誓い
拙い文章ですが、少しでも満足していただけたら幸いです。
「やーいやーい、この無能がっ!」
そう言われて、少年は石を投げつけられた。
体重の乗った、いいフォームで放たれた石は少年の瞼の上にガツッと衝撃を与える。
「いってー……」
涙目になりながら少年は、眼の前にいる同い年の子供たちを睨みつける。
子供たちは全員で八人。とてもでないが、少年一人でどうこうできる人数ではなかった。
八人の内のリーダーのような、その年にしては大きい男の子はニヤニヤしながら手に石を持つ。
「何だよその眼は……よっ!」
ガツン
また投げられた。
今度は左の頬。石の角に当たったらしく、皮膚が切り裂かれて赤い血がつーっと流れる。
だが少年は構わず睨みつける。
「オイオイ無能のくせにいっちょまえに睨みつけてるぜ」
「ああ、しかも無能のくせに血が赤いぞ!」
「ああ、世界一の無能のくせに生意気だな」
少年の周りから様々な悪口が飛んでくる。
そしてその一言一言が少年の胸の奥に抉るように突き刺さる。
少年は今にでも胸を押さえて泣きたくなるのをこらえて、必死に虚勢と言う名の睨みを利かせていた。
……だが、もう限界だった。
少年は目の前にいる子供たちから離れるべく体を動かした。
―――とここで、
「おっと! 手が滑った!」
リーダーのような男のは少年の横っ腹にドロップキックを見舞った。
「ぐふっ」と、腹から無理やり息を吐き出させるような声を上げて少年は倒れる。
腹を抱え痛そうに包まる少年をよそに、子供たちは次々と「手が滑ったー!」と言って蹴りをぶつけてくる。
(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!)
涙があふれてくる。
苦しくて、痛くて、悔しくて……。
「つか、これって足じゃねーか? 手じゃないぞ!」
情けなくて、悲しくて、カッコ悪くて……。
「あ、そうだな。あははははははははっ」
(全部……全部あの日がいけないんだ! あの日さえ来なければ、俺は今頃楽しくやっていけたのに! こんなに痛い思いも辛い思いもしなくて済んだのに!)
そう、あの日。
少年にとって、すべてが色褪せた日。
それと同時に全てが、これからの未来さえも変えた日だ。
剣と魔法の世界。
この世界では剣の努力と魔術の才能が、人々の生活を大きく動かしていた。
訓練次第では底辺にでも頂点にでもなれる剣。
それとは真反対に五歳までである程度将来のレベルが分かる魔法。
二つは正反対だ。
『動』の剣と『静』の魔法。
そしてどちらも力だ。
だが、国が強く求めるのは当然のように魔法だった。
才能は限られたものにしか与えられない。
さらに言えば才能はその実力の差を顕著に表している。とてもでないが、努力で覆せるものではない。いや、覆せるのなら、それはその程度という認識になる。そう言うレベルだ。
才能のある者と才能のない者への道は二点において判断される。
一つ目は所有属性の数。
魔法には属性がある。
火、水、土、雷、風、光、闇の計七つだ。
どんな者でも一つは属性を持っている。
これは世間の常識である。
そんな中で、ピラミットのように二個持つ者は一つ持つ者よりも人数が少なく、三つ持つ者は二つ持つ者よりも人数が少なく……となっている。
その差は圧倒的で、二個以上持っている者は、世界人口の四分の一に満たない。
そして才ある者は、普通は三つ以上は所有している。
二つ目に魔力量だ。
人間の体内に保有されている魔力の量。
これはまだ検査方法が確立されているわけではないので、はっきりと区切り線を付けることが出来ないが、その量によっては、所有属性の数を覆すことが可能と言われている。
以上の二点から、その者の才能の有無が決定される。
そして国の決まりで五歳になった子供を検査の対象としている。
少年は二年前、村の子供たちとみんなで検査を受けた。
当時の彼らは、その検査にどんな意味があるかなんて理解しているはずもなく、誰ひとり緊張感を出さずに気楽に、いつもみんなで遊んでいる時みたいに屈託のない笑顔で会話していた。
