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「紫苑様、よろしかったのですか?」


 紫苑が居城にて一通り政務を終え、一息つくと蓮がそう声をかけてきた。


「何がだ?」


「その……九十九殿のことです」


「あいつのことか」


 紫苑は大和のことを思い出し明らかにしかめっ面を浮かべる。普段からあまり表情を表には出さない紫苑には珍しいことだ。それだけ大和に対する気持ちが強いのだろう。


「あいつのことなど知らん。国を出ていくと言うのなら勝手に出て行けばいいだけだ」


「しかし九十九殿には此度の戦で大きな貸しが出来ました。彼がいなければ勝てていたかどうか……」


「知らん! お前がそう言うからあたしはあいつに渋々仕官の話を持ちかけた。だがあいつの態度はどうだったか覚えているだろう!」


「え……ええ」


 蓮もその時のことを思い返し苦い表情を浮かべる。


「あいつは耳糞をほじりながら「えー、お前の下に仕えると絶対に嫌だし」と言ったあげくほじくった耳糞をあたしに向けて吹きかけてきたのだぞ! くそっ! 今思い返しても忌々しい」


 と当時のことを思い返し拳を握りしめ怒りを露わにする紫苑。


 蓮はそんな紫苑の表情を見ながら少し安堵する。


 紫苑は家督をついでからあまり感情を表に出さなくなった。自分の発言がどのような影響を与えるかわからないためである。そのため家臣達の前では喜怒哀楽をなるべく出さず冷徹な仮面を被ってきた。それは幼馴染である自分の前でもだ。


 だというのに大和のこととなると紫苑はこうも表情豊かになるのだ。それが怒りの感情だとしても昔のような紫苑を見ているようで蓮にとっては喜ばしいことだった。


「何が面白いのだ蓮!」


 つい嬉しくて笑みを浮かべる蓮に紫苑が一喝する。


「いえ。何でもありませんよ紫苑様」


「んー、なんかその笑みが癪に障るがいい。それよりあの男のことだ!」


 知らんと言っておきながらも大和のこととなる怒りのせいか饒舌になる紫苑。


「仕官を断るのはまだいい。だがその理由がふざけていると思わぬか!」


「まあ九十九殿らしいと言えばらしいですが……」


「何が嫁を探しに全国を旅をするだ! そんな理由で仕官を断るようなやつなどあの男ぐらいだ! あの男の頭の中はどうなっているのだ」


「……ははは」


 これには蓮も苦笑いだ。


 だが蓮は大和が嫁を探す理由は知っている。


 あれは如水城にて蛟傭水が降伏する条件を話した時のことだ。


 蛟傭水が出した条件のまず一つは紫苑の命の保証はしないということだ。


 そしてもう一つ出してきたのが大和とがまだらと婚約するということだ。


 蓮としてはまらだは家柄はないが蛇骨の国で最年少で軍師を務める優秀な人間で蛟傭水の腹心でもあるので悪くない婚姻だと思ってそれならばと蛟傭水の意見に賛成した。


 その時に大和がこの世の終わりのような表情を浮かべていたが蓮にはその理由がわからなかった。


 結局大和は愛のない結婚がどうたらこうたらと猛反発し、紆余曲折があり三年間の猶予で婚約者を探し出せなければまだらと結婚するという条件で了承した。その間まだらとは許嫁でということになった。


 しかし蓮としては蛟傭水がなぜあそこまで大和との婚姻に固執したのかが気になった。


「紫苑様。実はそのことでお話があるのですが……」


 気になった蓮は蛟傭水とのやりとりについて紫苑に説明する。


「ふーん、なるほど。あの狸爺のことだ。何か思惑があるのかもしれんな」


「ではどうします?」


「どうするとは?」


「このまま九十九殿を国外に出していいのですか? 例えば……紫苑様が九十九殿を婿に迎え入れるとか」


 蓮が冗談交じりにそんなことを言ってみると紫苑の表情が一変する。


「蓮。それは冗談にしては笑えんぞ。あの男と添い遂げるなど想像もできん」


「……ですよね」


「そういうお前はどうなのだ? 羽鳥家の一件以降縁談話はないのであろう?」


「……ええ。ですが私のような腕っぷししか取り柄のない者を嫁にもらっても九十九殿も困るでしょうから」


「そんなことを抜かしたらあたしがあの男を叩き斬ってやるから」


「それでは元も子もないでしょう」


「それもそうだな。……まあとりあえずあの男のことはほっておけ。あの狸爺が何を画策しようともあいつが誰を嫁にするなどわからぬことだしな。第一あいつの好みなどわからんし、すでにあの狸爺にも恩を売ってしまった」


