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三階で大和と宗麟が死闘を繰り広げている頃、天守では蓮と蛟傭水の戦いが始まっていた。
先に動いたのは蓮。
名将と呼ばれる傭水だが、大将となれば実際に戦うことは少なく実戦での実力は未知数。ましてや相手は武器を持たず無手。まずは小手調べに突きを放つ。
「せいっ!」
蓮にとってはただの突きでも他の者からしてみれば必殺の突きと言っても過言ではない一撃。
傭水はそれを最小限の動きでかわす。次の動きを意識した合理的な動きだ。そしてそこから一歩踏み込み回し蹴りを放つ。
「むん!」
「……っ!」
蓮は片手を槍から離しそれを後ろに身をそらしてかわすともう片方の手で握っていた槍を傭水目がけて横薙ぎに振り回す。
一方の傭水は回し蹴りの勢いを殺さずそのまま回転しながらしゃがみ槍をかわし、お返しと言わんばかりに足払いをしかける。
蓮は咄嗟に後ろに逃げて足払いをかわす。
「よい槍さばきだ。さすがはあやつの孫といったところか。昔を思い出し血が滾るわ」
と傭水はひさびさの好敵手に笑みをこぼす。
「あなたこそそれで万全でないというのが驚きです」
六〇を過ぎた病床の身でありながらキレのある動きをする傭水に蓮は驚きを隠しきれなかった。
「その程度で驚いてもらっては困る。儂の息子は才能がなかったが蛟家は呪術師の家系。儂の本領は呪術だからのう。体術はおまけにすぎぬ」
と言うと術を発動させる傭水。
「ゆくぞっ! 不動金縛りの術」
術を発動し、動きを封じる傭水だったが……。
「なぬっ!」
蓮の動きは封じられなかった。その隙をついて蓮が三段突きをお見舞いする。
「せいっ! やっ! はっ!」
術が効かないことに驚く傭水だが、動揺を見せることなくその三段突きをかわし後ろに下がる。
「ほお、どうやら術が効かぬようだな」
「残念だったな。念のためにと紫苑様から呪術を無効化することのできる耳飾りをいただいていたのだ」
「なるほど。猿樹の国から買ったのか。かの国が術を遣えぬようになる首輪を作りおったが、そのようなものまで作っていようとは。これも刻の流れというやつか」
と傭水は嬉しそうでもありどこか悲しげに笑う。
「だがその程度で儂を倒せると思うたか! 帝様より授けられた呪術の力を舐めるではない! 駆けよ! 疾風の術」
傭水は新たに術を発動させると蓮に向かって走り出す。
「は、速い!」
先ほどの倍とはいかないが、明らかに動きが速くなった傭水。その速さで一気に蓮の懐に潜り込むと新たに術を発動させる。
「穿て! 金剛力の術」
術を唱えると同時に蓮に向けて拳を繰り出す。
蓮は咄嗟に槍の柄で拳を防ぐが衝撃で壁に叩きつけられる。
「……ごほっ」
なぜか殴り飛ばした傭水が口から血を吐き出す。
「やはりこの病に侵された身体に術の重ねがけはちと堪えるか」
自身の放った術の反動に身体ついてこられず身体が悲鳴をあげていたのだ。
「……くっ。まさか己に術をかけて身体能力を強化するとは」
「ほお、槍で防いだとはいえ、あの一撃を受けてまだ立ちおるか」
壁に叩きつけられてなお戦意を失わず立ち上がる蓮に傭水は感心する。
「お主の言う通り呪術で身体能力をあげたのだ。呪術とは突き詰めれば暗示のようなもの。それを使って自己暗示で眠っている力を呼び覚ましたまでのこと。ゆうても天虎の国の連中が使う闘術には叶わんがのう」
「そのようなことを私に話していいのですか」
「かまわん。どうせお主はここで死ぬのだから問題もあるまい」
「言ってくれますね。ならばこちらも本気で行きます!」
そう言って蓮は槍を構え直すと傭水に向かって突撃する。
