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 蛇骨の軍勢が蛇斑城の三の丸を落としてすでに五日が経とうとしていた。


 その五日目の早朝。蛇骨の軍勢の家臣達は麓に敷いてある本陣にて城攻めについて軍議を開いていた。


「まだ二の丸は落とせないのか」


 蛟家の次期後継者である蛟艦水は苛立ち混じりに言う。これだけの人数を率いていながら未だに小城一つ落とせないことが腹正しかった。これでは自分の武名が下がると言わんばかりに不満をみせる。


「はっ! 昨日芦屋が夜襲をかけましたのでもうすぐ落とせるかと。もうしばらくすれば夜襲の結果がわかりましょう」


 と家臣が報告するとちょうど伝令が軍議の場にやってきた。


「報告します! 二の丸がついに落ちました!」


「きたか!」


 伝令の報告を受け床几から立ち上がる艦水。


「中々手こずらせてくれたが鳥綱軍もこれで年貢の納め時だな。ここで一気に畳み掛けてやる。全軍出撃だ! 俺様も打って出る」


「若! それは本気ですか」


 総大将自ら打って出ようとすることに家臣が諌めようとする。


「なんだ貴様は。俺様の命に不服か?」


「滅相もありません! しかし若が打って出て万が一御身に何かあったらどうするのですか」


「ふんっ。万が一などあるはずがない。俺様を誰だと思っている。名将蛟傭水の子だぞ」


「ですが……」


「うるさい! それ以上何か言うなら斬るぞ」


 不安そうに言う家臣に艦水は刀に手をかけ脅す。そんなことをされれば家臣も何も言えず引き下がるしかない。


「……申し訳ございませんでした」


「けっ! 次に何か文句を言ったらお前の領地を取り上げてやるからな」


 そんな艦水の暴言に他の家臣が忠言をした家臣を憐れみの視線を送る。


「おい、さっさと出陣の準備しろ。俺自ら千鳥紫苑の首を取ってやる」


 と息を巻く艦水だったが、そこへさっきとは別の伝令が軍議の場へと入ってくる。


「何だお前は」


「お館様より伝令です!」


「親父からだと? いったい何の用だ」


 自分の父親からの伝令と聞いて億劫そうにやってきた伝令に伝令の内容を聞く。


「はっ! お館様より至急軍を引き上げる様にとのことです」


「なにっ? どういうことだ」


「実は如水城が鳥綱軍の手によって落とされお館様は降伏しました」


「なんだと!? 如水城が落ちただと! だが鳥綱軍にあの城を落とせるだけの兵力があるとは思えない。いったいどういうことだ。他国から援軍でも募ったのか」


「それが……鳥綱軍の兵はたった五〇。それも城内に攻め入ったのは六人だそうで……」


「戯言を言うな! たかが六人に如水城が落とされただと! そんなことあってたまるか。さてはお前鳥綱軍の間者だな」


「いえ! この通りお館様より文も預かっています」


 艦水は伝令の差し出した蛟家の家紋が入った文を荒々しく奪い取ると文を流し読む。


 そして読み終えると文を怒りにまかせて引き千切る。


「ふざけるな! 勝っているのは俺達だぞ! それをたった六人に城を落とされた挙句みすみす敵を見逃せと言うのか! 親父も焼きが回ったな!」


 艦水は家臣に向き直り指示を飛ばす。


「おい、お前ら! これから蛇斑城に総攻撃をしかける。すぐに準備をしろ!」


「よ、よろしいのですか! お館様からの文では撤退するようにと書いてあったのでは」


「そんなもん知らん! 伝令が来る前に蛇斑城を落としたことにすればいいだけだ。何か言われたら知らぬ存ぜぬで通せ」


「それはつまりお館様の命に逆らうと言うことですか」


「それがどうした。どうせ親父は長くはないから気にすることもあるまい。それともお前は一族郎党打ち首になりたいのか」


「……」


 それを言われたら何も言い返せなくなる家臣。


「このことは他の連中には言うなよ。そこの伝令は鳥綱軍に見つかったと言うことで斬り捨てておけ」


「……そ、そんな!?」


 無慈悲なことをいう艦水に驚く伝令。家臣の一人がさすがに黙ってはいられず口を挟む。


「……なっ! 味方を斬るというのですか!」


「それがどうした。こいつが生きていたら親父に密告するかもしれないからな。死んでいた方が都合がいい」


「……ですがここまで走って来た者に対する扱いとしてはそれが酷なのでは」


「んなもん知るか。運が悪かった。それだけだろ」


「……なんと」


 あまりの対応に唖然とする家臣。チラリと伝令の顔が見えるがその顔は絶望に染まっていた。


 伝令はただの使い走りではない。むしろ敵地の中を駆けるため武力と胆力が必要な仕事だ。並みの者に任せられる仕事ではない。そして目の前にいる人物は伝令を伝えるため如水城から駆けてきたのだ。急いできたため服はボロボロで身体中は傷だらけになっている。


