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決意

開いていただいてありがとうございます。


王国の中心都市、王都『ベルゼア』から約二十キロほど離れた地を覆う、立ち入り禁止地域、『鬼人の森』。

この森には、その名の通り鬼人が村をなして生息している。


なぜこの地が禁止地域に指定されているかと言うと、簡単な話、鬼人族と友好関係が掴めていないからだ。


世界には多くの種族が存在している。

人間族、エルフ、ドワーフ、獣人族、鬼人族、竜族、魔族。

彼らは、村をなし、町をなし、国をなし、暮らしている。


ただ、世界は常に平和ではない。


違う種族が近くにいると、それだけで無性に嫌悪感が浮かび上がってくる種族もいるのだ。


その代表が人間族と魔族だ。


人間族は、自分たちこそが神に最も近い存在だと信じ、魔族は我そこが最強の種族であると確信している。


つまり、どちらも他種族を下等な生き物と思っているのだ。


もちろん、すべての人間がそう思っているわけではない。

中には他種族が持っている、人間では到底思いつかないような技術を学ぶべく頭を下げている者もいる。


しかし、やはり傲慢な人間の方が多いのもまた事実。

中には、平和を願っている種族の村を襲い、奴隷にするために連れ去るなんてことも、珍しいことではない。


そして、彼らがそう言う考えを持っていることを他の種族も知っている。


だからこそ、どの種族も人間族に関わろうとしないのだ。


鬼人族もその例に当てはまる。


ただ、例外もあるのだが……






鬼人の森の東部で、一人の人間が五匹もの魔物に囲まれていた。

魔物は、黒い体毛で覆われている四足獣のようだ。大きな尾を左右にゆっくり振って、人間を見つめている。

その目つきは獲物を狩るものだ。

せっかくの獲物を逃がさんとばかりに逃げ道を互いに封じあって、のどをうならせている。口からこぼれているよだれは、すでに人間を食べることを確定していると言わんばかりに振りまかれていた。


一方人間は落ち着いていた。

だいたい十五、六の青年。

身長は百八十センチくらいで、細くはなく、だが決して太くもなく、至って普通の体つきをしている。茶髪の短髪に尖った目つき、鼻は高く、ほっそりとした小顔の顔立ち。

随分と男前な顔をしていた。

青年は腰のベルトに吊るしてある細長い剣の柄に手をおいたまま、冷静に魔物を見つめ返していた。


「グルルルルルルルルッ!!」

低いうなり声を出しながら、魔物は前足に力を溜めこみ、地を蹴った。

勢いのついた動きは、たった一歩で青年の前まで到達させる。二歩目に行く際に口を大きく開け、唾液の糸を引きながら、魔物の自慢の牙で襲いかかってくる。

それが五匹同時で行われたのだ。

もはや青年に逃げる道はなかった。


そう、『逃げ道』はないのだ。


青年は素早くベルトから剣を抜きとる。

抜き取った際に放った剣閃で、一匹目を切り裂く。続いて体を捻り、回転するように剣をふるい、二匹、三匹目と、始末する。最後に残りの二匹の間を駆け通り抜けるようにして、剣をクロスに動かし、四匹、五匹目を片づけた。


圧巻の一言だった。


魔物が一斉に襲って来てから、全てを終えるのにかかった時間は一秒も経っていない。

そして、なによりすごいのは、そのわずかな時間に、的確に魔物ののど元を切り裂いたことにある。


魔物の体皮は人間なんかと比べ物にならないくらいに堅い。

下手すれば剣の方が折れるかもしれない、それくらいに硬度があるのだ。

だが、のど元だけはほんのわずかだが、硬度が落ちると言われている。

これは実際証明されているが、魔物ののど元を攻撃するのはそれなりの技量がいる。

単純に考えて、魔物と向かい合ってその間合いまで行かなくてはならないのだ。

そう簡単なことではない。


しかし、青年はそれをいとも簡単に、それも五匹同時にやってのけた。


それが、今の青年――ルークの実力なのである。


「よしっ! 帰るか」


剣をベルトに収めて、靴の中にはさんでおいた小刀を取りだしてから、魔物の体皮と肉の間を丁寧に切り取る。それが終わったら魔物の牙を歯ぐきを切り裂いてから抜き取った。

この作業を五匹分繰り返して、ルークは村に帰った。






「ただいまー」

「お、帰ってきたな」


青年は村の入り口に立っている門番のような男の元に向かった。


「今日はどうだった? 大漁か?」

「んー、まあまあかな? 二十匹ぐらいだよ」

「それをまあまあ何て言うのはお前ぐらいだよ、ルーク」


苦笑しながら男はルークの頭をクシャクシャとかきまわした。


「……何すんだよ」

「いいだろ、自分の息子の頭を触るくらい」


門番の男はルークの父、カイザだ。

茶髪の癖っ毛に目尻が下がっている目元は、ルークの醸し出す空気とまた違って、温和や安心を与えてくれる。ルークとカイザの共通点と言ったら、きっと髪の毛の色ぐらいだろう。


