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「戦争って! 落ち着いてください大和さん。わたしなら大丈夫ですから」
「せやで! いくらなんでも一人でなんて無茶すぎるで」
俺の言葉を聞いてまこちゃんと亜希が諌めようとする。
「大丈夫。二人が心配してるようなことはしないから」
あの野郎を殺しても何も変わらない。
殺しても流民を排斥しようとする第二第三の泥沼が出てくるに決まっている。それじゃ何の解決にもなりはしない。またまこちゃんが傷つけられる可能性が出てくる。クソッ、あいつはどっかの魔王かよ。
「亜希、ちょっといいか?」
「なんや?」
俺は亜希を手招きすると耳元で囁く。その際に亜希が「あかん、うち耳が敏感やねん」とか言っていたが気にしない。
「今言ったものを用意してくれるか?」
「ええけど、そんなもんどないすんねん? うちには大和のやろうとしてることが全く見えてこんわ」
「大将を討ち取るだけが戦いじゃないってことだ」
「ふーん」
と亜希はまだ腑に落ちない様子だ。
「一応用意できんこともないけど、かなり値が張るで? 大丈夫なん?」
「大丈夫だ。馬頭が全部払う!」
「兄さんが!?」
まこちゃんが驚く。
まああいつも命を張ってる兵だ。足軽とかだろうけどそれなりに金持ってんだろ。もし足りなかったら身体でもはって稼いでもらおう。最悪馬頭が首を吊ることになるかもしれんがやむ得ない。屋台に顔出す暇があるなら働け。
「おおきに。うちはさっそく仕入れてくるわ。珍しいもんやけどこの城下町なら仕入れれると思うで」
亜希はまこちゃんの治療を終えてから仕入れへと向かう。
やっぱりアレはこの世界だと珍しいものなのか。元の世界なら簡単に手に入るんだがな。まあアレは戦国時代でも珍しいもんだったらしいからな。
「大和さん。本当に大丈夫なんですか? わたしのことなら気にする必要なんてないんですから」
と言うまこちゃん。
まこちゃんの赤く腫れた痛々しい顔を見ていると怒りが蘇ってくる。
……いかんいかん。こういう時こそ冷静にならなきゃ。
「まこちゃん。俺は流民だからとかいうくだらない理由でまこちゃんが傷つくのが許せないんだ。そしてそれを理由にまこちゃんを傷つける連中もな」
「でも流民は武士でも農民ですらもない身分ですから。それどころか住む場所を失っても女々しく生き延びる卑しい存在ですから周りからどう扱われても仕方ありません」
「だからこそだ。俺はそういったくだらない価値観をぶち壊す。そのための戦争だ」
「大和さん……」
「大丈夫。長くても三日以内には終わらせる予定だから心配しなくてもいい」
「三日以内で!? ……わかりました。わたしは大和さんを信じます。でも、無茶はしないでくださいね」
「わかってる」
今日はもう店を開く気にはなれなかったら店仕舞いをしてまこちゃんを長屋へと送っていく。
長屋に戻って来ると馬頭はまだ帰ってきてないようだった。どこをほっつき歩いているんだか。
そして日課である余った肉を長屋に住んでいる働けない老人と身寄りのない子供たちに配る。
ケガをしているまこちゃんには長屋で休むように言うがついてきた。俺にまかせると不安らしい。どうしてだろう?
長屋を訪れるとみんなまこちゃんの顔を見て驚いた。理由を聞かれるとまこちゃんはただ転んだだけと苦笑して答えていた。
肉を配り終えて俺はまこちゃんと別れる。
「んじゃ俺はちょっと行くとこがあるからまこちゃんは安静にしてなよ」
「どこに行くんですか?」
「ちょっと友達のところに」
「えっ? 友達いたんですか……?」
「……」
まこちゃんには悪気はなかったのだろうけど地味に傷ついた。
心に傷を負いながらも長屋を出て俺は蓮ちゃんの家へと向かおうとするが、あることに気が付いて足を止める。
「俺……蓮ちゃんの家を知らない」
友達なのに家を知らないとか本当に俺は蓮ちゃんの友達なのだろうか? 少し不安になる。
だが友達でも家を知らないなんてよくあることだ。きっと気のせいだ。
たぶん蓮ちゃんなら紫苑の屋敷に行けば会えるかもしれない。昨日もいたし。
そうと決まったら紫苑の屋敷に直行だ。ついでに紫苑に会ったら復讐しよう。やられたらやり返す。それが俺のモットーだ。
「なんだお前は!」
紫苑の屋敷に着くと門番らしき人物に止められた。昨日は何も言わなかったくせに。
「ここは千鳥様のお屋敷だ。愚民が気安く来ていい場所ではない!」
「俺は蓮ちゃんの友達だ。蓮ちゃんに会いに来た」
「蓮殿の知り合いだと? 貴様のような愚民が蓮殿の知り合いなわけがないだろ。帰れ帰れ」
ぞんざいな扱いにカチンときた。愚民愚民言いやがって。どんだけ自分が偉いんだよ。
「ごちゃごちゃうるせーな。蓮ちゃんがどこにいるのか答えろ!」
「愚民の分際で口の聞き方に気を付けろ! はっ!」
門番が俺に槍で突きかかってくる。
だが遅い。俺の鍛え抜かれた動体視力と反射神経の前では止まってるも同然だ。
