだ調味料として使うという考え方が浸透していないからな。砂糖を使うとしたら薬か嗜好品としてぐらいだ。
それでももっと言い方というものがあるだろう。
「大沼殿。それはいささか野暮じゃないでしょうか」
横柄な態度に柚子姫が注意する。
「商人にとって大事な商売の種を聞くのは無粋ですよ」
「おやおや、柚子姫様こそ無粋じゃないですか。これだけの物なら国を挙げて推奨するべきですよ。私だったらこの国に住む全ての民たちに食べさしてあげたいですね。それとも柚子姫様は自分だけ食べれればいいと思うのですかな?」
なんとも胡散臭い言葉だ。周りにいる民衆に自分は民思いの人間だと言いたいだけだろ。どっかの政治家かよ。
「別にわたしはそういったつもりはないのですが」
「ですが捉え方によってはそう聞こえてもおかしくないですね。一国の姫ともあろうお方がそこまで配慮できないのですかな」
「それは――」
「うるせーな!」
二人が俺を置いて勝手にヒートアップするから怒鳴り声を上げる止める。
「どっちも勝手にピーチクパーチク囀りやがって。そんなに作り方を教えてほしけりゃ教えてやるよ」