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「秘剣、鳴神!」


 刹那に振り下ろされる一刀。


 時間にしてほんの一瞬。瞬きをするほどの時間の中、俺は自分でも驚くほど冷静に宗麟を観察していた。


 宗麟の視線、筋肉の動き、呼吸の仕方、重心の移動、刀の握り、果てはチンポジの位置まで……いや、最後のはどうでもいい。


 ともかく振り下ろされる一瞬のうちにそこまで細かいところまで見えた。


 こんな感覚は初めてだった。


 そして宗麟の動きに合わせる様に俺も動き出した。


 振り下ろされる一刀に合わせる様に両腕を上にかかげ斬馬刀を両手で包み込むように挟むと、宗麟に驚く暇を与えず挟んだ斬馬刀を斜め手前に引き込む。


 重心を前へと踏み込んでいたせいで宗麟はその引っ張りに抵抗できず前のめりになる。


 前のめりになったところに俺の左足による蹴りが側頭部に命中する。メキャッと足先の感覚でもわかるほどはっきりと頭蓋骨を破壊した感触が伝わってくる。


 さらにそこからトドメとして足首をねじるように巻き込んで頭を畳に叩きつける。


「ふー。終わったか」


 たった一瞬。時間にすればほんの数秒程度の出来事だが、集中していた反動か、どっとと疲れが押し寄せてくる。


 斬られた左肩もひどい痛みが走り、このまま休めるのなら休んでしまいたい。


 だがここで休んでいる暇はない。


 早く上にいる蓮ちゃんに合流しなくちゃならない。


「まだ……だ……」


 ヨロヨロと天守へと続く階段へと足を向けると、宗麟が立ち上がってきたようだ。まだ生きていたのか。


「まだ……」


「いいや、終わりだ。あの世で馬頭に詫びるんだな」


 俺は一旦立ち止まってそう言うと宗麟には振り返らず階段を登る。あいつの命は風前の灯だ。ほっといてもそのうち死ぬだろう。かといって止めを刺して楽にしてやるつもりはない。死ぬ間際まで自分の行いに後悔して死ぬといい。


 背後からどさりと人が倒れる音が聞こえる。やつはもう起き上がることはない。


 俺は階段を登っていると、何かが壁に激突したような音が聞こえてくる。


 何事だと思い俺は痛みを堪えて階段を急いで登ると会話が聞こえてくる。


「このような手に引っかかるとは筋はいいがまだまだ青いのう」


「……まだ、終わったわけではありません」


 年老いた爺さんの声のあとに聞き覚えのある蓮ちゃんの声が聞こえてきた。けど声にはいつものような力強さはない。


「ほう、まだ立ち上がるか。ならばその信念ごと打ち砕いてやろう」


 俺は急いで階段を登り天守までやってくるとその目に映ったのは、ふらふらとまともに立つのですら辛そうな蓮ちゃんの姿と蓮ちゃんに向けて拳を構える禿げた爺さんの姿。


「これで終わりだ。穿て、金剛力の術!」


 やばい。何がやばいかわからないがあの一撃を喰らったら蓮ちゃんの命が危険だ。


 蓮ちゃんが死ぬ。そう考えただけで心臓が早鐘を打つ。それと同時に馬頭が死んでいく光景が浮かぶ。自分が死を感じた時よりもより鮮明に。


 助けないと。そのためにはもっと力がいる。ここからじゃ距離が離れすぎていて蓮ちゃんを助けるのに間に合わない。


 力だ! 力を寄越しやがれ!


 そう念じるとさっきまでの疲労はどこへやら。身体が軽く感じる。今なら何でもできるような気がする。


 これが一体何なのかはわからない。考えている時間はない。


 俺は持てる全ての力をもって蓮ちゃんの元に駆け、蓮ちゃんへと拳を繰り出していた爺さんの拳を受け止める。


「おいおい爺さん。女の子になんてことしてくれてんだよ」


「なにっ?」


 拳を受け止められて驚く爺さん。


「蓮ちゃんの可愛い顔が傷ついたらどう責任取るつもりだ」


「お主は……いったい……」


「歯を食いしばれよ爺さん!」


 俺の怒りを込めた拳が爺さんの顔面を捉える。


 俺の拳を喰らった爺さんは盛大に吹っ飛びながら畳を転がっていく。


「大丈夫か蓮ちゃん」


 ふらふらになる蓮ちゃんに肩を貸す。


「九十九殿か。情けないところをみせてしまったな」


「そんなことはない。それよりも怪我の具合は?」


「私は大丈夫だ? それよりも蛟傭水を殺してしまったのか?」


「え?」


「九十九殿が殴り飛ばしたご老人だ」


「……まじか」


 まさかあの爺さんが蛟傭水だったのか。病気って聞いていたからってきり布団に寝入っていると思ってた。それが上半身裸で蓮ちゃんと戦っているなんて思ってもみなかった。というか怒りで我を忘れていた。


 だとしたらまずいぞ。蓮ちゃんがやられると思ったから思いっ切り殴ってしまった。


 あの爺さんに死なれたら暴動が起きるぞ。そんなことになったら俺たちが生きてこの城を出る手段はない。


「おい爺さん大丈夫か」


 俺は蓮ちゃんに肩を貸したまま爺さんのところまでやってきて声をかける。自分で殴っておいて大丈夫かと声をかけるのも変だが今爺さんに死なれたら困るからな。


 幸い爺さんは生きていた。大の字に転がりながら天井を見上げていた。


 そして俺の顔を見ると笑い出す。


「かっかっか。愉快じゃ。まさかこの歳になって恐怖を味わうとはのう」


 なんだこの爺さん? 恐怖を味わって笑うとかマゾ? 強く殴り過ぎて頭のネジがぶっ飛んだのか?


「もしやお主は……いや、まさかそれはあるまい。だが……」


 おまけにぶつぶつと何か言ってる始末。この爺さんも結構歳喰ってる感じだし俺の一発で壊れてしまったのかもしれん……。もう一回殴ったら直るかな?


「蛟殿、それで勝負は……?」


 俺が爺さんの壊れっぷりに引いていると蓮ちゃんが爺さんに声をかける。何だろう勝負って?


 爺さんも蓮ちゃんに声をかけられてフッと笑みをこぼす。


「そうであったな。勝負は儂の負けだ。敗北を認め城内の兵はすぐに退かせよう」


「まことか?」


「嘘をつくつもりはない。儂に二言はない。だが条件がある」


「条件?」


「まずはお主の主君である千鳥紫苑の命の無事は保証できぬ」


「それはどういうことです」


「そう怒鳴るな。別に千鳥紫苑を討つとは言っておらん。今から停戦の伝令を出しても少なくとも蛇斑城まではどう頑張っても二日以上はかかる。その間に蛇斑城が落ちていたら儂にはどうしようもないからな」


 それもそうだ。この世界は現代と違って連絡手段が限られている。ましてや停戦の伝令となれば伝書鳩みたいなもので済ませるわけにはいかないだろうから人が直接出向かないといけない。


 だからその伝令が蛇斑城に着くまでに紫苑が討たれたらどうしようもない。


 俺もこの城を落とすことばかりで落とした後のことはうっかり失念していた。


 二日か。俺たちが蛇斑城を出てすでに二週間近くが経っている。今頃蛇斑城がどうなっているのだろうか?


「……くっ。紫苑様、どうか御無事で」

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