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如水城が見えるところから少し離れた森の中に野営をしてすでに一日が経った。
俺は一日を使って如水城の周りを散策した結果を一人考え込みながら整理する。
如水城。
改めて実物を見ると堅固な城だと言わざる得ない。
如水城は星形をイメージした稜堡式城郭をベースとして作られている。この稜堡式城郭は日本で言うと五稜郭や龍岡城とかが該当する。もっとも稜堡式城郭は日本よりもヨーロッパとかが主流で日本の城では珍しいんだけど。
まあそれはともかくこの城郭のメリットは星の先端部分がそれぞれがお互いをカバーするように設計されていて死角が存在しないということだ。つまり死角が少ないから湖から回り込んでこっそり城に忍び込もうとすると狙い撃ちされ潜入するのが難しいということになる。そうなると周囲を湖に囲まれている如水城は正面から侵入するしかないということになる。
だが正面から突破するのにも問題がある。この城の入り口である虎の門があるのは星を書いてちょうど真ん中の下辺りに位置する。
虎の門への道は一本道しかなく普通に攻めようとすると星の下の先端の両サイドから矢で十字砲火ならぬ十字放射を浴びることになる。
この十字放火というのは厄介で正面から撃たれるよりもかわしにくく現代でも有用な手法だ。
逆にデメリットをあげるとなると難しい。
強いてあげるなら遠距離の砲撃戦に弱いということだが、この場にそんな大砲のような便利なものはない。
日本の五稜郭の場合はこれまでの日本の城と違って二の丸や三の丸がない本丸のみというシンプルなところが弱点とも言われている。だが遠目で見ただけでは如水城の中の作りまではわからない。周囲に高台みたいなのがあればいいけどそんなものがないので中の構造はわからない。
となると打つ手なしだ。
……どうする?
蓮ちゃんにあんなに大見得をきって言った以上今さら無理だなんて口が裂けても言えない。なんとしてでも突破口を見つけないと……。
「こうなったら変装でもしていちかばちか下見に行ってみるか?」
城に入って情報収集できればいいんだが怪しまれたりしないかな? もし向こうが俺を不審人物と疑って牢に放り込むかもしれないな。
「九十九殿。下見に行くのなら私も一緒に行こう」
今まで鍛錬をしていたのか、額の辺りにさわやかな汗をかき槍を肩に抱えた蓮ちゃんがそう声をかけてきた。
「いいのか蓮ちゃん? 捕まったりしたら何をされるかわかんないんだよ」
「それは覚悟のうえだ。第一ここで大人しく待っているというのも落ち着かぬのだ」
と言っておどけるように肩をすくめる蓮ちゃん。
ああ、だから気持ちを紛らわせるために鍛錬をしていたのか。他の兵達はこれまでの無茶をして進軍してきたせいかグッタリとしているというのに……。
「わかった。そういうことなら一緒に下見に行こう。そうだな……」
変装していくといってもこの場合城を訪れても問題ない変装というのはなんだろうか? 兵士に変装するという方法もあるが、川を下る際に重荷になるから現在俺たちは鎧とかは持っていないから変装はできそうにない。そもそも合言葉とかそんなものがあったらすぐに変装がばれて危険だ。
かといって農民とかに扮しても怪しまれるだけだ。村のことを聞かれても答えられないしな。
となると一番無難なのが行商人だろうか。問題は何を売るか……。
俺は周囲を見回す。
最初に目に入ったのは蓮ちゃんの槍。武器はさすがに売るほどないし、そんなものを売る行商というのもおかしいな。もしかしたら怪しまれるかもしれないな。
そういえば行商といえば亜希は今頃どうしているだろうか? けじめをつけに自分の国に帰ると言っていたけど今頃何をしているのやら。あいつにもらった薬のおかげで助かったこともあるし一段落着いたらお礼を言いにいかないといけないな。
……薬。そうか。その手があったな。
「蓮ちゃん。俺と蓮ちゃんは薬売りのしがない行商人夫婦ということにしよう」
薬ならもしものためにと持ってきているはずだ。それに薬売りの行商というのならあまり怪しくはないだろう。
「夫婦? 護衛とかでは駄目か? 言っては何だが私は演技が得意な方ではないだが。ましてや私の様ながざつな女に妻など務まるとは……」
眉根を寄せて困った表情を浮かべる蓮ちゃん。
「いや蓮ちゃん。夫婦じゃなきゃダメだ。敵はこっちの奇襲に勘付いて警戒しているかもしれない。そんな中護衛として蓮ちゃんを連れて行ったら怪しまれる可能性がある。蓮ちゃんの名は敵に知れ渡るほど有名だからね。だから夫婦ということにしておけば怪しまれる可能性は下げられるはずだ。そもそもしがない行商人が護衛を雇っているのも怪しいし」
「……なるほど」
論破! と言わんばかりに弾丸のように熱弁をふるう俺の言葉に、蓮ちゃんは顎に手を当てて一考する。
よし、これなら蓮ちゃんと合意的に夫婦プレイができる。
と思ったのもつかの間、俺の理論はあっという間に論破されてしまう。
「それなら兄妹ということにしておけばよいのでは?」
そう言って俺たちの元へやって来たのは栞那だった。
「兄妹で行商をするというのも特段珍しいことでありませんし、幸い雲雀様は兄上がいらっしゃったはずですからさほど演技も必要ないかと」
「なるほど」
名案だと言わんばかりに手をポンッと叩く蓮ちゃん。
「だ、そうです。兄妹ということで何か問題がありますか大和?」
「……ありません」
ぐうの音も出ないくらい論破されてしまった。これが学級裁判なら俺は今頃オシオキを受けていたところだ。
でも考えようによっては蓮ちゃんにお兄ちゃんと呼ばれると言うことになる。なぜだろう? なんだか心が躍るぞ。
「ではそういうことでお願いしますね兄さん」
「えっ? 兄さん? もしかして栞那も来るの?」
「何か問題でも」
「いえ、ありません!」
剣呑な目つきで睨まれ咄嗟にそう答えてしまう俺。
なんだか最近栞那の俺を見る目が冷たい。それも蓮ちゃんと話しているときは特に冷たい目を向けてくる。
もしかしてあれか? 栞那のやつ……蓮ちゃんが好きなのか? そーいえば忘れていたけど栞那のやつは男嫌いで女が好きなんだったっけな。いわゆる百合というやつだ。だから俺が蓮ちゃんと話していると不機嫌になるのか。
やれやれ。栞那にも困ったものだ。