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 蛇骨軍に三の丸を奪われた鳥綱軍は早々に本丸にて評定を行っていた。


「ちくしょう!」


 重苦し空気が漂う評定の場で軍鶏は悔しさのあまり自身の膝を思いっきり叩く。


「落ち着いてくだされ軍鶏殿」


 信助がそんな軍鶏の様子を心配して声をかけるが軍鶏の気持ちは晴れない。


「これが落ち着いていられるかよ! 三の丸が落ちたんだぞ。本来ならあそこで一月はやり過ごす予定だったってのに! 俺としたことが敵にしてやられた」


「仕方あるまい。敵がこちらより上手だったのだから」


「だけどよ……」


「腐るな軍鶏」


「し、紫苑様」


「ここで気持ちを切り替えねば敵の術中にはまるぞ。こちらにはまだ二の丸と本丸が残っておる。むしろ短慮なお前があたしの言いつけを守ってむやみやたらと敵に打って出なかっただけ上出来だ」


「そ、そうか?」


「そうだ」


「なんだか照れるな」


「それで照れるのもどうなのだか……」


 いい年したおっさんの照れる姿を見て額に手を当てて呆れる信助。


「しか敵もあのよな搦め手を使ってこようとは……。一日目、二日目のように愚直に攻めてくれれば楽じゃったのにのう」


 と譜代家臣の中でも最年長の百舌が皺の寄った顎に手を当てながら愚痴をこぼす。


「敵もそこまで愚かな者達ばかりではないかったということでしょう。こちらも一日目と二日目で圧勝したせいで気のゆるみがあったかもしれませんし」


「まぁのう」


 信助の言葉に百舌も頷く。


 一日目と二日目は敵があまりにもこちらの思惑通りやられてくれたおかげで兵たちだけでなく己たちの間にも油断があったのはまぎれもない事実。


「三日目以降から敵は攻めてきてもすぐに逃げてまた攻撃を仕掛けての繰り返しのせいで湯を沸かすことをおろそかにしてしまったからのう。少しでも資源を節約しようと欲をかいたのが今回の敗因じゃろう」


 敵が来るたびにお湯を準備していては薪の消耗も早くなる。薪はお湯を沸かす以外にも夜襲を警戒するために火を起こすためにも使う貴重な資源なのだ。先のことを考えて少しでも消耗を抑えたいと思うのは当然の心理だ。


「そのせいで敵が門に近づく機会を増やしてしまいましたからね」


「おかげで門を破られ三の丸を敵に奪われてしもうたがな」


 どうしたらいいものかと難しい顔を浮かべる百舌。


 さっき軍鶏が言った通り本来なら三の丸で一月を過ごす予定だったため食料や武器はほとんどが三の丸に置いてあったのだ。逃げる際に多少なりとも持ってきたがそれでも先のことを考えれば足りない。


 防衛拠点である三の丸を失い改めてこの戦いが敗色濃厚な戦いだと突きつけられて評定の場は再び重苦しい空気が漂い始めていた。


 そんな中一人だけ勝利を諦めていない者がいた。


「奪われたのなら仕方ない。それよりもこちらの損害はどうなっている? こちらは何人やられた?」


 とこの場でただ一人勝利をあきらめていない紫苑が軍鶏に問う。


「紫苑様が指示通り門を破られたらすぐに撤退をするように言われてたからすぐに撤退したから兵の死者は片手で数える程度だったぜ」


「そうか」


 軍鶏の報告を聞いて紫苑はよくやったといわんばかりに頷く。


「しかしよかったんですかい? 三の丸を奪われちまったら敵の攻撃がますます激しくなるんですぜ? それなら犠牲を払ってでも三の丸を死守した方がよかったんじゃねーですかい?」


 軍鶏の心配はもっともだった。三の丸を奪われたとなると敵の拠点は麓に陣を張っていたところから三の丸に移るはずだ。そうなれば今まで以上に攻撃が激しくなるのは間違いない。


 だというのに紫苑の顔には焦りはない。


「大丈夫だ問題ない」


 そう返答するのみ。


 しかし家臣たちの不安はぬぐえない。ろくな食料も武具もなく士気も低い中どうやって奇襲部隊である蓮たちが敵の居城を攻め落とすのを待てばいいのだろうか? 本当に奇襲部隊は勝てるのだろうか? 自分たちはここで犬死するんじゃないか?


 家臣たちを襲う不安はつきない。


 そんな空気を感じ取ったのか紫苑は立ち上がり言う。


「言っておくがあたしはお前らの命が惜しくてこんなことを言ったんじゃない。勝利を得るためにそう命令したのだ。万に一つの勝利を得るために」


「勝利を……得るために……?」


 こんな絶望的な状況でもまだ勝利を得ようといるのか家臣達の間で動揺が広がる。


「そうだ!」


 家臣に活を入れるために声を強めて言う。


「これからは資源もなく苦しい戦いになる。お前らにも苦労をかけるだろう。だが決してあきらめるな。例え泥水を啜ろうとも地を這いつくばろうともあたしは最後まであきらめはしない。最後の最後まであがいて勝利を得るつもりだ。それを皆の者にも心得ていてほしい」


「「「「ははっ!」」」」


 普段は感情を表に余り出さない紫苑の力強い言葉に風前の灯であった家臣たちの心に再び火がともる。


 この人ならばきっと……。


 根拠などないがそんな想いに掻き立てられる。自分よりも若い当主の言葉に集まった家臣たちの心が奮い立つ。

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