再会(後半)
開いていだきありがとうございます。
商人の熱烈なラブコールから逃げだして、行き交う人々の間を歩いていたルークは大変なことに気付いた。
「……金がない」
鬼人の森は、人間との交遊が全くない。
それゆえに、人間の間で使われているお金を手に入れる術もなく、また鬼人族自体が人間を嫌っているため、わざわざ手に入れようなんて考えるはずもなかった。
(急ぎすぎたか?)
カイザに言われ自分を見直して、森を出るまで二日もかからなかった。
それは確かに学院の試験が一週間後に迫っていたからというのもあるが、やはりしっかりと考えて、準備を重ねてから出るべきだったか。
ルークは自分の行動に若干の後悔を持ちながらも、そんなことよりも先のことだ、とネガティブな発想を消して、思考を進める。
(金がない……となると稼がなくてはいけない、のか?)
しかし、彼に出来ることがあるだろうか。
ルークが人に自信を持って任されることのできる作業は、魔物を狩ることか、せいぜい荷物持ち、掃除、草刈りといった雑用程度だろう。
……あとは、魔物の皮を少し加工してコートのような何かを作る、なんてこともできるが、あいにく魔物の皮を今所持していない。
(……何だか偏ってるな)
自分にできることが確実に冒険者寄りなのを感じ、ふとカイザのある言葉が頭に浮かんできた。
(そういえば……こういう人の多いところには必ず『ギルド』っていうのが存在するって言ってたな)
カイザは、ルークと二人で旅をしていた時、王都には行かない代わりに自分の知っている限りの王都の知識をルークに話してあげていた。もちろん、カイザ自身も不確定な部分もあったが、そういうのはばったり会った冒険者にでも話してもらっていたのだ。
と言っても、その頃のルークは八歳。
興味深い話だったとはいえ、今のルークが思い出すのに時間がかかるのは無理もない。
(ギルドか……確か冒険者が仕事を貰うところ、だったか?)
いまいち自分の記憶に自信がないルークは、少し考え込むが、他に行くあてもなかったし、なにより一番お金を稼げる可能性があるのがそこしかなかったため、『ギルド』に向かうことにした。
王都ベルゼアの中央部にはさまざまな主要施設が集まっている。
王立第一魔術学院、第二騎士団詰所、王国一の巨大商会『ルノワース商会』。
そして、その主要施設の一つとしてそこにあるのが、冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは三階建の建物だ。
一階は受付、二階は依頼の掲示板と魔物の図鑑のようなものが置いてある本棚、三階は冒険者同士がいろいろ情報交換にも使う談話室となっている。
男は一階の受付でイライラしたように指をトントン、と机をたたいて鳴らす。その音が男の心のパラメーターを表しているようで、男の目の前に立っている受付嬢はビクビク震えている。
「おい、もう一度言ってみろ」
男は威圧感を感じさせる低い声で受付嬢に言った。
二メートルを超える身長に、分厚い冒険者用の服の下からでも分かるくらいに筋肉が隆起している。全体的に太いイメージを出している体つきだ。
ただでさえ威圧感があるのに、それに加えて機嫌の悪さから出るイラつきで、一層受付嬢を圧倒する。
「ひゃ、ひゃいっ! グルーリー様のこなした討伐の依頼ですが、討伐対象でない魔物であったため、今回のランク昇格はありません! ですが、もしこの魔物を換金したいというのならギルドの方で―――」
「んなことどうでもいいんだよっ! 俺は確かに黒ウルフを狩って来たんだ!」
男はここから西に離れたとある村の依頼を受けてきた。
その依頼と言うのが黒ウルフと呼ばれる、魔物ウルフの中でも最高の硬度と最速の足を持つ、ギルド指定Bランクの魔物を討伐することだった。
「ひぃ! で、ですが、持ってこられた角や牙は明らかに違いますし……」
「ハアッ? それはお前の見る目がないからだろ! どっからどう見ても黒ウルフの角じゃねーか」
「い、いえ絶対違います!」
男が持ってき角は、所々に傷らしき線があり、薄く黒ずんでいて光沢のない、重みを感じる角。