 蓮はその恩というのが気になったが紫苑は話す気はないようだ。


「それよりも蛇骨の国を併合したことでやることは山積みだ。それに伴って他国がどう動くかも気になる。また近いうちに戦が起きるやもしれぬ。あいつのことなど気にかけてやるなど余裕はない」


 と言って紫苑は話はこれで終わりにして山積みとなっている問題について考えを巡らせる。







「国を出ると言うのはどういうことなんです?」


 まこちゃんが不安な眼差しで俺を見る。


「実は旅に出て探すものが出来たんだ」


 お嫁さんとかお嫁さんとかお嫁さんとか。


 そう、俺だってまこちゃんを置いて旅に出るのは心配だがこのままだとまだらと結婚させられるはめになる。


 それだけはなんとしても阻止せねば。何で好きでもないやつと結婚させられなきゃいかんのだ。俺は好きな子と結婚して幸せな家庭を築きたいんだ。


 俺はまだらのことが好きじゃないし、向こうも俺のことなんか好きじゃないだろうしな。


 それもこれもあの蛟の爺さんのせいだ。


 何で俺がまだらと結婚したら負けを認めるんとか意味わかんないことをぬかしやがったんだ。そもそも俺はあいつが男だと思ってたんだぞ。始めその話を聞かされた時は男と結婚させるのかと思って蛟の爺さんをもう一回殴ってやろうかとしたぐらいだ。


 おまけに蓮ちゃんに助けを求めても賛同されちゃうし……。あの時は本気でショックだった。そこは九十九殿は私のだ! とか言ってくれると少し期待していたのに。やきもちすらやいてもらえなかった。


 かといってあの状況で完全に拒否できるわけもないし。なんとかごねて三年間の猶予はもらったけどそれまでに相手を見つけないとまだらと結婚させられることになる。そんな愛のない結婚はなんとしてでもさけねばならない。


 そのためには相手を探さないといけない。恋とは待っていてもやってこないのだからな。


「旅ですか……。どれくらいで帰って来るんですか?」


 まこちゃんが潤んだ目で訊ねてくる。なんだか心苦しい。


「三年ぐらいかな。三年したら戻って来るよ」


 将来のお嫁さんにもまこちゃんのことを紹介したいしな。


「じゃあ……わたし待ってます。大和さんが帰って来るのを待ってるんで、絶対に帰ってきてくださいね」


「もちろん」


 まこちゃんにそう返事をすると、遠くの方から鬼の形相で俺の名を叫びながら誰かがやってきた。


「大和おおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「あれっ? 栞那じゃん。どうした――」


「どうした、じゃないです! この国を出て旅に出ると聞きましたけどどういうことですか」


 栞那は駆けてくるなり俺の胸ぐらを掴むと首がカクンカクンとなるぐらい激しく揺さぶる。


「それにその理由がこ、婚約者を探すためだと聞いたのですが本当なのですか!」


「えっ? そうなんですか大和さん」


 まこちゃんも初めて聞いたといわんばかりに目を見開いて驚いている。あれ? 俺言ってなかったっけ?


「本当だぞ。俺は嫁さんを探すために全国を旅しなきゃならなくなった」


「何ですかそのふざけた理由は!」


「ふざけてなんかいない。俺は大まじめだ」


 結婚という人生がかかっているのだからな。


「だったら私が……」


「私が? どうしたんだ!」


 突然顔を真っ赤にして言葉に詰まる栞那に俺が問い返す。


「何でもありません! ですが私もあなたの旅について行きます」


「えっ? 何で?」


「何でだと……? これほどあなたを殺してやりたいと思ったことはありません」


 何で怒ってるの?


