『後悔は一回もしたことないね!えっへん!………ごめん、うそ…』略して後編
夕方。部活動も終わり、生徒達が次々と学校を後にしていく。
しかし、体育館には生徒が一人、まだ部活動を続けていた。
部活の顧問がその生徒に話し掛ける。
「小坂ー、おまえはまた居残りか。」
「はい。まだシュートの詰めが甘いんで。」
「どうせ明日も朝早く来るんだろう。鍵はまた預けとくから、遅くならないようにな。」
「はい!ありがとうございます!」
顧問は、だるそうに手を上げると、体育館を出ていった。
「優しいんだか、関心がないんだか……。」
小坂はそういうと、バスケットゴールに向き直る。
小坂の立っている場所は、3ポイントのエリアだ。
小坂はボールを何回かバウンドさせ、小さく息をはくと、ボールを頭の上に構えた。
足を軽く曲げ、上半身を少し反る。その反動で高く飛び、その瞬間、右手に精確な力を入れ、ボールを飛ばす。ボールは弧を描き、バスケットゴールに吸い込まれていった。
―――――。
パシュッ
ボールが枠に当たらずに入った時の独特の音が、体育館に響く。
小坂君は軽くガッツポーズをする。
「おお、中々やるじゃない。」
「でしょ?すごいんだから。」
私達は、体育館の少し開いてる扉から、覗き込んでいた。
「……てかさ…俺等はあいつには見えないんだからさ。」
「わかってるけど…なんか恐いのよ。」
「……てかさ…君はいつになったら告白するのかな?」
「わかってるけど……」
私は、あの後から、ずっと告白するチャンスを伺っていた。
だけど、いざそのチャンスが来ても、中々踏ん切りがつかない。
ずっと片思いだった人に、“あなたの事がすきです”なんて、簡単に言えるわけがない。
「もう、“テメーが好きなんだよバカヤロー”って言うだけじゃねーか。」
「なんでそんなにケンカ腰!?氷室さんって、告白したことないでしょ!」
「バ、バカヤロー!俺は“コクり屋こーちゃん”って呼ばれたんだぞ!」
「じゃあ、どんな風に告白するの?」
氷室さんはしばらく考えた後、私を仰向けに寝かせ、そして抱き抱えた。
「たすけてください!!」
「パクリじゃん!しかも好きだって伝わってないよ!?助けを求めてる事しか伝わらないよ!?」
「じゃあアンタはどうなんだよ!」
「わ…私だって“国利屋えりちゃん”って呼ばれる程ですよ!?」
「字が違うぞ!?なんか政治家にしか聞こえないんだけど!」
私は、氷室さんを仰向けに寝かせ、抱き抱えた。
「国民の税金、私がつかってます!!」
「自分の悪業告白しちゃったよ!!てか俺を寝かせた意味あったの!?」
「人が動くのに理由はいらない。そう教えてくれたのはあなたでしょ?」
「なんかそれらしいこと言ってるけど結局意味ねーんじゃん!!」
私達は、我に返った。
そうだ…こんな事してる場合じゃないよ……。
「ほら、早くいってこい。」
「で…でも…」
「でもは無し!ほら!」
氷室さんはそう言うと、私の背中を押して、体育館の中に入れた。
氷室さんが指をパチンッと鳴らすと、私の体が一瞬光に包まれた。たぶん、これで小坂君に私の姿が見えるようになったんだろう。
ええい、もう行くしかない!
私は決意を固め、小坂君に歩み寄る。
小坂君は、私の気配に気付き、振り返る。
「……おお!本田!昨日はどうした?具合でも悪かったのか?」
たぶん小坂君は、私がもう死んでいる事を知らないんだろう。
まあ、昨日の今日だし、両親はまだ学校に伝えてないのかな。
「はなし、あるんだ。」
「ん?どうした?なんでも聞くぜ?」
小坂君は、ボールを放って、私に笑いかけた。
「あのね、私、死んじゃった。」
私は、努めて明るく言う。
「え?どういう事?」
「見てて。」
私は、氷室さんに目線で合図を送る。
氷室さんは、指をパチンッと鳴らす。
すると、私の足が、見事に消えた。
「なっ……!?」
小坂君は、状況を飲み込めないみたいだ。
私の足があるはずの所を、手で探っている。
「信じたかな?」
「…信じたかなって……なんで……」
「昨日、映画館に向かってる途中にトラックにひかれて。」
「そんな…嘘だろ……」
「それで、最後にお別れを言いにきたんだ。」
「最後……?だって…俺は……」
小坂君が俯き、手を強く握り締める。
「俺……おまえの事が好きなのに……」
私は思わず、口に手を当てた。
小坂君が…私を……?
「なによ…もっと早く言ってよ……」
「ホントだな……せめて…本田が死ぬ前に……クッ……」
小坂君は、手で目頭を押さえる。
小坂君の目からは、涙が溢れていた。
「泣いちゃ…ダメだよっ……私…成仏できないじゃんっ……」
「そういう本田も泣いてるぜ?」
小坂君はそう言うと、私の涙を拭って、少し笑った。
ああ…この笑顔は、もう二度と見れないんだ…。
その時、私の体が光りだした。
体は少しずつ、小さな光になって消えていく。
私は嗚咽を我慢しながら、最後になるだろう言葉を伝える。
「私ね…ずっと前から……」
そう、ずっと。もういつからかわかんないくらいずっと前から。
「小坂君の…事…」
好きなんだ……いや……
「好きだったんだ…。」
小坂君は、笑って答える。
「はい、俺も…君の事が、好き…でした……」
意識がだんだん薄れていく。
「小坂君、後ろ向いて……。」
小坂君は不思議がりながらも、後ろを向いた。
私は、小坂君に近づいて、抱き締めた。
「恥ずかしいから……」
「ハハッ!なんだよそれ。」
私のまわりの光が一層強くなる。
「小坂君……」
「ん?」
「今…笑ってる……?」
「…ああ…笑ってるよ……」
「小坂君はいつでも笑っていてね……。」
「…ああ…わかったよ……」
「私の事、未練たらたらでいないでよ!じゃないと、化けて出てやるから。」
「はは、わかった。」
「………でも。」
「ん?」
「たまに……たまにでいいから……私の事思い出して?」
「ああ、たまにな。」
小坂君はいたずらっぽく笑う。
私の視界が、完全に光だけになった。
小坂君を抱き締める力も弱くなっていく。
「……ごめんね………」
「ごめんじゃないだろ…?」
「…そうだね……ありがとう…」
好きでいてくれてよかった。
「ああ。」
「ありがとう……小坂君………」
好きになれてよかった。
あなたに出会えて
本当によかった……。
―――――。
光は上り、そして完全に消え去った。
体育館の中には、小坂しかいない。
「…なあ……」
小坂は空虚に問い掛ける。
「“好き”じゃ…ダメなのかな……“好きだった”じゃなきゃ…ダメなのかな……」
もう、自分を抱き締めてくれる感覚はなくなっていた。
「今だけ……ちょっとだけ、泣いてもいいかな……?」
彼に答えてくれる者は、誰もいなかった。
「……うっ…うああ………ウアアァァァ!!」
小坂は振り返らずに上を見上げ、いつまでも泣き続けた。
サブタイトルに無理がある