確かに黒ウルフの角は独特で、体毛と同じ黒く輝きのない角だ。
だが、そう簡単に傷がつくものでもなく、なおかつ質量感が全然違う。
黒ウルフの角は、その硬度に比べて比較的軽いことが特徴の一つとしてある。
その特徴を持つ魔物が少ないから、そこそこ重宝されているのだ。
「おい、俺はあのAランカーのアブ―レと同じパーティーに入っているんだぞ? その俺が間違えるわけないだろ!」
「い、いえ、違います。これは黒ウルフではなく、灰ウルフのものです!」
「お前バカか? 灰ウルフの角が黒いわけないだろ!」
「ま、稀にいるんですよ! 特殊変異で生まれた灰ウルフが! その証拠に、角の根っこの部分は色が灰色です!」
受付嬢の言葉に、今まで静まっていた周りが笑いだした。
どうやら男の怒りの声と受付嬢の怯えた大声を周りが聞いていたらしい。
「おい何笑ってんだ!」
「だってよぉ、アンタ、灰ウルフと黒ウルフを間違えたんだろ? とんだお笑いもんじゃねぇか。くっくっく、戦っている時に気付かなかったのかよ? レベルが全然違うはずだぜ? それとも、灰ウルフ相手に手こずったのかぁ?」
怒りに顔を真っ赤にする男に、細身の男がバカにするように笑って話す。
灰ウルフと言うのは、魔物ウルフの中で一般的にスッと思い浮かぶDランク指定の魔物だ。
体が黒く変色する特殊変異のタイプは、黒ウルフに進化するためだとか、黒ウルフの血が流れているからだとか、いろんな説が錯綜しているが、特別強くなるわけではないので、魔物の生態を研究している者以外の興味は薄い。
だから、知らない者がいてもそれは不思議ではない。
しかし、黒ウルフと灰ウルフには圧倒的な力の差がある。
色が黒いとはいえ、それは灰ウルフにしては、と言うレベルであるし、これはおかしいと思うのが普通なのだ。
「なんだと!」
男は細身の男の胸ぐらをつかんだ。
「おい……離せよ。ま・ぬ・け」
プツン。
そこで男の怒りは頂点を突き破り、頭の中で張りつめていた何かが切れた。
ルークはギルドの前に立っていた。
数十分前に、目的地をギルドに定めたのはよかったが、どこにあるのか分からず、かといって知らない人に道を尋ねるのもなんとなく気の引けたルークは、まずは歩いて探してみた。
しかし、どこを探してもなく、もう聞くしかないか、と考え始めたところで冒険者らしき男が、近くを横切った。
ルークはそこから、男の来た方向に進んでいけばあるかもしれない。
そう思い、足を進めた。
そして今に至る。
(やっと見つかった……)
ルークは、なんだかよく分らない徒労感と、見つかったことに対する安堵感、これからお金を稼がなくてはならいことに対する危機感、そして初めて尋ねるギルドに対する緊張感、が押し寄せてくるのを感じながら、扉の取っ手を掴んだ。
そして、ぐっと回そうとしたところで―――
「?」
ルークは素早く取っ手から手を放し、一歩横にずれる。
ルークの行動が一瞬の間で終了した直後、ギルドの中から扉を突き破って何かが飛んできた。その何かは、勢いをなくすことなくギルドの真向かいにある武具店に突っ込んでいった。
「なんだ?」
ルークが首をかしげて疑問に思っているところに、何かが通った穴のあいている扉が開き、中から大男が現れた。
(でっか……ん?)
デカイ。
大男はルークが完全に見上げるくらいに高く、体の部分部分が筋肉で太いため、デカイの一言しか言えない。
その大男を見て、ルークは何かに似ているな、と感じた。
いや、正確には大男の顔だ。
浅黒い肌にごつく顔の骨が変に浮き出て、どこからどう見ても美しい顔とは形容することのできない、確実に『醜い』部類に入る顔立ち……。
「おおっ」
ルークは納得したように腕をポンと鳴らす。
(そうか、ゴブリンに似ているのか)
決して口に出さず、胸のつかえが取れた様にすがすがしい顔でひっそりと頷いた。
「痛ってーな」
何かが突っ込んだ武具店から細身の男が立ちあがった。
色が少し抜けた黒い髪に、顎が突き出てやせ細っている顔立ち。長身と言うわけではなく、むしろ小さく見えるが、その体躯を払拭するかのように目つきが鋭い。
体の上にのしかかっていた武具店の商品を思いっきり立ち上がることによってどかし、腰にある剣を抜きとった。
