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 食事を終え休息を取った鳥綱軍は本丸から東へ進んだ先にある雑木林を通り整備されていない獣道を歩んでいた。


「この先に本当に蛇骨軍がいるのかよ」


 そんな道ゆえに神鳥に騎乗した軍鶏がそうぼやくのも仕方のないことだろう。


 だが神鳥に騎乗出来ているから行軍は比較的楽に行えるが、これが四足歩行の馬だったら荒れた道は歩きづらくこうも順調に進めなかっただろう。問題があるとするならば神鳥に限りがあるということだ。


 それゆえ紫苑は兵を二つに分けた。神鳥に乗って奇襲をかける部隊と本丸に残って敵を引き付ける部隊の二つに。


 奇襲部隊は紫苑と軍鶏を中心に武闘派一〇〇名で構成され、残りの六〇〇の兵は百舌と信助が中心となり構成された。


 そして獣道を進むこと三〇分。ついに雑木林を抜け、蛇骨の軍勢の姿を見つけることができた。


 しかし姿を見つけたといってもそれは遙か一〇〇メートル下でだ。ちょうど三の丸から二の丸へと移動する中間の場所のようだった。ここを下るとなると崖のような急斜面を下るしかない。


「本気でやるんですかい紫苑様?」


 足が竦むような高さから下を眺めながら軍鶏は紫苑に確認するように訊ねる。


「無論だ。これよりあたしらは敵の総大将である蛟艦水の姿を見つけ次第この急斜面を下り奇襲をかける」


 紫苑の顔には揺るぎのない決意が見える。本気でここを下るつもりだ。


 恐いもの知らずだと自負している軍鶏だが、さすがにこの高さから飛び降りるとなると恐怖を感じざる得ない。


 だというのに自分より年下の少女は怯えた様子をみせない。こういうところが軍鶏が紫苑に心酔している由縁でもある。器が違うのだ。


「なに、心配するな。いざとなったら飛べばいい。知ってるか? 神鳥は空を飛ぶらしいぞ」


 こんな場面だと言うのにイタズラ小僧のような笑みを浮かべながら冗談を言うのだ。これには軍鶏も緊張が緩み肩をすくめる。


「例の噂ですか。この城へ撤退するとき時の合戦の最中に神鳥の飛ぶ姿を見たっていう」


 軍鶏もその噂を耳にたこができるほど聞いた。神鳥が飛ぶはずがない。そんなのは鳥綱の民からしてみれば常識だ。


 しかし馬鹿馬鹿しい噂だが大勢の兵達が見たと言うのだから困ったものだ。


「けどしょせんは噂でしょう。神鳥が飛ぶはずがない」


「そうだな。あたしもそう思ってた。だけどな、一人の阿呆がその常識を覆した」


「まさか。紫苑様もその噂を信じてるんですか?」


「信じてはいない。あたしは確信しているんだ。あの男に出来てあたしらに出来ないわけがないとな」


「……あの男?」


 まるでその人物を知っているかのような口調で話すので、軍鶏はそのことが気になり問いただそうとするが、その前に敵が姿を現した。


「来たぞ」


 紫苑の視線の先には装飾が派手な甲冑を身に纏った男が馬に乗っている。


「あれが蛟艦水か。噂通り趣味の悪い甲冑だな。こんだけ離れていてもすぐにわかる。わかり過ぎて逆に影武者なんじゃないかと疑っちまうな」


「そこまで知恵の回る男だったらあたしらの負けだな」


「本物か影武者か、一か八かの博打ってやつですかい?」


「いや、十中八九やつが蛟艦水だ。やつの性格は把握している」


「へぇ。さすが紫苑様。ちなみにどんな性格なんですかい?」


「端的に言えば自惚れ屋の馬鹿だ」


「……はっ。ちげぇねぇ」


 軍鶏は眼下に見える蛟艦水の動きづらそうな甲冑を見て納得する。装飾にこだわり過ぎて動きやすさを一切考慮していない。これから戦場に出る人間が着る甲冑ではない。


 自分が絶対に襲われないと言う慢心がありありと見える。


「よし、そろそろ仕掛ける。皆の者、準備はいいな!」


 と言って紫苑は家臣達を見渡す。家臣達の表情は堅く、緊張というよりもこの高さから下りる恐怖で強張っている。


「あたしらはこれからこの崖を下り蛟艦水の首をとる。この高さから飛び降りることに恐怖を感じる者もいるかもしれない。だが何も恐れる必要はない。あたしらが乗っているのは何だ? 神鳥だ。かつて帝様から頂いた神鳥だ! その神鳥に乗っているのだ。何も不安に思うことはない。あたしらには帝様の加護があるのだ!」


