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 二の丸を奪われ本丸へと逃げのびた鳥綱軍の家臣達は広間にて沈痛な面持ちで紫苑へ頭を下げていた。


「申し訳ありませぬ紫苑様。我々の力不足で二の丸を敵に奪われてしまいました。このお詫びは某の腹を切って――」


 譜代家臣の百舌が紫苑にけじめのために腹を切ると言い出すと軍鶏が割って入る。


「待てや百舌の爺さん。それをいったなら俺も腹を切らなきゃいけねぇ。やつらが三の丸を落としてからこの五日間ずっと休む暇もなく攻めてきたせいで俺は昨日の夜襲の時に寝こけて対応が少し遅れちまった。爺さんの責任だけじゃないぜ」


「それを言うのなら我々も同罪です」


「そうです。敵の攻撃がやまないせいでここのところ碌に食事がとれず空腹で集中力を欠いていた」


「百舌殿が腹を切るのなら我々も腹を切らねばなりません」


 と他の家臣達も軍鶏に続いて腹を切ろうとする百舌を庇いたてする。


「お主ら……」


 自分のために身を犠牲にしようとする仲間に目頭を押さえ涙を堪える百舌。歳のせいか涙腺が緩くなってきている。


「紫苑様。どうかこの者達の命はこの老いぼれの命と引き換えにお許しをください」


 そう言って腹を掻っ捌こうと百舌に紫苑は合理的に答える。


「お前が腹を切る必要はない」


「ですがそれでは示しが……」


 守りの拠点である二の丸を奪われた失態は大きい。他の者に示しをつけるために腹を切らされてもおかしくはないことだ。


「示しと言うのならあたしが真っ先に腹を切らなきゃならん。二の丸の守備を任じたのはあたしだ。つまり全ての責任はあたしにある。だがあいにくあたしはまだ死ぬつもりはない。だからお前も腹を切る必要がない。そんなに切りたければ敵を一人でも多く切れ」


「……ははっ! 寛大な処置に感謝の極みでございます」


 深々と頭を下げる百舌。それに続くように軍鶏たち他の家臣も頭を下げる。


 そんな家臣達が頭をあげるのを見計らって紫苑は被害状況を百舌に確認する。


「それよりも被害の方はどうだ? こっちにはどれくらいの兵が残っている?」


「はっ! こちらは紫苑様の言いつけどおりむやみやたらに打って出ることはせず守りに徹したため死傷者は五〇、戦に赴けない重軽傷者が二〇〇。こちらの残存兵力は七〇〇ほどでございます」


「思ったよりも被害が少ないな。よくやった百舌」


「もったいないお言葉です。しかしながら敵の総勢はまだ三〇〇〇と四倍以上の兵力差がありますがどのように覆すおつもりですか?」


「それは――」


 紫苑が百舌の質問に答えようとすると、広間に家臣の一人が慌ててやってくる。


「軍議中失礼します! 物見からの報告によりますと敵が総攻撃の準備を始めた模様です。早ければ二刻半ほどで攻め入ってくる模様です」


「二刻半だと!?」


 と驚く百舌。二刻半というと五時間。今が午前九時前だから午後二時に総攻撃を仕掛けてくるということだ。


「三〇〇〇もの兵がいて戦支度をたったそれだけの時間で終えるのか」


「別に驚くことはない百舌。向こうは最初から短期でこの城を落とすつもりでいたのだ。機を見計らっていつでも動ける様に手配していたのだろう」


 と紫苑が言うと軍鶏が拳を床に叩きつけて怒りをあらわにする。


「馬鹿にしやがって! それじゃあまるで敵のやつらはこの城をすぐに落とせると思ってやがったってことかよ」


「事実だから仕方ないんじゃないですか」


「うるせぇ信助! 水を差すな……って待て」


 怒りをあらわにする軍鶏だったが信助の姿を見て疑問を抱く。


「さっきからお前の姿が見えねえと思ってたが、お前いままで軍議に参加せずどこにいやがった」


「まあいいじゃないですか軍鶏殿。それよりも紫苑様。準備の方が整いました」


 軍鶏を軽く流して信助は紫苑に報告をする。


「そうか」


「何の準備が整ったっていうんだ? 戦か? それなら紫苑様! すぐに迎撃の下知をくれ! 俺が打って出る」


「ならん」


「なぜだ! もうすぐ敵が攻めてくるんだぜ。だったらその前に打って出た方がいい決まってるじゃないか」


 今までろくに戦えず守りばかりで鬱憤が溜まっていた軍鶏はいきり立つ思いを堪えず喰ってかかろうとする。そんな軍鶏に紫苑は落ち着いた声音で問う。


「……軍鶏。お前、腹は減っているか?」


「何を言ってるんですかい。腹の虫よりも腹が立って飯の気分じゃ――」


 ない! と断言しようとした軍鶏だったが夜襲を受け昨日から何も口にしていないことを思い出し腹の虫が盛大に鳴る。


「腹は素直だな」


「……ぐっ。めんぼくない」


「気にすることはない。お前らが昨日から徹夜で戦っていることは知っている。碌に寝れず碌に飯も食えなかったんだろう」


 と家臣達を見渡し労わる紫苑。


「信助。すぐに飯を持ってこい。他の兵達の分も用意してある。腹いっぱい飯を食わしてやれ。そして飯を食ったら寝る様に伝えろ。二刻後には万全の状態で出陣できるようにしておけ」


「はっ!」


 信助は紫苑の命を受け食事の手配をするべく広間から立ち去る。


 その様子を見て百舌が紫苑に訊ねる。


「紫苑様よろしいのですか? 兵達に腹一杯の食事をさせれば兵糧が持ちませぬぞ」


 これまで節約のためにろくに食べてきてない兵達だ。食事をもらえるのなら残りの兵糧を食いつぶす勢いで食べるであろう。


「よい。腹が減っては戦ができぬと言うだろう」


「なればこそ先を見据えて食事を節約するべきでは……」


「百舌。今のあたしらに先はない。今日、この戦で勝たねば先がないんだ」


「紫苑様……」


「だったら腹一杯飯を食って万全の状態で戦ってもらわねばならない。お前たちも飯を食ったら寝ろ。しばらくは眠れないからな」


「ははっ!」


 恭しく頭を下げる百舌。


「ならさっさと飯を食え。二刻半後には奇襲を行うからな」


「奇襲だと?」


 奇襲と聞いて軍鶏が驚きの声をあげる。


「ちょっと待ってくれ紫苑様。こっちはもう本丸しか残ってないんだぜ? 正面から戦う以外方法はないんじゃねーのか?」


 軍鶏の言う通り奇襲を仕掛けようにも本丸だけでは兵を隠せるような場所もなく奇襲はすぐにばれてしまう。二の丸が落ちた時点で正面から以外戦うすべはないのだ。


「確かに普通に考えればそうだろうな。だが……ある」


 と言って上を指差す紫苑。


「空がな」


「空……?」


 当然そんな紫苑の思惑などわからず軍鶏たち家臣は首をかしげるのであった。

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