 そのような者を口封じのために殺すなどあってはならないことだ。


 家臣はそう思い助け船を差し出す。


「な、ならばせめて情けを。この者の処遇は某に一任してくだされ。これから蛇斑城への総攻撃の準備で忙しくなるでしょうし若のお手を煩わせるほどではないかと」


「ちっ! 勝手にしろ。その代わりこの戦いが終わったらそいつの首をもってこい。でなければお前がどうなるかわかってるな」


「……御意」


「では全軍出陣の準備だ! さっさとしろ!」


 こうして慌ただしく蛇骨軍の出陣の準備が行われた。







「すまぬがお主にはここに入ってもらうぞ」


 と先ほど如水城から来た伝令の処遇を任された家臣が伝令を近くの城にあった座敷牢に案内する。


「いえ、こちらこそご助命感謝します」


「儂にできるのはこの程度のことしかない。戦が終わればお主は……。まことに申し訳ない」


 と申し訳なさそうに家臣が謝ると、座敷牢の中から声をかけられる。


「おや? 新しい客人ですか?」


 座敷牢から声をかけてきたのは蛟艦水に異論を唱え捕らえられたまだらだった。


「……いや、この場合は同居人どいった方がいいのかな」


 伝令と会話を聞いてそう判断するまだら。


「これはまだら殿。すいませぬがこの者もこの牢に入れてもかまいませぬか? 他に手頃な牢屋がないものでして」


「いいよ。けど君は確かお館様の伝令だったなじゃないかな? それがどうしてこんなところに?」


「自分のことを覚えていたのですか。それは光栄です」


「そういうのはいいから何があったんだい?」


「実は……」


 まだらに問われことのあらましをまだらに話す。その間に家臣の男は戦の準備があると言って去って行った。


「……なるほど。そういうことか」


 伝令の説明を受けて納得するまだら。


「けど解せないな」


「そうですよね。自分も納得いかないです」


 まだらが自分の境遇に同情してくれたと思い合意する伝令だったが、まだらの考えはそうではないようで合意する伝令に違うとハッキリ告げる。


「……ん? 君の処遇のことなら仕方ないよ。あの男――蛟艦水はそういう男だからね。じゃなければ僕がこんなところにいるわけがない」


 と肩をすくめながら不敬罪に問われかねないことを平然と言うまだら。


「それよりも僕としてはお館様が負けを認めたということの方が信じられない」


「え? ですがお館様自身がはっきりと敗北を認めましたよ。今後は鳥綱の下につくと。それを家臣の前で発表しましたし」


「そうみたいだね。でもあの負けず嫌いのお館様が負けを認めるなんて信じらないよ。あの人いい歳して囲碁とか将棋とかでも負けそうになると子供みたいに手が滑ったと言って盤面をひっくり返すぐらい負けず嫌いなんだから」


「……ははっ、そうなのですか」


 苦笑する伝令。囲碁と将棋は国内でもお館様に並ぶ者がいないとされるほど強いはずなのに、目の前の人物はそれに勝ちかけたと言うのだから驚きを隠せない。


 そしてそれで少し冷静さを取り戻したのか伝令は懐から文を取り出す。


「そういえばお館様からまだら殿へ文を預かってました」


「お館様から?」


 と言って差し出された文を読むまだら。そして読み終えると笑い出す。


「ははは。お館様もとんでもないことを考える。転んでもたたでは起き上がらない人だ。だから素直に負けを認めたのか」


「失礼ながらどんな内容だったのですか?」


 突如笑い出すまだらに文の内容が気になって伝令が訊ねる。


「ん? 簡単に言うと僕に結婚しろと書いてったのさ」


「……はぁ?」


 伝令はそれのどこに笑う要素があったのかわからず困惑する。


「結婚と言ってもここから出られなければ意味がないのでは?」


「ああ、確かにそうだ。もしここで千鳥紫苑が破られればお館様の思惑もはずれてしまうし」


「ならよく笑えますね。何倍もの兵に囲まれこれから総攻撃が行われるんですよ。鳥綱軍が勝つ見込みなんて絶望的じゃないですか」


 緊張感のないまだらについ強めの口調で言う伝令。


「いや、どうだろうか。あの千鳥紫苑ならもしかしたら万が一を起こすかもしれない。それだけあの女は恐ろしいんだ。だからこそ僕もお館様も千鳥紫苑だけは仕留めたかったんだよ」


「……」


 まだらはそうは言うが伝令としては信じられなかった。そんな万が一を引き起こせるはずがない。そう思い表情が暗くなる。


「ああ、そうそう。こんな密室で僕と二人っきりだからって変なことをしようとしたらただじゃおかないからね」


 と脅すまだらだったが伝令はそれを落ち込んだ自分を励ましている言葉だと思い感謝する。


「ははは。御冗談を。いくらまだら殿が可愛らしいお顔をしていても男には手を出しませんよ。お気遣いありがとうございます」


「……」


 まだらは納得がいかないといった表情で拳を握りしめる。

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