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プロローグ

 ワルキューレ。

 それは古来から、聖女を指す名称である。

 容姿は比類の美しさを誇り、厳然としつつも慈悲深く寛厚な気質を備える。また一度、武器を振るえば、一騎当千の実力。

 人々から崇拝され、同時に国の象徴としても祭り上げられるような人物であったと伝えられている。

 それから幾年もの月日が流れた現在。

 恒久的に受け継がれた聖女の存在は、戦役の一時終結と共に再起しようとしていた。

 その筈なのだか……。



 蒸し暑い季節。

 青空を背景に背負って立つ太陽が、大地を俯瞰する。

 そこには建物がある。

 ただの民家。何らかの施設。堅牢そうな城。

 多くの建物は寄り添い、形を成している。

 村。街。小国。大国。

 そこには人々が独自の生活を営んでいる。

 平民は自らの仕事を全うし、商人は店を出し、兵隊は街を徘徊し、王族は国の政治についての会議。

 そんな世界の一端にしか過ぎない場所に、魔法により発展した国がある。

 プレア王国だ。

 整然とした町並みは、豊かな樹木に囲まれている。 立派な橋を通した先には巨大な門となっており、その更に先に在るのは城だ。 周りに広大な敷地を有し、そこも緑に富んだ様相である。

 その一角。

 国王直営第二十三法術訓練所――通称『ニーベルング学園』と呼ばれる施設がある。

 次世代のワルキューレを育成するための場に、今、候補である六人の美少女たちが居た。



 学園の中央にあたる噴水広場。

 そこに見える人影は四つ。全員が白と青の二色を基調とした統一の制服に身を包んでいる。


「隊長はいつ頃、集合するって言ってた?」


 胸の前で腕を組んでいた、金髪ツインテールの少女が他の三人に問い掛ける。 端整な面差し。爛々と強い意志を持つ、綺麗なグリーンの瞳をしている。

 きちんと着こなした制服からは、女性特有のラインが生まれている。


「んー? エリシアは知らないよ?」


 いち早く答えたのは、噴水の石段に腰掛けていた赤髪の少女だった。

 彼女はエリシア・キャティー。

 赤い髪の毛を左右の長さの均等ではない御下げにし、肩の内側に吊している。顔付きや体格が幼く、足をブラブラさせる動作も堂に入っている。

 エリシアは、ちょいっ、と顔を左に向け、


「ラピスは?」


 と可愛く張りのある声で訊く。

 ラピスの容姿は、色素の薄い、落ち着いた金髪。その髪型は少しウェーブの掛かったショート。瑠璃色の双眸。

 それなりに起伏のあるボディで、左手首には青い宝玉の付いたブレスレットを付けている。

 ラピス・ヘーミニスは瞬時に首を傾げた。


「私も知らないわよ? アイゼリアはどうなの?」


 ラピスの視線に合わせ、ツインテール娘とエリシアも、そちらに目をやる。

 向かった先には、おっとりした表情の女性が居た。 藍色の長髪。筋の通った高い鼻梁。魅き付けらそうな朱唇。抜群のプロポーションを誇る。

 アイゼリア・エンシェロールは、眉尻を下げ、


「ごめんなさい……。私はミーナさんに集合場所を教えて頂いたものですから……てっきりミーナさんがご存知なのかと……」


 申し訳なさそうに目を伏せ、耐え切れなくなったのか続きを呟いた。


