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 蓮が階段を登り天守までやってくるとそこには禿頭とくとうの男が外を眺めていた。


 蓮はその男が蛟傭水だとすぐにわかった。


 病気のせいか頬が痩せこけているが、背筋は病に負けまいとぴんと伸びておりその身に纏う覇気は衰えておらず目には力強さが宿っている。病を患っている人間とは思えないほどだ。


 その上目の前の男には他の者とは違う上に立つ人間としての風格があった。それこそまるで紫苑のような……いや、紫苑以上の風格だ。積み上げてきた年月が違うのだ。


 これが名将と名高い男なのかと息をのみそうなるがそれを堪えて槍を構える。


「そなたが蛟傭水で間違いないな」


「いかにも。儂が蛟家当主、蛟傭水である」


 傭水は蓮と向き合うと槍を向けられていても動揺することなく貫録のある低い声で答える。


「して、お主の名はなんと申す?」


「私は雲雀蓮。千鳥家に仕えし家臣が一人、雲雀家の者だ」


「雲雀……あの男の孫か。これも何かの因果か」


 蓮の名を聞いて思い当たる節があるのか顎に手を当てる傭水。しかし蓮は相手にするつもりはない。


「つまらぬ雑談をする気はない。大人しく降伏してもらおう。でなければ――」


「殺すか? いや、それはできぬであろうな。もし儂を殺せばお主らは城の者に殺されるからな」


「元より死ぬ覚悟はある!」


「なるほど。忠義のために死ぬとはさすがはあの男の孫だ。だが儂を殺せばお主は主君を見殺しにすることになるぞ」


「……なにっ!」


「考えても見よ。お主の主は今儂らの軍に包囲されておる。そんな中儂が討たれたと聞けば素直に負けを認めると思うか? 否。こちらが劣性ならともかく圧倒的な有利な立場ならば弔い合戦となるだろう。そうなればお主の主とて命はあるまい」


「……くっ」


 傭水の言う通りだ。


 主君が討たれたと聞いて、はいそうですかと引き下がれるわけがない。ましてやその敵が瀕死の状態となればそこで引き下がる馬鹿はいない。


「元よりこの身は病に侵された身。もう長くはない。今さら生に執着しておらん。いくら脅そうとも無駄だ。脅しても儂は降伏せぬぞ。お主はどうするつもりだ」


「……」


 どうするべきだ。ここに大和がいればまだ何か妙案が浮かんだかもしれないがその大和はいない。


 当然紫苑もそのことは考えていたはずだ。紫苑も何らかの勝算があってここに自分を送り込んだのだから 


 今の自分にできることといえば……。


「脅しに屈せぬと言うのならば、力尽くで屈服させるのみ」


 脅しではなく力によって屈服させる。単純だがそれが今の自分にできることだった。


 そんな蓮の回答に傭水は声をあげて爆笑する。


「かっかっか! 面白い。この儂にそうのようなことをほざくとはさすがはあいつの孫だけのことある。いいだろう。儂を倒すことができたら降伏を認めよう。だが小娘にやられるほど儂は甘くはない、この儂を年寄りだと思って侮ったら痛い目をみるぞ!」


 瞬間、傭水の闘気が一気に膨れ上がる。同時に上着がはだけ上半身がむき出しになる。六〇を過ぎてもなお筋肉は衰えを感じさせぬ力強さがある。これで病に臥せっていると言うのだから恐れ入る。


「さあ儂を屈服させてみるがいい!」


「参る!」







 蓮が天守にて傭水と戦いを始めた頃、一階の階段にて三人の少女が奮闘していた。


「これはきりがないな」


 綾は次々と押し寄せてくる敵の軍勢に辟易としながら呟く。


 さっきから敵の猛攻はやむことなくそれどころかだんだんと激しくなってきている。それだけこの先にいる人物が大事なのだろう。


 もしここが狭い階段でなければとっくに数の力で押し切られていた。


「よりにもよってこんなむさい男ばかりに群がられるときついわね」


 那美が敵を一人突き殺しながら軽口を叩く。彼女なりに暗くなる雰囲気を和ませようと気を遣ったのだろう。


 しかしながらさっきから戦いっぱなしでさすがに疲労は隠せない。


「……もう……むり」


 この中で一番年下の玲が減ることのない敵に泣き言を言う。疲労のせいか動きもだんだんと鈍くなってきていた。


「諦めるな! 笑え! 戦場じゃ笑えなくなった連中から死んでくってうちの祖父ちゃんが言ってたぞ!」


「……」


「ちっ! ここは頼んだぞ綾!」


 そう言って那美は動きの悪くなった玲の負担を軽くすべく援護に向かう。


「辛い時こそ笑え玲!」


 玲に群がる敵を薙ぎ払いながら那美は檄を飛ばす。その檄に玲はなんとか笑みを浮かべる。


「……ふひひ」


「相変わらずぶっさいくな笑い方だな」


「……ひどい」


「ししし、お互い様だ。まだ動けるだろ」


「……頑張る」


「その意気だ」


 なんとか心が折れずに済んだ玲を見て那美は安堵するものの終わりの見えない戦いに不安はぬぐえなかった。


 ……。


 …………。


 ………………。


 それからどれくれい経っただろうか?


「……はぁはぁはぁ」


 威勢のよかった那美ですらもう息を整えるだけで精一杯になり軽口をたたく余裕はなくなっていた。玲にいたってはもう口を開く余裕すらない。


 それだというのに敵の攻撃は休まることはない。


 終わりの見えない戦いに自分たちは十分戦った。もう頑張らなくてもいいのではないかという思いが渦巻く。


 全身はボロボロで切り傷が絶えず、腕はもう上げるのが精一杯な満身創痍の状態。


「……もう……十分……頑張った……だろ?」


 だからここで倒れても文句はないだろ、と自分に言い訳をこぼす那美。


 玲もそうだと言わんばかりに頷く。


 しかし、そんな中で生を渇望する者が叫ぶ。


「ふざけんじゃ……ないわよ! わたしは、わたしは生娘のまま死にたくないわよ!」


「「……っ!」」


 綾の魂の叫びにハッとする二人。


 自分たちは今まで訓練に次ぐ訓練で男を知らない。このまま死ねば男を知らずに死ぬことになる。


 それでいいのか?


 ……否。


 自分たちは可愛い。そこそこ可愛い。微(美)少女である。


 そんな微少女が子を産まずこのまま死んでいいわけがない。国の損失である。


 とにかく自分たちは年頃の娘である。周りの女性から男と交わることはとても甘美なものだと聞いていた。人によっては極楽浄土に達すると言っていた人もいた。


 極楽浄土。それがどんなものか訓練ばかりをしていた微少女は知らない。だからこそそれを知りたい。自分たちは今こんなにも辛い思いをしているのにそれで終わっていいのか?


 嫌だ。どうせ死ぬのならその極楽浄土を味わってから死にたい。


 微少女たちはそれを知るために最後の気力を振り絞る。


「ここは」


「なにがなんでも」


「……生き残る!」


 少女たちの生き残りをかけた戦いは続く。

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