「はあああっ! 十連突き!」
傭水に必殺の突きが十連続で襲い掛かる。
一つでも脅威である突きが十連続。それがほんの数秒の間に放たれる。
「駆けよ! 疾風の術」
傭水もさすがに生身ではかわすのは無理と判断して術をかけて強化する。
一突き二突き三突きまでは余裕を持ってかわせた。しかし四突き目からさらに突きの速度が速くなる。
「……くっ」
五、六,七と突きの回数が増すにしたがって精度も速度も上がることでさすがの傭水も完全にかわすのは無理と判断し致命傷をさけるようにかわす。
穂先が頬や腕をかすめ、血を流しながらも最後の十突き目をかわしきると傭水は術を発動させたまま反撃に出る。
さすがの蓮も十連突きを放った疲れで反撃には出れず防御に徹する。
「どうした! 守っていては儂を屈服させることはできぬぞ」
「……」
蓮は傭水の挑発に乗らず防御を固め体力の回復に努め反撃の機を待つ。
傭水とていつまでも攻撃を続けるわけにはいかない。必ず疲れが出る。その時を狙うつもりなのだ。
「……ごほっ!」
攻撃の途中でほんの一瞬だけ咳き込む傭水。蓮はその一瞬の隙を見逃さず槍を突く。
「はぁ!」
しかしそれは罠だった。攻め込んだ瞬間。傭水の口元がニヤリと笑う。
「かかったな。穿て、金剛力の術!」
しまった。そう思った時にはすでに手遅れだった。突き出された槍を今さら止められない。
傭水はその槍をスッとかわし槍の柄を掴み、術で強化した力で柄を強引に振り回して持ち主である蓮を真上へとあげる。そして天井に叩きつけられ重力によって落下してきた蓮に掌底を放つ。
「……かはっ」
全身を襲う衝撃。正拳で殴れるのとは違う、身体の芯に響く衝撃は骨ではなく内臓を傷つける。そしてそのまま壁に叩きつけられる蓮。
「このような手に引っかかるとは筋はいいがまだまだ青いのう」
「……まだ、終わったわけではありません」
「ほう、まだ立ち上がるか」
手加減はしていない。力を受け流せないように空中に浮かせてからの掌底だ。さらに呪術で力を強化した一撃。
外傷は少ないが身体の中はボロボロのはずだ。並みのものならあれを喰らって死んでもおかしくはない。だというのに目の前の少女は生きているどころかさらに立ち上がろうとする。
それでも立ち上がろうとするのはひとえに揺るがぬ信念があるからか。
「ならばその信念ごと打ち砕いてやろう」
止めを刺すべく傭水はふらふらと立ち上がる蓮まで接近すると正拳突きの構えを取る。
「これで終わりだ。穿て、金剛力の術!」
念には念を入れて呪術で強化した拳を叩きこむ傭水。
だがその拳が蓮には届かなかった。
蓮と傭水の間に第三者が割り込み傭水の拳を受け止めたのだ。
「おいおい爺さん。女の子になんてことしてくれてんだよ」
「なにっ?」
自身の拳を受け止めた人物に驚き目を見開く傭水。
わからなかった。どうして呪術で強化した最高の一撃をその人物は平然として受け止めているのか。なぜピクリとも動かないのか。
闘気を身に纏っているから闘術かと思ったが違う。それだけで自身の一撃を受け止めきれるわけがない。それどころか力を受け流したところをみると仙術の類に近い。だが仙術と闘術は相容れぬ存在。柔と剛の関係にある。ましてや天虎の国と地龍の国の術を扱えることがおかしい。両国は水と油のような国なのだから決して相容れぬ国なのだ。その国の術を使えることなどありえない。
「蓮ちゃんの可愛い顔が傷ついたらどう責任取るつもりだ」
「お主は……いったい……」
傭水は恐怖した。相手が怒っているから恐いわけではない。得体が知れないことに恐怖したのだ。自分の知らない力を持つ男に。
「歯を食いしばれよ爺さん!」
怒りに身を任したその人物の拳が傭水の顔面に叩きこまれた。