「殴ったからには……分かってるんだろうな?」
大男は顔を真っ赤にしながら背中に背負っている体験を抜き取り構える。
「てめぇこそ……分かってるんだろうなッ!」
ギルド周辺の店にも聞こえるような大声で、大男は地を蹴った。
それと同時に細身の男も地を蹴る。
二人の剣は金属の甲高い接触音を撒き散らしながら、攻防を繰り広げ始めた。
大男はその体躯からも分かる通り筋力にモノを言わせた力の剣術で、相手を狙う。
対して細身の男は、筋力がない分、小柄な体を生かして大男を翻弄しようとし、隙を狙おうとする剣術だ。
一概にどちらがどちらに対しても有利と言うわけでもなく、むしろほとんど変わらない、同じくらいの実力のようだ。
ルークは、そこでふと疑問に思った。
「何故止めないんだ?」
周りに迷惑がかかっている(武具店の店員は今にも泣きそうな眼をしている)のに、何故誰も止めずに、傍観しているのだろうか。
もし、ここが鬼人村だったら確実にジークが飛んできて粛清を与えるだろう。
王都にはそう言う人がいないのだろうか。
ルークには理解できなかった。
「あ? そりゃあ冒険者だからだろうが。冒険者ってのは何のしがらみにも縛られない、犯罪を犯さなければ自由な存在だ。生きるも自由、死ぬのも自由、もちろん喧嘩も自由。だからこんなのいつものことさ。すぐに決着がつく。ま、もしやばくなったら止めに入るんだけどな」
ルークの独り言に優しい冒険者が丁寧に答えてくれた。
ぺこり、と頭を下げルークは二人の戦いに視線を写す。
と、そこではちょうど細身の男の剣が宙に舞っているところだった。
「な?」と、隣で言っている冒険者の言葉に頷く。
どうやら何の問題もなく決着がついたようだ。
周りの者達が、さて、帰ろうとしている。
ルークも周囲と同じように自分の用事を果たそうと歩きだした。
その時だった。
―――ゾクッ
言いようもなく不安になるこの感覚。
あからさまな負の感情がうごめき、漂い、溢れ回っている空気。
寒くもないのに体が反応して鳥肌が立つ。
ルークの体は勝手に動いていた。
脳の中枢が勝手に危機を判断したからである。
ただし、ここでの危機は彼に対してではない。
目の前で剣を失っている細身の男に対してだ。
(間に合え!)
見えてもいないのに、ルークには大男が剣を振り上げ、細身の男に本気で突き刺して殺そうとしているのが分かった。
大男が剣を振り下げる。
細身の男は怯えた顔で声を失ったまま目をつぶった。
少女は走っていた。
息を身だし、肌からは汗が溢れ、髪をぼさぼさに振り乱して、必死に走っていた。
(どうして、どうしてこうなったんだろう?)
少女は学院が始まるまでの休みの期間に、ギルドマスターの頼みでギルドの受付嬢をすることになっていた。
少女にとっては、世界を駆けまわる冒険者と言うのには、王都と言う小さな世界しか知らない自分とはまったく別世界の人達だと感じ、同時にあこがれる気持ちも強く持っていた。
少女自身も、いずれは世界をまわって見たいと考えたりもして、その時に役に立つかと思い、ギルドの手伝いを引き受けたわけだが、その初日でいきなりトラブルが起こった。
黒ウルフを討伐してきた、と嬉々した顔で語る大男の冒険者。
始めは黒ウルフを一人で討伐したなんてすごいなぁ、と尊敬のまなざしで見ていた少女だったが、討伐正銘の魔物の部位を見せてもらった瞬間、とてつもない違和感を感じた。
(黒ウルフの角にしては明らかに重いし、色が薄い。さらに言えば、根っこの部分が灰色をしているのは、はっきりいっておかしい)
少女は学院で専攻して学んでいる魔物の知識をフル活動して、この魔物の部位は黒ウルフの物ではなく、灰ウルフの特殊変異のタイプの判断した。
その旨を伝えると、男は怒りに顔を染め、少女を脅すような声で話しだす。
しかし、少女は自分の判断に自信を持っていたし、第一、怖くて認めるのは仕事を任された身としては明らかに間違っている。
少女は怯えながらも一歩も引かなかった。
だが、少女は思う。
自分は間違っていたのか?
自分が、一歩も引かずに対応してしまったから、あんな喧嘩が起ってしまったのだろうか?