「いや、これ結構恥ずかしいんだけど……」

「むうう、息子が最近ドライになってきてしまった。これが反抗期と言うヤツか!」

「別に反抗してないと思うけど……?」


カイザは誰の目から見ても親バカである。


「まあ、それは後で話し合うとして」

「え、話し合うところ何かあったっけ?」

「……息子よ。父さんをあまりいじめないでくれ」


黒い影を背負ってうなだれている門番。

今なら、どんなヤツでも侵入できる気がする。


「分かったよ。で?」

「早く、村長に報告をしてきなさい。もうそろそろ、時間になるから」


カイザに言われてルークは太陽の位置を見る。

もうだいぶ傾いていた。


「うん、確かに。分かった、行ってくる」

「おう、行って来い」


カイザに背中をバンッと叩かれて村に入り込んだルークは、真っ先に村で一番大きな建物である村長の家に向かった。


村の建物は、森の木を使って作られている。

建物を建てる際、魔法などは一切使用せず、村人全員で一つの家を建てるのが基本だ。一つ一つの作業を丁寧にこなし、時に失敗することもあるが、それでももう一度一からやり直して、完成させている。

それは村発足の時からの決まりとなっている。

仲間意識を高めるためらしい。

そうやって今の村になっていったが、発足当時から随分と外観は変わったという。

それが時代の流れなのか、はたまた成長なのか、彼らにはどうでもいいことだろう。

しかし、変わりゆく中でも変わらず残っているものがある。

村の決まりもそうだが、この村のシンボルともいえる建物。

それが村長の家だ。


長い年月を感じさせる。材料となっている木々は所々色が変わり果てており、少し壊れている部分もある。だが、どんな家よりも、絶対に倒れなさそうな何かを思わせるものがあった。それが歴史だろうか。


ルークはコンコンとドアをノックしてから村長の家に入った。


中は外から見た程、色褪せてはいない。

整理整頓され、手入れが細かいところまで行きとどいている。

むしろ綺麗とさえ思えるほどだ。


ドアから真っすぐ進むと、これまた木製の長方形のテーブルがあり、そこに肘をつけながら、じっとしている老人がいた。


「村長、狩りを終えてきました」


ルークがそう声を出すと、村長の体がぴくっと跳ねて、捉えどころのなかった目線をルークに向けた。


「おお、終わったかい? 御苦労さま。どんなものが狩れたかい?」

「どうも。えっと、ウルフの毛皮と牙とです。最後に珍しく黒い体毛の魔物を狩ることが出来たので、その牙と毛皮は少しもらっておこうかと思います」

「む? 黒い魔物かい? ……まあよいか。うむ、報告御苦労」

「はい、では失礼します」


ルークは村長の家から出て行った。






「まさか黒ウルフを倒してくるとはの。それも複数。……カイザやあやつも言っておったし、もういい時期かもしれんな」

誰もいない村長の家で、彼は一人でぽつりとつぶやいていた。






「――!?」


村長の家を出てから、自宅に向かって歩いているルークは、急に感じた気配に即座に対応して身を地面スレスレまでかがめた。


刹那、頭上をビュンッと風を切る音が通り過ぎる。


その音を確認したすぐ後、かがんだまま上体を起こし、腰から剣を抜いて気配の元の首元に当てた。


「……成長したな、ルーク」


視線の先にいるのは三十代くらいの男。

剛気を纏わせる体躯と常に獲物を狩るような獣のような目つき。知らない人が見れば、決して近づいてはいけない人、と判断するだろう。そして何より特徴的なのが、額から生えている角だ。


