13
翌日、デカ鳥の世話をするために朝日が昇る前に起きる。
朝は早いがこの世界じゃ夜は暗くてやることがないせいで自然と寝るのが早くなるから早起きも特に苦にならない。
起きると水瓶から水をすくって顔を洗い寝ぼけた頭を覚まして身支度を整える。
「よし」
今日は色々やることがあるから気合いを入れる。
その後まこちゃんがうちまでやって来て一緒に牧場へと向かう。亜希の塗り薬が効いたのかまこちゃんの顔の腫れは大分引いていた。
牧場へ向かう道中まこちゃんが握ってくれたおにぎりを食べる。やっぱり美味い。
でもいつまでもまこちゃんに甘えるわけにはいかん。早く道具を揃えて自炊できるようにしないとな。
「あら、まこちゃんおはよう」
牧場に着くと俺たちを出迎えたのは昨日のおっさんではなく恰幅のいいオバちゃんだった。昨日のおっさんはどうしたんだ? もしかして都条例に消されたか……。
「おはようございます」
「どうも」
まこちゃんに続いて俺も軽く会釈する。
「あらあら、あなたが例の……」
とオバちゃんは俺の顔を見て口元に手を当てて笑う。なんだ例のって?
「あの……おじさんは?」
キョロキョロと周囲を見回していたまこちゃんがオバちゃんに訊ねる。
「ああ、うちの人ね。ちょっとあんた!」
「どうしたんだい」
オバちゃんに呼ばれて近くの小屋から出てきたのはちょっと渋めのナイスミドル。誰だよ。
「おや、まこくん。今日も頼むよ」
「くん!? えっと、おじさん……ですよね」
まこちゃんが戸惑いながら確認する。
「ああ、そうだ」
キラリと歯が光る。
「なんか……雰囲気、変わりました?」
雰囲気というよりもキャラが変わった気がする。有り体に言えばアメリカのホームドラマに出てくるパパさんみたいになっている。
「昨日からなんだか生まれ変わったみたいだよ、はっはっは! それじゃ僕はこれから仕事があるんで」
おっさんはスタスタと優雅に立ち去って行く。
「昨日からあんな調子さ。何があったんだか」
と肩をすくめるオバちゃん。
「まああたしゃ働いてくれれば何でもいいけどさ。じゃあ厩舎の掃除頼むよ」
と言ってオバちゃんも立ち去って行った。
「うーん。あのおっさんに何があったんだろうな」
「……間違いなく大和さんに原因があると思いますけど」
あきれたように言うまこちゃん。
そんなバカな。俺はあのおっさんが不適切な発言をするからちょっと頭を小突いただけだぞ。きっと都条例によって更生させられたんだろう。都条例恐い……。
とりあえず俺たちはデカ鳥のいる厩舎へと向かう。
そして俺はまたなぜかデカ鳥に追い掛け回されて全身ペロペロされた。
その後掃除を終えたまこちゃんと合流して肉を分けてもらう。ついでに卵も頼んで分けてもらう。
今日は屋台をやらずにそのまま長屋まで戻って来る。
「ところでわざわざその卵をもらって何に使うんですか?」
長屋に戻るとまこちゃんがそんなことを聞いてきた。
「つくねを作るために使う」
「……つくね? なんですかそれ?」
思った通りまこちゃんはつくねを知らないみたいだ。
俺が見た限り屋台で売ってるものは素材をそのまま焼いたりしたものがほとんどだった。だからつくねはこの世界にないと思ったけど予想通りだ。
「料理だよ。今日はこのままつくねを知ってもらうために作ろうと思う」
「大和さんって料理できたんですか!」
と驚きの声を上げるまこちゃん。
あれっ? そんな驚くことなのかな? それとも男が料理するってのがおかしいことなのかな?
「大和さん、言い難いんですけど生肉を食べるのは料理っていいませんよ」
……まこちゃんは俺をどんな人間だと思ってたんだ。もしかして初日の時に湯漬けで涙を流したことでとんでもない田舎者だと思われてるのか?