「第一お前は百舌の爺さんから養子にならないかって誘われているんだろ?」


「それは断りました!」


「断った!?」


 これには俺も驚きが隠せない。百舌家の養子になるということはこの国での地位は保証されたようなものだ。流民出身の栞那からしてみれば破格の条件のはずだ。それを断っただと。


「あなたが駄目だと言っても私はついて行きますから。わかりましたか!」


「……あ、ああ」


 つい勢いにのまれて了承してしまう。


「そうですか。なら私もすぐに旅の支度をしましょう。いつ出立するのですか?」


「明日にでも出発しようと思ってる」


 善は急げ。嫁さんを探すのなら一日でも早く出かけた方がいい。いくら俺が好きになっても向こうが好きになってくれるまで時間もかかるかもしれないし早いに越したことはない。


「くっ! 明日だと! すぐに準備をするので置いて行かないでくださいよ」


 と言って栞那は旅に必要な物を買うべく慌ただしく街へと繰り出していった。


 別にそこまで慌てる必要はないと思うんだけど……。最悪一日二日ぐらいなら待つんだけどな。そう言おうと思ってもすでに栞那の姿はない。


「大和さん! わたしも大和さんと一緒に行きます」


「え? まこちゃん?」


 まこちゃんが唐突にそんなことを言い出す。さっき待ってるって言ってなかったっけ?


「わたしも負けてはいられませんから」


 負けるってどういうこと? 俺の旅に勝ち負けがあるのか?


「いいですよね大和さん」


「でもまこちゃんは危ないんじゃ……」


 旅と言っても現代と違って野盗とか出て危ないからなぁ。


「大丈夫です! 兄さんと流民として各地を転々としていましたから旅には慣れています」


「……うーん」


 俺としてもまこちゃんが目の届くところにいる方がいい。馬頭との約束もあるし俺が近くにいればまこちゃんに何かあった時にすぐに動ける。でも旅は危険だしなぁ。


「駄目……ですか?」


「……わかった。いいよ。一緒に行こう」


 ここに残して何かあったら馬頭に申し訳が立たない。それに俺だけならともかく栞那もいるしなんとかなるだろう。


「やった! じゃあ明日までに旅の準備をするんで待っててくださいね」


 と言ってまこちゃんも栞那に続く様に街へと駆けて行った。


「いいのかな? そんな安請け合いしちゃって?」


 背後から声がして振り返るとそこには因縁深いやつの顔があった。


「げっ! お前はまだら」


「仮にも許嫁に対してその態度はないと思うけどね」


 まだらはおどけるように言う。


「そんなことどうでもいいだろ。それよりも何でお前がここにいるんだ?」


「何でって僕は君の許嫁なんだから君のそばいるのは当然じゃないか」


 さも当たり前のようにいうまだら。許嫁ってそういうものなのか?


「それよりもよかったのかい? 彼女は妾の子とはいえ但馬の国のお姫様だ。道中彼女の身柄を狙って襲ってくる者も少なからずいるはずだ。そんな彼女をつれて旅なんか出ていいのかな。彼女は置いて行った方がいいと思うよ」


「うっせ。そんなに危ないのならなおさらだ。そばにいて守ってやらなきゃいけないだろ」


「……そっか。僕としては敵が一人でも少ない方がいいんだけどな」


 と肩をすくめておどけるまだら。何だよ敵って。


「まあいいか。最後に勝つのは僕だから」


 訳知り顔で言うまだら。


 だから何だその勝つとか負けるとかは? 何を勝負してんだよ。


「……ん? ちょっと待て。何でお前が旅に出ることを知っているんだ?」


「何でって許嫁だからに決まってるじゃん」


 何だよそれ。許嫁こえーよ。


「ふふ。それは冗談として、僕には優秀な忍びがいるからね」


「……忍び? あのくノ一の珠ってやつか」


「そうそう。でも本当は紫苑殿が君が嫁を探しに旅に出るって知らせてくれたんだけどね」


「あいつ!」


 くそっ! してやられた。仕官の話を断った時のあいつの顔がすごい悔しそうだったから優越感に浸っていたけど、まさかこんな嫌がらせをしてくるとは。


「じゃあ何か? お前は俺の旅に出させないつもりか?」


「んーん。逆さ。僕は君と一緒に旅に出る。そうすれば君も僕のことを好きになる……いや、させてみせるさ」


 とまだらは自信ありげな笑みを浮かべ宣言する。


「はっ! 言っておくけど俺はお前を許したわけじゃないからな。お前のせいで馬頭が死んだんだ。それに大勢の人間があの戦で命を失ったんだ」


「それがどうしたんだい? 遅かれ早かれ各国で戦は激化する。そうなればどっちにしろ彼だって多くの兵だって命を失ったはずだ。結局は遅いか早いかの違いでしかない。君はこの旅で各国を見て回るといい、この鳥綱の国がどれだけ恵まれているかを、そしてこの世界がどれだけ醜いかを」