結果、剣を抜きとる二人の冒険者を見て、少女はとにかく止めないと、と思って学院に向かって走り出した。
ギルドから学院はすぐ近くだ。
走って三分もしないうちに到着できる。
少女は助けを求めに行った。
圧倒的な才能で誰もひきつけないような孤高の空気を身に纏い、しかしその実とても優しい心の持ち主である、少女の憧れであり親友。
学院に到着して、そのままある場所に向かった。
そこは少女の親友が毎日必ず調べものをするために通っている場所。
王立第一魔術学院の図書館である。
「エリー!」
エリーが本日五冊目の本の半分くらいを読んでいる時、図書室の扉が開かれ切羽詰まったような声で少女が飛び込んできた。
「シェリル? どうしたの慌てて?」
エリーは読んでいた本から視線をそらし、シェリルの方に向けた。
「あ、あのね! 喧嘩が始まってね、剣を抜いてね、怖くてね、た、助けてほしいの!」
シェリルの言葉にエリーは呆れためをして静かに口を開く。
「少し落ち着いて」
「う、うん」
エリーの言葉にシェリルは頷いて、乱れた息を整える。
ようやく落ち着いた様な顔つきになったので、エリーは先の単語からシェリルの頼みを推測した。
「……たぶんだけど、喧嘩が起ったからそれを止めてほしい、ってこと?」
シェリルはこくり、と頷く。
それを見たエリーは頭を抱えた。
「……あのね、なんであたしが行かないといけないのか教えてくれる?」
「だって、あんなことになったの、たぶん私のせいだし……」
「それって……、はあ、まあいいわ。でも、喧嘩だったら巡回中の騎士にでも頼めばいいじゃない」
至極まっとうなことをいうエリーに、シェリルは顔を俯かせる。
「だって、エリーしか思いつかなかったんだもん……」
絞り出すような声は涙をこらえているようにも聞こえる。
シェリルは感情的過ぎる。
どうせ、くだらないことに巻き込まれたのを自分のせいだと勘違いしているのだろう。
顔を俯かせ、今にも泣きそうなのか、耳まで赤いシェリルを見て、エリーは短くため息をついて立ち上がった。
(しょうがないわね……)
「まったく……今度、なにかおごってよね」
シェリルは顔を上げてエリーを見る。
エリーはグローブをはめて準備万端と言った顔で彼女を見つめていた。
このグローブは魔術師の武器。
このグローブをはめて戦うことこそが魔術師が魔術を使う証と言える。
「うん!」
シェリルは涙をぬぐい、しっかりと視線を定めて頷いた。
学院を出てからギルドへ向かって走ってきた二人は、視界に戦っている二人の姿が目に入った。
一人は大男で、もう一人は細身の男である。
「あの二人?」
「うん……あ!」
大男が大きく振った剣に細身の男の剣が吹き飛ばされた。
飛ばされた剣は二人から離れた位置に転がっている。
「どうやら終わったみたいね」
戦っていた二人の周りから人がぞろぞろと移動し始めたのを見て、エリーは呟く。
「うん、無駄足になっちゃったね」
すまなさそうにエリーのつぶやきに返事をするシェリル。
エリーは苦笑してシェリルの頭の上にポンと手を置いた。
「そんなに落ち込まなくていいの。別にあたしは気にしないから」
さ、帰ろう。
シェリルにそう言って踵を返し、図書室に戻ろうとした。
その時だった。
―――ゾクッ
「「!?」」
悪寒が背筋を駆け巡った。
(なに……今の……?)
一瞬周りの温度が急に下がったような肌寒さを感じる。
それはシェリルも同じだったようで、隣でガタガタと震えている。
エリーはとっさに後ろを振り向いた。
何故だか分からない。
ただ本能がそう告げたかのように動いたのだ。
振り向くと大男が何も持っていない細身の男を剣を突きたてようとしているところだった。
大男は正気を失った目でただ怒りにまかせているようだ。
―――まずい!
そう思った時だった。
視界に矢が放たれたように人垣の中から一人の男が飛び込んでいったのが映った。
男は剣が振り下ろされると同時に動きだし、大男の剣を金属音を響かせ己の剣で止めた。
エリーは眼を大きく見開く。
男の行動にでも、細身の男が助かったことでもなく、彼の顔に感情を揺さぶられたのだ。
それは決して忘れることのない顔。
「ルーク……?」
エリーは硬直したまま、瞬きをするのも忘れて、ただ立っていた。
読んでいただきありがとうございます。
これ再会なの?
と思われる方がいると思いますが、これが再会です。
エリー視線での再会となっていますが、二人が同じ場所にいるという点で再会といたしました。
さて、突然ですが投稿ペースを緩めることにしました。
……まあ、今までがおかしかったのですが。
急いで書いてもいい作品が出ませんし、なにより、内容が薄いです。
そして、その点に関して感想をいただきましたので、自分としてももっと内容を深めるために試行錯誤をしてみようと考えました。
また、急展開すぎる、と自分でも思うところがあったので、学院編に行く前にもうワンクッション入れようかと考えています。
そのための軌道修正の時間でもあると思ってください。
最後にもう一度、読んでいただいてありがとうございました。