14
「ふぁーあ」
眠い。それに身体もだるい。睡眠不足だ
でも寝るわけにはいかない。まだ朝日は昇っていないが今日も一日が始める。
気合いを入れるために顔を洗ってまこちゃんが迎えに来る前に身支度を整える。
そしてまこちゃんが迎えに来ると昨日と同じように牧場の手伝いをして肉と卵をわけてもらう。
肉をもらってそのまま屋台にはいかず一旦長屋に帰ってつくねを仕込む。仕込みを終えると商業区へと向かった。
「大和さん。その壺はなんですか?」
まこちゃんが長屋から持ってきた壺を見て質問してくる。
「これは今日の切り札だ」
「切り札?」
俺の返答にまこちゃんは首を傾げる。
「まっ、あとでわかるよ」
ポンポンとまこちゃんの頭を撫でてあげる。
「へぇ、それが切り札かいな」
と楽しそうな笑みを浮かべた亜希がやって来た。
「亜希か。お前仕事しなくていいのか」
最近ずっと俺といるけど暇なのかな。
「昨日あんな振りしといたら気になるやろ!」
昨日というのは砂糖の使い道についてだろうか?
「どうやらその切り札ってのがそうなんやろな」
「まあな」
と言っても現代人からしてみれば大したもんじゃないだろうけど。そこら辺のスーパーでも手に入るもんだ。
「どないなことをやるのかそばで見してもらうで」
そう言って亜希は俺たちが屋台を組み立てるのを見ていた。手伝ってくれないんだ。
屋台を組み立て終えるとさっそく炭に火を入れて準備をする。
時刻はお昼時。客が食い物を欲してぽつぽつと現れ始めた。
俺はさっそく網につくねを乗せて焼き始める。
「さぁいらっしゃいいらっしゃい。世にも珍しい鳥の団子だ。やわらかくてホクホクで肉汁たっぷりのつくねはいらないかい! 今日だけの特別価格で一本で一文だ!」
辺りにいる呼び子に負けない声で呼びかける。
しかし客はこない。チラリとこちらの様子を窺うが、こっちが流民の店だとわかるとそっぽ向く。触らぬ神に祟りなしって感じなんだろう。ヘタに関わって泥沼に目を付けれたくないみたいだ。
「……来ませんね」
寂しそうに言うまこちゃん。
「まあこれぐらいは予想通りだ。切り札を使うぞ」
「もう使うんかい!」
様子を窺っていた亜希がいきなり突っ込みを入れてきた。
「なんだよ。悪いか」
「いや、なんちゅーか切り札って割にあっさり使うやん。切り札っちゅーもんはもっとギリギリの場面で使うもんやないんか」
「こっちはもうすでにギリギリだよ。特に馬頭がな」
このまま売れなければあいつは首をくくらにゃならんからな。そういえば馬頭のやつを昨日は見なかったな。まこちゃんいわく一昨日城に侵入者が入ったらしくそのせいで警備に駆り出されたとかなんとか。侵入者とか物騒だな。
それはともかく、俺は切り札の壺を出す。
これはぶっちゃけタレだ。塩もいいがやっぱり焼き鳥にはタレがないとな。
昨日はこれを作るために徹夜をした。醤油に酒、砂糖を加えて煮込むだけだが、秤もないし素材の味も現代と違って不純物が多いせいで違うから納得いく味を作るのにだいぶ時間がかかった。その分つくねに合う甘辛いタレができた。
いい感じに焼けたつくねをタレに付けてからもう一度網に乗せて焼く。するとタレの強烈なにおいが周囲に充満する。さらにそれをうちわで扇ぐ。
「なんやこの美味そうなにおいは!」
「なんだかよだれが出てきそうです」
亜希やまこちゃんの反応も上々だ。
やっぱ焼き鳥にはこのにおいと鳥の焼けるジューという音が食欲を誘う。それに見た目もいい感じに表面が焦げて美味しそうだ。炭火を使ってるから表面はパリッと焼けて中はほかほかに焼けて間違いなく美味い。