 帝の加護がある。そう聞くと家臣達の不安も幾分かやわらぐ。


 そして家臣達の士気をあげるため紫苑が先陣をきって崖のような急斜面を下り出す。


「ゆくぞっ! 全軍あたしに続け!」


 紫苑の乗った神鳥が急斜面を平面のごとく駆け抜けていくのを見て家臣達も紫苑を追いかける様に続いて行った。







 紫苑が奇襲を開始した頃、艦水はそんなことなどつゆ知らず家臣に文句をたれる。


「おい、まだ二の丸には着かないのか」


「はっ! まだ少々かかるようです」


「ちっ! ちゃちな城のくせに無駄に長い道のりだな」


 三〇〇〇もの兵で狭い道を行軍すれば必然的に行軍速度が落ちるのだが、そんなことを棚に上げて不満をこぼす。


「それで、戦況はどうなっているんだ?」


「はっ! 現在本丸への攻撃を開始した模様ですが、城門を破るにはまだしばらくかかるとのことなので若は二の丸で待機をしていただければよろしいかと」


「城門を破るまで俺様の出番はないってのか。早く戦いがしてぇなぁ」


 と言って艦水は腰に下げた愛刀に手を伸ばす。


「この手で千鳥紫苑の首をとってやるぜ」


 そんな呟きに答える様に上から何かが落ちてきた。


「な、なんだ?」


 巻き上がる砂埃で何が落ちてきたか見えない艦水は目を凝らしてみる。


 すると何かに騎乗している影が見えてきた。


「お前が蛟艦水だな」


 影の人物が艦水に問う。


「誰だお前は!」


「あたしか? あたしは千鳥紫苑。お前の首を取る者の名だ。よく覚えておけ」


「千鳥紫苑……。お前が千鳥家の当主か」


 砂埃が晴れ、紫苑の姿がはっきりと見えてくると艦水が紫苑に見下した視線を向ける。


「敵陣の中を一人でのこのこ出てくるなんてとんだ間抜けだな。敵襲だ! であえぇ!」


 艦水に呼ばれて蛇骨軍の兵たちが紫苑を取り囲む。それを見て紫苑が嘲笑う。


「一人だと? お前の目は節穴だな」


「なにっ?}


 艦水がそう言うと同時に上空から鳥綱軍の兵が続々と現れてきて、紫苑を包囲していた蛇骨軍の兵達を蹴散らしていく。


「……なっ! 空からだと!? お前ら鳥綱軍は鳥のように飛べるのか!」


「だとしたらどうする? 素直に負けを認めるか?」


「ふざけるな! しょせんは死にぞこないの悪あがき。お前を殺せばこの戦も終わりだ。この俺様の手で引導を渡してやる」


 そう言って艦水は刀を抜く。それを見て家臣の一人が止めに入る。


「お止め下さい若! ここは我々に若は任せてお下がりください」


「どけっ!」


 諌めようとする家臣を突き飛ばし艦水は紫苑へと馬を駆けさせる。


 刀を大きく振り上げて接近する艦水に紫苑も神鳥を駆けさせ艦水に接近する。


 そしてお互いの大将が交差する。


「死ねええええ!」


「遅い!」


 勝負は一瞬。一閃で決まった。


 紫苑目がけて振り下ろされる艦水の刃。だがそれよりもはるかに早く紫苑の刃が艦水の首へと叩き込まれた。


「……っ!」


 艦水の首が跳ねられ空中へと無残に舞う。


「その程度の腕でよく前へと出てきたものだ。この程度の剣速ではあの男は切れないというのにな」


 己の剣を素手で受け止めた男のことを思い出しながら紫苑は刀についた血を振り払う。同時にことりと艦水の首が地面に転がる。


「若あああああああ!」


 家臣の一人が大声をあげるがその声はもう艦水には届かない。


「者共! 総大将である。蛟艦水はこの千鳥紫苑が討ち取った! 勝敗は決した! 勝鬨をあげよ!」


 そういうと紫苑の家臣達が勝鬨をあげ、総大将が討たれたことが敵側にまたたく間に知れ渡ると、敵側は戦意を喪失し蛇骨軍は敗走した。


 紫苑達鳥綱軍が勝利したのである。

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