「ちゃんとした料理ぐらいできるよ。このつくねは明日の屋台で売ろうと思うんだ」
「つくねを……ですか? いいですけど食べれるものなんですか?」
ひどい言い草だ。
「とりあえずつくねを作ってみよう」
「そうですね。作ってみないことにはわかりませんものね」
ということで俺たちはつくね作りを開始する。
「まずは肉を細かく切ってくれ。それが終わったら包丁の背で叩くんだ」
「肉は全部使うんですか?」
「ああ。つくねを作ったらそれを応用して年寄りと子供の分のメシも作るからな。たまには肉だけをもらうよりはいいだろう」
「わかりました」
まこちゃんは手馴れた手つきで肉を切っていく。元々余った部位ということなので肉の一つ一つが小さいので切ることは大した作業じゃない。叩いてミンチにするのが少し手間だけど。
ミンチにした肉をボールの代わりに桶に入れる。そしてそれに葱と生姜、牧場でもらった卵を加えて混ぜる。
「あとは団子状に丸めて串にさして火で焼けば完成だよ」
「えっ? それだけなんですか?」
「うん」
本当ならもう少し下味をつけたかったけど贅沢は言ってられない。
さっそく焼いてみる。馬頭の件があるから中までしっかりと丁寧に焼いていく。焼いていると肉の焼ける香ばしいにおいがしてきて肉汁がしたたり食欲をそそる。
「うわー、美味しそうですね」
「もういいかな、はいまこちゃん」
いい感じに焼けた串をまこちゃんに差し出す。
「ありがとうございます! じゃあいただきますね」
まこちゃんはつくねをはふはふと口に頬張る。そしてごくりと飲み込むと満面の笑みを浮かべる。
「美味しいですね! 普通に食べるよりもやわらかいのに食べ応えがありますし」
どうやらつくねは気に入ってもらえたようだ。これで口に合わなかったらどうしようかと思った。
「次は年寄りと子供分を作るか。さすがに全員分焼くのは面倒だから味噌汁にしてつくねをぶっこむとするか」
「それはそれで美味しそうですね。大和さんって本当に料理ができたんですね」
「まあな」
とそこへ亜希がやってきた。
「大和!」
亜希は俺の身体をギュッと抱きしめる。
「亜希か。抱き着くのはいいけど胸が当たってるんだが」
「当たってるんやない、当ててるんやで」
「そうか」
「なんや、つれないな。ところでそれは何や?」
ふて腐れながら亜希は俺から離れるとまこちゃんが食べていたつくねを指差す。
「あれはつくねだ。明日から屋台で売る新商品だ」
「へぇ」
新商品という言葉に亜希の瞳を細める。さすが商人だけあって新商品に喰いつくな。
「食べてもええ?」
「いいぞ」
「ほないただくで」
串を受け取ると亜希はまこちゃんと違って味わうようにゆっくり咀嚼する。
「肉は鳥肉やな。でもこのもちっとした触感は何や……? 肉っぽくないな」
「それは……」
「待てまこ!」
解説をしようとしたまこちゃんを止める亜希。
「うちも商人のはしくれや。ただで商売の種を聞き出すほど落ちぶれとらん。つくねっちゅうのは確かに美味い。でもな、たぶん売れへんで」
「えっ!?」
「そんぐらい大和だってわかっとるやろ?」
「まあな」
新しいものというのは中々受け入れられない。そんなもの歴史を振り返れば多々ある。ましてやあの泥沼が流民を嫌ってる以上は流民が作ったものなど許さないだろう。
でもだからこそやる必要がある。
「亜希、アレは手に入ったか?」
「これや」
亜希は葛籠を開けて竹筒を取り出す。
俺はそれを受け取ると中身を確認するためにそれを指ですくって舌でなめる。
「うん、甘い」
少し雑味があるけど問題ないだろう。
「何ですかそれ?」
まこちゃんが聞いてきた。
「砂糖だよ」
「砂糖って! そんな高級品どうするんですか!」
俺の返答を聞いてまこちゃんが仰天する。やっぱりかなり高価なんだな。元の世界じゃ大して珍しいものじゃないのに。
「せやな。たったそれだけで八〇〇文もするんやからな。大和はそないなもんでどうするつもりなんや」
竹筒一本分で八〇〇文か。職人が十日間働いてやっと買えるのか。高いな。馬頭が首をくくらなきゃいかんかもな。
二人はそんな高いものを使って何をするのか気になるみたいだ。でもそれを教えるわけにはいかない。どこで誰が聞いているかわからないしな。
「まあそれは明日になってからのお楽しみだ」