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俺は長屋に戻ると馬頭の元へ向かう。
まこちゃんの件を謝罪するためだ。俺のせいでまこちゃんが傷ついたことには変わらないのだからその分誠意を見せなければ。あれから大分たったしそろそろ戻って来てるだろう。
「あっ、大和さん。どうかしたんですか?」
戸を叩くとまこちゃんが出迎えてくれた。
「馬頭はいるか?」
「兄さんですか……」
俺が用件を告げるとまこちゃんはスッと目を伏せる。
まさか、馬頭の身に何かあったのか!
まこちゃんが狙われたんだから馬頭も狙われてもおかしくない。
「……うう」
部屋の奥から馬頭のうめき声が聞こえてきた。ケガでもしてるのか。
「馬頭が襲われたのか!」
「あっ、いえ。そういうんじゃなくて……」
まこちゃんは恥ずかしそうに噤む。
「じゃなくて?」
「……食あたりです」
「はい?」
上手く聞き取れなかった。まこちゃんはなんて言ったんだ?
「恥ずかしながら兄さんは食あたりを起こしたようで寝込んでいます」
「……そ、そうか」
心配して損した。
というか鳥肉を生焼けで食ったんだからそりゃ食あたりを起こすはずだ。この世界じゃろくに衛生管理なんてしてるわけじゃないし生焼け肉は危険だ。俺も気を付けなくては。
☆
城内の一室で柚子姫は一人唸っていた。
「うー、なんですかあの男は。わたしたちに協力を申し出てきたかと思えば明後日商業区にある屋台に来るだけって。いえ、別にこっちの手間がなくていいんですけどいいんですけど……」
元々城下町の様子を見るために視察する予定ではあったことだ。なのに自分に協力を申し込んでおいてやることがたったそれだけなのが柚子姫は気に入らなかった。
逆に何か陰謀でも企んでるんじゃないかと疑心暗鬼になってしまうほどだ。
「もしかして失恋話を笑ったことを根にもって復讐とか考えてるのかしら……。でもあんまり気にしてる様子はなかったですし。こういう時姉上がいてくれたら」
城主である紫苑は蓮と一緒に周囲の村々を周っている。住民の不安を取り除くために城主自ら顔出すことと、そこを治める家臣の視察に、いつ合戦が起きても対応するために周辺の地理を確認するためだ。
城主なら城でどっしりと構えていて欲しいのだが紫苑の性格がそれをさせない。
何でも自分でやろうとしてしまうのが姉上の悪い癖だと柚子姫は思う。
紫苑は優秀過ぎるゆえに他人を信用ができない。そんな紫苑が唯一信頼してるのが幼馴染の蓮と筆頭家老の勘助、そして唯一の肉親である柚子姫だけだ。
「姫、よろしいじゃろうか」
襖の向こうから筆頭家老である勘助の声が聞こえてきた。
「どうぞ」
姿勢を正して威厳を取り繕うと柚子姫は入室の許可をする。
許可を受けた勘助が部屋に入る。
「それで、どうでしたか?」
勘助が入ってくるとさっそく報告を聞く。
「はっ! 姫の予想した通りあの門番は大沼の手先だったようじゃ」
「そうでしたか。九十九殿を愚民と罵っていたと聞いてもしやと思ったら案の定ですか」
あきれるように言う柚子姫。
大沼に属する人間は大抵が反紫苑派の人間で選民意識が高く、自分たちが一番だと考えている。そのため流民を受け入れようとする紫苑のことを快く思っていない。
反紫苑派はもし流民を受け入れなかったら国力が落ちて他国に攻めいれられることなんて一切考えていない。他国に負ければそんなことも言ってられないというのに。反紫苑派のことを大局が見えない愚か者だと柚子姫は思う。
幸いにも大和が押しかけてきてくれたおかげで間者を捕まえることができたのだ。
「今家臣共に他に大沼に組する者がいないか徹底的に洗い出しております」
「そうですか。それにしても大沼はいったい何を考えてるんでしょうか」
わざわざ自分の配下を城内に忍ばせたりして。姉である紫苑の暗殺か、もしくは……。
「謀反を画策しているやもしれませんな」
勘助の言葉に柚子姫は眉根を寄せる。
「あの男にそこまでの度量があるとは思えませんが。確かに父上に取り入り国を傾けたりしましたが……」
柚子姫は大沼という男について考える。
愚かな父に取り入り国庫を食い潰した男。顔を見るだけでも反吐が出るほど嫌な男だ。もしこの男がいなければ兄が死ぬこともなかった。国がここまで追い込まれることもなかった。姉から笑顔が失われることはなかった。
ただあの男は金にがめついが国を乗っ取るなど大それたことをできるような器ではない。それは断言できる。
「もしかしたらあの男の背後に誰か……いえ、どこかの国が関与してるかもしれないということですか」
「なくはないといったところじゃろうか。可能性は低いかもしれぬが」
「……わかりました。まさかとは思いますが、念のために姉上に文を出しておきましょう」
二人は話が一段落着くとある男のことについて話し出す。
「ところで九十九殿は大沼を追い詰めると言ってましたが、もしかして大沼がやろうとしてることに勘付いたのでしょうか? それにどうやってあの大沼を追い詰めるのか」
「どうじゃろうな。どうもあの者はこちらの理解を超え取るように思いますからな」
と勘助が言うと二人は昼間に突然やってきて警護の者を軽々とあしらったことを思い出す。
「いくらうちの兵が騎乗戦を中心に訓練を行ってるせいで白兵戦が弱いといってもあれだけのことをやり遂げるなんてね。うちの国ではあなたの孫ぐらいしかいないと思ってましたよ」
「姫も痛いとこを突きますな」
孫のことを取り上げられて勘助は苦笑する。
話題がそれたので柚子姫は話を戻す。
「まあ問題は九十九殿がどうやって大沼を追い詰めるかです。勘助はわかります?」
「儂にもさっぱりじゃ」
「そうですか。結果は当日までわからないということですね」
「そうじゃな」
二人はため息を吐くと明後日のことに思いをはせる。