「他人任せだなんて……私ってダメですよね? ダメな人間ですよね?」


 どうやら自虐思考が強いようだ。

 いつも通りな反応なのか、エリシアとラピスはそれを放って置く。

 そして問題のツインテールこと、ミーナをじぃーっと見る。

 顔を背けたミーナにラピスが、


「集合時間くらい知ってなさいよ」


「何よ、その棚上げ発言! ラピス……、貴女はその自己中な性格を直しなさい!」


「な……!? あんただって、そうじゃないの! それもジコ虫よ、ジコ虫!」


「その妙にムカつく発音は止めて!」


 睨み合う二人の様子を見たエリシアが、間に割って入った。


「もぅー、二人とも止めなよ? どっちもどっち」


 容姿とは逆に、最も大人びた対応をする彼女に、二人の槍声が飛ぶ。


『うるさい、おチビ!』


「ぶぅー! チビとはなんだー!」


 頬を膨らませ、二人の周りをピョンピョンと跳ねて講義する。

 エリシアまで乱入し、ヒートアップしてきた場に、声が掛かった。

 その声はアイゼリアのもので、


「喧嘩はいけませんよ、皆さん……」


 諭すように優しく響いた。しかし今の三人には火に油。


『うるさい!』


 一蹴され、アイゼリアは地面に体育座りして、いじけてしまった。

 もはやストッパーもいなくなり、喧々囂々となった広場。


「もう我慢できないわ! 勝負よ!」


 ミーナはラピスをビシッと指差して言った。


「いいわよ……掛かってきなさい!」


 ラピスは不適な笑みを浮かべて応じる。エリシアは視界にすら入ってない。

 両者は距離を取って構えると、同時に加速した。

 その時――


「そこまでっ!」


 二人の側面から飛んできた鋭い一声に、誰もが身を竦めた。

 一斉に喧嘩を止めた二人は、近付いて来た足音の主を見た。

 年は二十代前半といったところか。短く刈った茶色の髪。油断ない、鋭い目付き。真一文字に引き結んだ唇は歪まない。


『フィル隊長……』


 二人に加え、アイゼリアも声を揃える。だが、エリシアだけは、


「お兄ちゃーん!」


 トテトテと可愛らしく走っていく。

 フィルデガルド・ライアンバーグは、その様子を見つめてから、正しい行動を取った。

 エリシアの額に手を当て、接近を拒否。

 エリシアは力ずくで前進を遂行するも、やはり無理。その内に不機嫌となった彼女は、キッと睨む。

 それからフィルの向こう脛を爪先で蹴り飛ばす。

 堪らずに、脛を押さえて跳びはねるフィルに、


「意地悪っ! このロリコン野郎!」


 仮借ない言葉を浴びせる。

 一方、いきなり隊長の威厳が損なわれる危険に見舞われたフィルは、直立に戻る。


「隊長になんてことをするんだ。しかもロリコンとは人格否定も甚だしいぞ、エリシア」


 フィルが言い終わると、エリシアは怪訝な目をする。


「ならなんで無断で部屋に入ったの? あまつさえ、頭にエリシアのパンツ被って」


「あれなら何度も説明した筈だ。君の生活週間を調査していたらパンツが出て来たので、置く場所に困った私が才知を奮い、適切な処理方法を考慮した結果だと。この方法は実用性が高く他の者たちも同様に行った。しかるに差別もしていないので、不平もないだろう。なんら問題はない」