「ありがとうございます、――師匠」


十五センチほどの大きさを誇る角を持つ男。

彼こそがルークの人生で二人目の師匠であった。


ルークと男はしばし睨みあった後、やがて男の方から、ふーっと息を吐き、体の力を抜き去った。それに合わせてルークも力を抜く。


「お前らが来てからもう六年か……ずいぶんと経ったな」


男は、先ほどの剛気を風にでも流したように、優しい落ち着いた雰囲気に変わっていた。


「はい」

「そして、俺の元に来てからちょうど五年が経った」

「はい」

「覚えているか? 五年前の今日、お前は土下座して俺に懇願してきたんだ。――鬼人族の俺の元に、人間のお前が、だ」

「はい」

「あのときはびっくりした。人間がこの村に住んだこともそうだが、何よりも、あれだけ人間至上主義の人間族が、弟子入りしてくるなんてな」

「はい」


くっくっく、と当時を思い出して、男は楽しそうに笑っていた。


「なあ、この村の師弟関係の決まりを知っているか?」

「『師弟関係を結んでいる限り、森の外に出てはいけない』ってやつですか?」

「それ以外に」

「……いえ、知りません」


男は急にさびしそうな顔をして、言った。


「『師弟関係を結べるのは五年間だけ。その先は友として関係を結ぶべし』ってやつだ」


その言葉を聞き、ルークは表情を崩した。


「それって――」

「つまりだ、今日で俺の弟子は終わりってわけだ」


ルークの言葉を遮って、男は何かをこらえるように言った。


「だからな、お前は行っていいんだぞ?」

「……どこにですか?」


意地なっているようなルークを見て、さびしそうな顔から苦笑に変えた。


「王都だ。お前はやりたいことがあるって言ってただろ?」

「…………」

「俺はカイザと前々から話し合ってな、そろそろいいんじゃないかと、判断したんだ」

「…………」

「カイザの話だと、一週間後に王都のどこかで試験があるらしいし、ちょうどいいんじゃないかってな」

「…………少し考えさせて―――」

「何を言ってんだ馬鹿もん!」


ください、とルークが言おうとしたところで、後ろからよく聞いている声が怒気を孕んで聞こえた。

振り向けばそこにいるのは父――カイザであった。

ルークはカイザを見た瞬間、眼を丸くした。


(父さんが……怒ってる?)


カイザは昔からルークにベタ惚れだった。

どんなにルークが迷惑をかけても、いたずらをしても、笑顔を見せて「しょうがないな~」と言うだけで、全くと言っていいほど『怒り』という感情を見せたことがなかった。

そんなカイザが……怒っている。


いつもの笑顔でもなく、息子にいじめられてうなだれている顔でもなく、今までルークに見せたことのないような、顔を真っ赤にして、柔らかな目をキッと吊り上げて、そんな顔で、ルークの前に立っていた。


「何のために、ここまで頑張ってきたんだ?」


低くルークを突き刺すような声で、問う。


「守りたいんじゃないのか? 安心させてやりたいんじゃないのか?」


――この六年間の彼の思いを。


「それとも……その程度なのか?」






「父さん、俺剣を極めたいんだ!」


ルークがカイザにそう言ったのは七歳のある日のこと。

その日のルークはいつにも増して、体がぼろぼろだった。

最近のルークはよく村の子供たちにいじめられているらしい。

その原因が所有属性がない、魔力がない、というたったそれだけの理由であったことに、カイザは腹が立った。

幾度となく、子供たちをぶちのめそうとしたが、怪我をしたことをいつもひた隠しにしているルークを見ると、どうしても踏みとどまってしまう。

幸い、エリーがルークと仲良くしてくれているみたいだから、いつかルークが自分を頼るまで介入しないようにしていたのだ。


そして、ついにルークはカイザを頼ってきた。

しかし、それは思ってもみない頼みだった。


『剣を極めたい』


それを聞いて、カイザが真っ先に思ったのは、この子は何て強いんだろう、であった。

普通の子供なら、『助けて』と救いを求めるのに、ルークは『自分で何とかしたい』と、そのための力を求めたのだ。


ただ、その力の使い道は間違えると、ルーク自身もいずれ滅ぼしてしまう。

だから、カイザは問いた。


「なんで極めたいんだ?」と。


その問いにルークは考えることもなく、すぐさま答える。


「大切な人を安心させたい。それと、守ってあげたい」


これがルークの答え。

これがルークの求めるモノ。


こんなにも純粋で、こんなにも強い意志を持っている。


それならば―――


「いいだろう、ルーク。俺が鍛えてやる」


正直、カイザは普通の人よりは実力がある、くらいのレベルだ。

とてもでないが、ルークの求める『剣を極めさせる』ことなんてできっこない。

だから、カイザは覚悟を決めた。


「この村を出るぞ」


外の世界にルークを触れさせ、あらゆることを吸収させる。

なにより、多くの経験を積ませる。

この点に置いて、村を出てルークと共に修業の旅に出ることを決めたのである。






「俺は、あの時決意したぞ。お前に剣を極めさせる『まで』が、俺に出来る最高の愛情だって、俺は決意したぞ! お前の決意はどうした? 悩むな、考えるな、本能のままに進め! お前は、それが出来るくらいに力をつけたはずだ!」


カイザの鮮烈の気持ち。

それは使命や義務に近いモノがあり、だけど違う愛情、そして贖罪。

「『無能』な体で産ませてしまってすまない」

「いじめられるような原因を作ってすまない」

そう胸の奥からの悲痛の叫び。

そう思うからこそ、カイザは伝えた。


ルークは、その言葉に、静かに、頷いた。


その決意はあの頃と全く同じで、むしろ膨れ上がっているくらいで、より強く思うことが出来る。



「決めたよ。俺……王都の学院に行ってくる!」



そう言葉にした瞬間、空が、世界を覆う空が、青く微笑んだ。


まるで、母親が子の成長を喜んでいるかのように。




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