「……なに?」


「じゃあこれで僕は失礼するよ。また明日会おう」


 そう言ってまだらは去って行った。


「ちっ、言いたい放題いいやがって」


 そりゃああいつの言う通り俺は他の国のことなんてろくに知らない。だけどあいつにああも言われっぱなしは悔しい。


 だからといってあいつを置いて勝手に旅に出たら蛇骨の国がどうでるかわからない。蛟の爺さんがまた戦を仕掛けるかもしれない。戦が終わって間もないのにまた戦となれば色々と大変だろう。紫苑のやつが困るのはいいが、蓮ちゃんが困るのはまずいからな。となるとあいつを連れて行かなきゃいけないのか。


 憂鬱だなぁ。せっかくのお嫁さんを探しに行く旅なのに許嫁が一緒にいるとか厄介なことになった。


 めんどくさいことにならなければいいんだけど……なんて考えてた時期が俺にもありました。


 そんな俺の儚い願いは叶わないのだと翌日になってわかった。


「どういうことなんですか大和!」


「そうです! どういうことなんですか大和さん」


 翌日、出発のために栞那とまこちゃん、そしてまだらの三人が顔を合わせると、栞那とまこちゃんが俺に問い詰めてきた。


「いやまぁー色々あってな」


「それがどういうことなのか聞いているのです! なぜ敵だったあの人が一緒に旅をすることになっているんですか!」


「ほら、あれだよ。昨日の敵は今日の友っていうだろ」


 そう、少年マンガのお約束である敵が味方になる王道パターンってやつだ。その場合味方になった途端弱くなるのもお約束だがな。まあこの場合は味方ではなく許嫁になったわけだけどな。


「言いませんよ!」


 ピシャリと反論する栞那。だよな。ついこの間まで殺し合いをしていたんだから。まこちゃんに至っては誘拐されたわけだし。


「まあまあ、少し落ち着くといいよ。僕は彼の許嫁なんだから一緒に旅をするのは当たり前のことなんだからさ」


 まだらはそう言って俺の腕に抱き着く。何してんだこいつ。


「――なっ!」


「――むっ!」


 栞那とまこちゃんが驚きのあまり目を見開く。


「許嫁ってどうことなんですか大和さん。あの人の冗談ですよね」


 真っ先に冷静になったまこちゃんが俺に問いかけてくる。


「いや、事実だ。あくまでも許嫁であってそれ以上の関係じゃないがな」


「ふふん、これからなるけどね」


 したり顔で言うまだら。


「余計なことを言うな」


 と言ってまだらの額にデコピンをお見舞いする。


「あいたっ」


 額を痛そうに両手で押さえるまだら。ちょっと意趣返しだ。ざまあみろ。


「じゃあ……何でそんなに仲良しなんですか?」


「仲良し?」


 どこをどう見たらそう思えるんだ? もしかして今のデコピンが恋人同士がよくやる『こいつー』『きゃははは』って風にイチャついているっぽく見えたのか。なわけないな。


 それよりも早く出発したいしそろそろ行くか。こんな出発で手間取りたくはない。なんて考えてると栞那決意を込めて宣言する。


「大和。私は負けないぞ」


「わたしも負けるつもりはありません」


「僕も負けるつもりはないよ」


 と三人は火花をバチバチと散らせる。だから負ける負けないって何の話だ。


「……はぁ」


 女三人よれば姦しいなんて言うけど、この三人はなんでこうも険悪なんだ?


 とまあそんなこんなで前途多難な俺の嫁探しの旅が始まった。

ということで本作はここで一時完結となります。

途中更新が滞ることもありましたが、『戦国乱世で愛を叫ぶ! 鳥綱の国編』をご愛読していただきありがとうございました。

次のお話は本作の途中で出てきた亜希の生まれである窮鼠の国を舞台に、権謀陰謀渦巻く話の予定です。本作の様に戦はないと思います……たぶん。どちらかというと恋の鞘当が多くなるかと。

次回作の『戦国乱世で愛を叫ぶ! 窮鼠の国編』は3月の中旬ぐらいから連載の予定です。詳しい日取りが決まりましたら活動報告で連絡させていただきます。

その間にどこかの新人賞に出す作品を投稿しながら書き上げようと思います。

『美食ハンタージャック』と言うタイトルで本日から投稿しますので、よろしければ読んでいただけると嬉しいです。

今後ともよろしくお願い致します。

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