俺は槍の柄を掴んで槍ごと門番を放り投げる。ムカつく野郎だがさすがに殺すわけにはいかない。
「ぐはっ! ちっ! 出会え出会え! 曲者だ」
投げ飛ばされた門番が叫ぶと次々と武装した兵が出てきた。
むむむ。めんどくさいことになった。しかしここで引き返すわけにはいかん。なんとしてでも蓮ちゃんに会わねば。
俺は迫りくる雑兵どもをちぎっては投げちぎっては投げ無双する。雑兵がケガをしないよう心配りも忘れない。
「ほう、やりやがる! お前らは下がっていろ」
そう言って雑兵をかき分けて一人の若い男が現れる。モブ――もとい雑兵とは違う空気を醸し出している。
「おれは天下一の剣豪坂巻源五郎と申す。いざ、尋常に勝負!」
坂巻なんとやらが言い放つと周囲の雑兵が引いて一対一の状態になる。
「せやっ!」
坂巻は上段切りの構えから斬りかかってくる。さっきの雑兵と比べると明らかに早い動きだ。だが紫苑よりは遅い。こんなんで天下一を名乗るなんて不遜だな。
「なにっ!」
上段から振り落された一撃を素手で受け止めると目を見開く坂巻。その隙に蹴りをお見舞いする。
「……や、やるな。お前、名はなんという」
「九十九大和だ。そして蓮ちゃんの友達だ。そう蓮ちゃんの友達だ!」
大事なことだから二回言っておく。
すると坂巻はフッと笑う。
「なるほど。蓮殿の友なら道理で強いわけだ」
と一人勝手に納得する坂巻。
そこへ再び雑兵をかき分けて見たことのあるジジイがやってきた。蓮ちゃんのお祖父ちゃんだ。
「ええい! 何の騒ぎじゃ!」
「どうやら賊が侵入したようなのですが……」
雑兵の一人がジジイに報告する。そして俺と目が合うと目頭を押さえだす。疲れてんのか?
「被害は?」
「幸いにも怪我人は一人もいないようで」
「わかった。お主らは下がっておれ。この男の相手は儂がする」
「しかし!」
「心配いらぬ。あやつは蓮の友じゃ」
「……わかりました」
ジジイは家臣どもを諌めると俺を屋敷の一室へと連れて行く。
部屋に入るとジジイは盛大なため息を吐く。
「それで、お主は何しにやって来たんじゃ」
「蓮ちゃんに会いに」
「ならば我が屋敷にくればよかろう。わざわざ城までくる必要はなかろうに」
「だって蓮ちゃんの家がどこにあるのか知らなかったし」
「ならば人に尋ねればよかっただろう。大抵の者なら知っておる」
「……」
そうだった。ジジイはあれで筆頭家老だ。それだけの人物ならかなりの人間が家を知っていてもおかしくはない。
ジジイは俺の様子を見て呆れるようにまたため息を吐く。
そこへ襖が開いて部屋に誰かがやってきた。
「昨日ぶりですね九十九殿」
やってきたのは柚子姫だ。まだ幼い顔立ちながらもまこちゃんと負けず劣らず意志の強そうな目をしている。
「聞きましたよ。城内で暴れまわったそうですね」
そう言う柚子姫はどこか楽しそうだ。
「しょうがないだろ。門番の野郎が蓮ちゃんに会いに来って行っても通さないし、人のことを愚民とかほざくし」
「へぇ……勘助」
俺の話を聞くと柚子姫は瞳をすっと細める。さっきの楽しげな雰囲気は消えどこか恐い。
一方名前を呼ばれたジジイは黙って頷く。
「それで九十九殿はいったいどういった用件で蓮殿に会いに来たんですの」
柚子姫はまたいつもの調子に戻って話しかける。
「ちょっと蓮ちゃんに頼みがあってな」
「そうですか。しかし蓮殿は盗賊を警戒して周囲の村々を周ってるところですからしばらくは帰ってこないでしょう」
「まじ!?」
蓮ちゃん忙しいのか。しかし働く蓮ちゃんも可愛いんだろうな。その雄姿を見れないのは残念だ。
「困ったな。それじゃ泥沼の野郎を追い詰めることができないな」
「泥沼? それはもしや大沼成助のことですか?」
「あ? そんな名前だったか? とりあえず肥え太ったおっさんだ」
と言うと柚子姫がまたジジイとアイコンタクトを取る。
「九十九殿。それは蓮殿ではなく、わたしたちでも手伝えることですか?」
「まあそうだけど」
別に蓮ちゃんじゃないといけないということはない。ただ蓮ちゃんしか頼れる人がいなかっただけだ。
「ではよかったら話を聞かせていただいてもよろしいですか? 手伝えるようならわたしたちが手伝いますよ」
と乗り気な柚子姫。
「なら明後日に商業区にあるうちの屋台に来てくれ」
「明後日ですね。それからどうすればいいんですの?」
「いや、それだけだけど」
「えっ?」
キョトンとした表情をする柚子姫。さっきまでの何か企んでそうな顔ではなく年相応の幼い顔だ。やっぱ女のにはこういった表情でいてもらいたい。
「それでどうやってあの大沼を追い詰めるつもりなんじゃ」
意表を突かれてる柚子姫の代わりにジジイが質問してきた。
「それは来てからのお楽しみだジジイ」
どこで誰が聞いているかわからないからな。そうやすやすと話すわけにはいかない。
「じゃあ用件は済んだしこれで」
と言って俺は屋敷をあとにした。なんか柚子姫がむーと悔しそうに唸っていたのはきっと気のせいだろう。