次、と少年は呼ばれて検査室の中に入っていく。
検査室とはそのままの意味で、検査する部屋だ。
明かりの灯されていない一室の中央に、机が配置されその上に水晶が置いてあり、傍に二人の男が立っていた。
「では、この水晶の上に掌を当ててください」
子供に対して敬語なのに、少年は首をかしげながら、自分の手を水晶の上にかざした。
「…………」
「…………」
しかし何も起こらなかった。
「ど、どういうことだ?」
「さ、さあ……もしかしたら水晶が壊れたんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
男達は焦りながらも、自信の中で納得のいく結論にたどりつき、水晶を新しいのに変えた。
「さあ、気を取り直して、どうぞ」
少年は言われたとおりに掌をもう一度かざす。
「…………反応がないぞ」
「……これは一体」
驚愕に口をみっともなく開けている男達を見て、少年は面白そうに笑った。
その後に下される検査結果のことなど、知る由もなく。
「こらぁーっ! あんた達何してんのよ!」
みっともなく蹴られている少年の耳に、キーンとつんざく高い女の子の声が聞こえた。
「げ!? エリーかよ!? みんな逃げるぞ!」
こっちに大声で叫びながら駆けてくる女の子を見て、リーダーの男の子は顔を青い色に変えて、反対方向に走り出した。
「あ、こら! 待ちなさい!」
と、少女が叫ぶものの、「待てと言われて待つバカはいない!」とカッコよく逃げの決め台詞を吐いて、子供たちはどこかへ逃げて行ってしまった。
「ルーク! 大丈夫!?」
少女は少年の前に立つと、先ほどの鬼のような顔はどこへ行った、と聞きたくなるほど心配そうな表情をしている。
「ゴホッゴホッ……だい………じょうぶ、ゴホッゴホッ」
苦しそうに咳を吐きだし、空気を求める。先ほどまでは何度も何度も蹴られていたため、呼吸すらままならなかったのだ。
そんな少年を見て、少女は再び顔を怒りで覆い尽くす。
「……あいつら………いい加減にやり過ぎだよ。私がつぶしてくる!」
「待って!」
激情のままに突き進もうとした少女を少年はすぐさま止めた。
「別に……いい」
「いいって……だって、ルークがこんなにされたんだよ!? もういい加減黙ってられないよ!」
「……俺は大丈夫だから」
「だって……だって……ルーク、このままだと死んじゃうよ? あいつら、絶対調子に乗ってるもん!」
「大丈夫、大丈夫だから……」
涙目になっている少女の髪を少年は優しくなでる。
始めは涙目の上目遣いで心配した顔をしていたが、その手心地がいいのだか、少女は目を細め、今にでも「ゴロゴロニャー」とでも言いそうだ。
あの日、少年は『属性保有なし、魔力0』の『無能』と診断された。
その結果を見た友達は指を指して笑い、大人たちは可哀そうなモノでも見るような、あるいは絶対にあるモノがない、ある種普通ではない少年に薄気味悪さを感じているような、そんな視線を送っていた。
変わってしまった。
今まで綺麗に輝いて見えたこの村が、いつの間にか自分を汚物とみなしている、いいようにない居心地の悪さを感じるようになった。
そんな中でも、少年の父親と少女だけは変わらなかった。
いつも通り接して、いつも通り話して、いつも通りに遊ぶ。
父親と少女がいたからこそ、少年は今を生きていける。
そう思えるほどに二人は少年の心を支えていた。
(才能なんて……関係ないっ! 俺が弱いからだ!!)
だから、今、自分のために泣いてくれる、あるいは自分のせいで泣かせてしまった少女を見て、決心した。
「俺、剣を極めるよ」
「え?」
「こんな俺でも、エリーを守れるくらいに、俺は強くなるよ」
少年は空を見上げる。
その景色は2年前から変わってしまった空だった。
だが、少し、空が笑っている気がした。
それは馬鹿にしているのではなく。
応援してくれているみたいだった。