さっきまで無関心を装っていた客もこのにおいは堪えれず注目せずにはいられない。
だが買いにはこない。気にはなるが流民の店ということで泥沼を恐れて買う気にはならないようだ。これでもダメか。
「……大和さん」
まこちゃんが切なそうに俺を見る。
「いいせんいってたと思うで」
亜希が慰めるようにポンッと肩を叩いてきた。
「でもな現実はこんなもんや。下々のもんは上には逆らえん。うちも昔は大和と似たようなことがあって頑張っとったけど駄目やった。あんま気落ちせんでもええと思うで」
「?」
あれっ? 何で俺励まされてんの? 別に落ち込んでないんだけど。
「九十九殿」
そこへようやく待ち人が来た。
「やっときたか」
やってきたのは柚子姫とジジイ。二人ともなぜか仰々しい格好をしている。いいのか? その服に臭いがついちゃうぞ。
それと周囲が想定していたよりも騒がしい。
「それで九十九殿、わたしたちにここまで呼んで何をすればいいんですか?」
「別に大したことじゃない。柚子姫とジジイにはこのつくねを一本食べて感想を言ってくれればいい」
「……えっ? たったそれだけですか?」
俺の話を聞いて柚子姫は物足りなさそうな顔をする。なんて食いしん坊な子だ。まあ姫だから甘やかされたんだろう、仕方がない。
「わかった。二本――いや、三本食っていいぞ」
「別に本数が気に入らなかったわけじゃないんですけど……」
なんかぶつぶつと文句を言う柚子姫。ジジイはそれを微笑ましそうに見ていた。
俺はちゃっちゃっとつくねを焼いてしまおうとするが、まこちゃんと亜希に屋台の陰に連れて行かれた。
「いったいどういうことや!」
「どうして柚子姫様がこんなところにいらっしゃったんですか」
二人とも焦ってると言うか気が動転してるというか……事態が上手く飲み込めていないようだった。
「俺が呼んだから」
「呼んだって……。あんな、あの二人は一国の姫と筆頭家老やで。それを友達を呼ぶような感覚で言うなや! 呼んでくるようなものやないで」
「友達!」
あの二人は友達だろうか? ジジイと幼女が友達ってなんか危ないな。
「そこ反応するとこちゃうわ! 国の重鎮をこんな寂れた屋台に呼ぶなんてあんた何者や!」
「寂れた……」
まこちゃんが地味に傷ついていた。
「別に大したもんじゃない。一昨日城に行ってお願いしてきただけだし」
「一昨日って! あんたかいな! 町で噂の城に侵入した賊ってのは……」
「心外だな。侵入したんじゃなくて友達に会いにお邪魔しただけだ」
「……ったく、規格外なやっちゃな。でも、そこに惚れるわ」
ニヤッと八重歯を見せて笑う亜希。
「げふんげふん。それよりも大和さん」
まこちゃんがわざとらしい咳払いをして話す。
「柚子姫様をわざわざ呼んでどうするつもりなんですか?」
「どうするもこうするもつくねを食って感想を言ってもらうだけだけど」
「それだけですか?」
「ああ。むしろそれで十分だ」
「どうしてです?」
「柚子姫がつくねを食って美味いって言えばみんなも食いたがるからな」
あれだ、有名人があの店の料理は美味いとか紹介すると店に客が来るようなもんだ。
「そうなれば流民だろうが関係なく食いたがるだろ」
元々娯楽が食道楽ぐらいだし、つくねという珍しいものを食いたいはずだ。
まこちゃんも俺の説明を聞いて納得していた。
「せやな。でもことはそう簡単にはいかんと思うで」
亜希の言うことはもっともだ。柚子姫に美味いと言ってもらうよりもやらなきゃいけないことがある。
「わかってる。こっからが本番だ」