1章 1話
『うーーーー、うっさいなぁ』
昨夜は定時で仕事を終えたあと、カフェバーを営む仲間の店でしこたま食べて飲んで帰ってきた。
それは今日が週末であり、連休初日だったからというのも関係している。
ゆっくり寝られる・・・・・そう信じて疑わなかった早朝。
眠い目を擦って、枕もとの携帯を手に取った。
『・・・・・はい』
番号は・・・・心当たりがなかった。
でもつい眠気が先に立っていたので出てしまったのだ。
そこから聞こえてきた声は、忘れたくても忘れようがない男の声。
「あ・・・・・俺・・・・貴史」
自分勝手に出て行って、浮気して、借金置いて離婚した元夫だった。
『・・・何の用?渡す金なんかないから。逆に慰謝料払えって言いたいくらいなんだから』
あたしは彼の連れ子だった匠を可愛がっていたし、母親になりたかった。
だから慰謝料も、借金も取り立てることを諦めてしまったのだ。
季節の折に、彼の姉の元へ手紙を出していた。
携帯番号も義姉には、教えてあったのは確かだ。
彼が知らないはずのあたしの番号に電話してきたと言うことは、九州を出て実家に戻ったと言うことなんだろう。
「一言だけでも謝りたいと思ってさ・・・」
『謝ってもらっても、あたしの人生は狂ってしまったし。許す気にもならない』
「うん、分かってる・・・・本当にごめん。俺、もう絶対に結婚はしない。せめてもの詫びにさ、そう決めた」
『ばっかじゃないの?あんたがそんなこと出来るわけないじゃない。舌の根も乾かないうちに、また女作るから』
「いや、もう懲りたし」
『九州で一緒にいた女はどうしたのよ』
「あー、照美?あいつはとっくに別れた」
両親が聾唖の方で、床屋を営んでいるというその女。
そんな家庭環境のせいか、自立したあとはすっかり自分本位のペースだったらしい。
だから実は妻も子もいますという状況に、だから?問題あんの?って感じだった。
見た目はいまどきの可愛い子だったから、貴史もそそられたんだろう。
でも一緒に暮らしてみたら、家事はまったく出来ないしやらない、買い物にも自分の欲しいもの以外は行かない。
そんな彼女に辟易して別れたらしい。
「お前は仕事も忙しかったけど、でも家の事はきちんとやってくれてたしなー、バカだったよな」
『今更泣き言を言うな。鬱陶しいから。匠だけはしっかり見てやって頂戴・・・・あたしの心残りはそれだけだから』
「ああ、分かってる」
『あんまり信用できないけど。じゃあ切るから』
「ああ、元気でな」
電話を切ったあと、すっかり眠気も取れてしまった。
シャワーを浴びようとバスルームへ向かった。
睡眠を邪魔された上に、それが元夫・・・・・そりゃあ気分も最悪だっての。
『あー、気分悪いし』
シャワーを浴びたあと、洗濯物を買い換えたばかりのドラム式洗濯機に放り込む。
カーペットを敷き詰めた寝室などに掃除機をかけた後、キッチンに向かいドリンクを作ってグラスに注ぐ。
フローリングの床にモップをかけながら、手にしたグラスを口にした。
最近気に入ってよく口にする、マッコリのオレンジ割だった。
むしゃくしゃしてたし、どうせ一人暮らしなのだから、誰に気兼ねする必要もない。
オレンジじゃなくてグレープの時もあるが、癖もなく度数もきつくないから普段からよく飲む。
ちょっと濁ったそれは、口当たりいい割にあまり酔いつぶれる羽目にもならなかった。




