1章 2話
1LDKのマンションは、それなりに家賃もかかる。
それでも職場からの家賃補助が出ているから普通に暮らしていける。
まだ元夫の借金も少し残っているけれど、職場の待遇もこのご時勢にしてはいいので困ることはない。
元夫の貴史よりも収入が多かったのが、きっとあの男の小さなプライドに触ることだったんだろう。
何にしても勝手なやつだ。
でもそのおかげで、普通のOLよりは早く片がつく。
けれど司法に頼ったおかげで、あたしの法律的な信用はがた落ちだ。
そんな事をひとりごちて、あたしは2杯目のグラスを口に運んだ。
不意にインターホンが鳴った。
それは、オートロック解除を求めるものじゃない。
直接的な、ドアの外のインターホン。
誰かがオートロックを問題とせずに入り、この部屋にやってきたということだ。
面倒だったし、すっぴんだったし・・・・・酒も飲んでいる。
こんなお気楽な怠惰な時間を邪魔されたくはなかった。
無視をしていたら、またチャイムが鳴り響く。
『何なのよ・・・・』
仕方なくドアを細めにあけてみる。
『誰?』
その隙間から顔を見せたのは、よく知っている顔だった。
『せ・・・・専務!?』
そこにいたのは、あたしの勤務する市場ではかなり大手に入る酒造メーカーの専務。
あたしはその会社の営業部門に所属している。
『ど、どうしてここに?』
社内ですれ違うこともあるし、エレベーターで遭遇することもある。
それだけでなく、去年までは営業部に在籍していた専務だから、顔もよく知っている。
入社以来、直属の上司だったこともあり、かなり世話になっているといってもいい。
「どうしてって。元部下の顔を見に来たって言ったら?」
『は?出社すれば見れますけども・・・・・』
「そりゃそうだが、たまにはプライベートの顔も見たいじゃないか」
『は?』
「とりあえず、30分やる。出掛ける準備して来い。そうだな・・・・ドレスコードはビジネスカジュアル程度でな」
『え?あの、専務?』
「30分だぞ、遅れるな?」
それだけ言うと、エレベーターホールへ向かっていった。
突然やってきて、突然外出?
意味が分かりませんが!
しかも、あたし、昼間から飲んじゃってますけど!
ぶつぶつ言いながらも、上司を待たせておくわけにもいかず。
仕方なくメイクをして、淡いパープルがかったグレーのワンピースに着替えた。
同じ色目のカーディガンを手にすると、お気に入りのキャスキッ○ソンのレザーバッグを手にした。
上品な花柄の白地のバッグは、何よりもお気に入りだった。
少しヒールの低めのストラップサンダルを履くと、1つ溜息をついてエレベーターホールへ向かった。