 事もなげに捲し立てたフィル。これには全員が冷たい視線を浴びせた。

 そんな折。

 フィルの影となっていた少女が、静かに顔を出した。

 透き通るような白皙。縁の無い眼鏡の奥で、異様に光る黄色の瞳。艶のある黒髪が腰まで流れる。

 整った顔立ちだが、その表情は冷たさを感じさせる。


「隊長……。主旨、逸れ……」


 怜悧で物静かな声。

 少々、言葉足らずだが、フィルは理解したようで、すまない、と言い、


「シェリル・リス。先程の下着の処理方法について上層部に提言してくれ。勿論、発案者が私であるとの記入漏れなく」


 シェリルはフィルの真剣な目を確認した上で、ボソッと囁いた。


「……変質者。……逮捕」


 冷酷なツッコミをも無視し、フィルが声高らかに少女達に告げた。


「いいか、皆。チームの調和を乱してはならない。もしもそんなことする奴には、私は断固とした処分を降す」


 精神的に最も乱した男がこれではある。いっそのこと清々しくも思えるが。

 皆の疑念を置いてけぼりに、本題に入ろうとしたフィルが、あることに気付いた。周りを入念に見回してから、一呼吸。


「ラスリの姿が見えないようだが……どうしたんだ?」


 フィルは一瞬も迷わずラピスに問い掛ける。


「知らないわよ……」


 眉を立て、憮然とした態度で言った切り黙り込むラピスに、


「貴女の担当でしょ? どうせ寝坊なんだから、起こしてきなさいよ」


 突っ掛かるのは、ミーナだ。ラピスは腕を組み、ミーナに言い返す。


「朝に起こそうとしたわよ。でも垂直落下ラピス・バーストやっても起きなかったわ……」


「あの踵落しで起きないなんて、どういう神経なんだろうね?」


 エリシアがケラケラと笑う。


「家畜なみ……」


 またしても冷酷なシェリス。


「よし。ラスリを起こしにいくぞ」


 もう慣れた、と言わんばかりの決断の早さで、フィルは踵を返した。

 直後。

 ニーベルング学園の一部で、大爆発が起こった。

 衝撃で屋根が空へと飛び、黒煙が噴き上げる。突然の大惨事に全員が唖然とした。

 すると黒煙を尾に引いて飛んできた人影が、フィルの足元に落下した。

 その正体を理解したラピスが溜息を吐いた。


「うきゅ〜ん……ちょっと火力が強すぎたかなぁ?」


 ぐるぐる線を目に付けて登場したのはラスリである。

 容姿はラピスとそっくりだが、ブレスレットは右手首に付けている。

 ラスリはラピスの双子の妹なのだ。先程、フィルが真っ先にラピスに問うたのは、これが理由だ。

 そのフィルは地面に倒れているラスリを眺めてから、口を開く。


「遅刻だぞ。ラスリ」


「あ……、お客さんですね? お勧めは、この現地直行、目覚まし時計です。寝起きも抜群!」


 その筈が、まだ寝ぼけているラスリ。


「あんな凄まじいパフォーマンスを見せられた直後に購入する人間はいない。それに上官に何を売ろうとしているんだ、君は」


「へ? ……た、隊長!? これは失礼であります」


 地面に這ったまま敬礼するラスリを見て、エリシアが腹を抱えて笑い転げた。


「更に無礼を重ねたようだが……まあ、いい。しかし……」


 フィルは言葉を切って、学園の方向を眺めた。遠くからでも、燃えているのが解る。


「また営倉入りだな、私は……」


「隊長、可哀相ぅ……」


「あんたが言うな!」


 ラピスの踵落しがラスリの後頭部に炸裂した。

 急いでラスリを治療するアイゼリアを一瞥してから、フィルは歩き出す。

 その背中はどこか物憂げだ。

 エリシアが横に並んで、肘で脇を突きながら、


「これで五十回目の営倉入りだね? 伝説達成おめでとー。そんな、お兄ちゃん……す・て・き!」


「エリシア。君の発言からは並々ならぬ悪意を感じるのだが……。あとお兄ちゃんと呼ぶのは止めるんだ」


 エリシアは悲しそうに俯き、


「うん……。解ったよ……。じゃあ……、お義兄ちゃん……」


 フィルが無視すると、突きがフックに変化した。

 腹部を押さえて片膝を衝いたフィルは、こう思う。


(なぜ私は、今こうしているのだろうか……)


 こう見えてもフィルは優秀な軍人なのである。軍学校を主席で卒業し、将来を約束された筈の逸材だった。

 それが、どこで道を間違えたのであろうか? 着任直後に、ミーナの着替えを覗いてしまいビンタを受けた時からか? それとも、ラスリの『おませさん地雷』を運悪く踏んだ時からか?

 いや、国王陛下との謁見の時からだ。

 あの時の会話はよく覚えている。


『フィルデガルド・ライアンバーグよ。そなたにワルキューレ隊の隊長の任を与える』


 思わず身が奮える程に嬉しかった。


『はっ、身に余る光栄に存じます』


 この言葉に偽りなどあろうものか。粉骨砕身で、任を全うするつもりだった。 だからこそ思う。


(なぜ私は、今こうしているのだろうか……)


 それは誰にも解らない。 ただ、誰にでも理解できることがあった。

 今日の訓練が終わり次第、彼は粉骨砕身の結果、営倉入りするということである。

色々とあり遅れましたが、先頭はネビリム三世が勤めさせて頂きました。ワルキューレ・ハーツを宜しくお願いしますm(__)m

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