下着を着用しないことで健康を増進する方法
露出狂は変態である。変態であるだけならまだしも他人に迷惑をかける犯罪者である。自らの恥部を他人に晒して快感を得るなど信じられない。
元倉大亜は、町の掲示板に貼られた「変質者注意!!」のポスターを見て怒りを覚えた。彼自身は変質者に遭遇した経験はなかったが、先日、彼のクラスメイトの女子生徒が被害を受けた。家に帰る途中、下半身を露出した中年男性に遭遇したという。女子生徒はすぐにその場から逃げたため、直接的な被害を受けたわけではなかった。しかし、その話を本人から直接聞いた元倉大亜は腹が立った。
百歩譲って、変態的な衝動があるのは許す。しかしその衝動を他人にぶつけて迷惑をかけるのは言語道断ではないか。
彼は高校二年生の男子である。すでに性的な快感に目覚めており、友人達と猥談をしたり、異性を性的な目で見てしまうこともしばしばある。ただ彼は、性的な目的で他人に迷惑をかけるのは最低な行為と考えていた。
交差点の信号が青に変わる。
彼は自転車をこぎ、町の掲示板から離れていく。5月の日差しは、16時を過ぎても眩しいほどに田舎道に降り注ぐ。熱されたアスファルトを自転車で駆けていくと、心地よい風が彼の体を通り過ぎていく。
数分後、自宅に到着した彼は自室に戻るなり制服を脱ぎ、私服に着替えた。
今日は新刊の発売日だ。本屋に行かないと。
学校から帰宅したばかりだったが、着替えを済ませ財布の入ったバッグを持つと、すぐさま家を出て、再び自転車に乗る。
自転車をこぐと、心地よい風が彼の全身を過ぎ去り、その爽快感に彼は頬をほこらばせた。
彼は下着を履いていなかった。
ノーパン健康法。その名の通り、パンツを履かないことで健康を増進する方法である。パンツを履かないことによって下半身の通気性が向上し、実際的な爽快感が生じる。加えて、本来なら履かなければならないパンツを敢えて履かないことで、心理的な開放感を得られる。
元倉大亜がノーパン健康法を知ったのは高校1年生の時だった。友人との会話で話題に上がり、お調子者の友人が「実は俺、今パンツ履いてないんだぜ」と告白して皆で笑いあった。
馬鹿な冗談だ、とそのとき彼は思った。しかし高校生の彼は好奇心旺盛で、試しにやってみることにした。
はじめは休日に、自分の部屋でやってみた。パンツを履かずにズボンのみ履いて一日過ごすだけである。
中々いいかもな、と彼は思った。
次に、外出してみた。パンツを履いていないとはいえ、当然、ズボンは着用しているから下半身が他人から見えるわけではない。
元倉大亜は衝撃を受けた。気持ち良いのだ。
下着を履いていないだけで、身軽になったきがした。そして、動くたびに外気がズボンから直接下半身へ流れ込む開放感は格別であった。加えて、他人とすれ違う時のスリル。下着を履かずに街中を歩いているという奇妙な感覚。その奇妙さが、快感に変わるのに、大して時間はかからなかった。
本屋へと自転車をこぎながら、元倉大亜はノーパンの快感を堪能する。しかし、今日履いてきたズボンの生地が分厚いためか、下半身に風を感じられない。彼は不満を覚えながら、自転車を勢いよくこぎ、さらにスピードを上げた。やっと、風が感じられる。風がズボンから侵入し下半身へ駆け抜ける。時折、通行人とすれ違った。普段なら何も思わないが、すれ違うたびに胸が高鳴る。勿論、下半身はズボンで守られているから、自分がノーパンだということは通行人にばれておらず、その証拠にすれ違う人も元倉大亜に注目することはないのだが、それでも彼は、スリルを覚える。
このスリルは、露出趣味のそれと似ているのではないか。彼は自転車を走らせながら、ふと疑問に思うが、すぐに否定する。確かに似た部分はあるかもしれないが、他人に迷惑をかける露出狂とは違い、俺は迷惑をかけていない。後ろめたいところはなにもない。俺は変態ではない。
彼は、ノーパン健康法と露出趣味は違うと確信しつつ、自転車を走らせ、本屋へと辿り着いた。
小用を済ませ店内を見て周る。
目当ての本はすぐに見つかった。今月発売の、ある小説だ。元倉大亜はあまり小説を読まないが、その作家の小説だけは別で、全て読了するだけでなく、新品で揃えていた。ハードカバーの新刊だから2000円近い値段となる。
その値段に、彼は心の中で舌打ちをする。
彼の通う高校はバイトが禁止されている。そのためお小遣い制が続いているのだが、金額は5000円。平均的な値段だが、月5000円の中から1冊の本で2000円も消費するのはかなり痛い。
古本に落ちるまで待った方がいいだろうか。そんな疑問が彼の頭を過ぎるが、すぐに打ち消す。この作家は自分の贔屓の作家なんだから、新品で買うべきだ。そう自分に言い聞かせる。
言い聞かせながら、なおも踏ん切りがつかず、平積みにされた新刊を見つめていると、中年の男性がこちらの様子を伺うように睨んでいた。それに気付いて視線を上げると目が合ってしまい、中年男性の方が、さっと顔をそらす。
あまり本の前に突っ立っているとおかしいだろうか。確かに、新刊コーナーは本屋の目玉だから、その前に陣取るのは迷惑かもしれない。
元倉大亜は焦りを覚え、目当ての本を掴んだ。この本の為に自分は来たんだ。今さら躊躇うのは男らしくない。彼は新刊コーナーを後にした。
本を片手で持ちながら、このまま帰るのも勿体無いと思い、小説以外のコーナーも見て周ることにした。
漫画コーナー。まだ5月上旬だから、この月に出たばかりの本が平積みでいくつも置いてある。元倉大亜は小説より漫画の方が詳しく、平積みにされた新刊漫画の表紙を見ているだけで飽きなかった。煌びやかな表紙の絵は派手なだけでなく個性豊かで、迫力があり、想像力を掻き立てられる。
いけない。このままでは漫画も買ってしまいそうだ。ただでさえ2000円の出費なのに漫画の単行本まで買ってしまうと、もう今月は他に何も購入できなくなってしまう。それは避けたい。
避けたいと思いつつ、どうしても惹かれるものがあり、元倉大亜は漫画コーナーを歩いていく。
歩くだけで、すっと下半身に風が当たり心地良い。
やはりノーパン健康法はいいものだ。
心地よい気分で歩いていると、棚の漫画に熱視線を注いでいる制服の女子生徒がいた。彼と同じ学校の制服を着ている。学校の帰りにこの本屋に寄ったのだろう。
彼女は棚の漫画に手を伸ばし、それを手に取った。珍しいな、と元倉大亜は思った。彼女が手に取った漫画は人気漫画ではあったが、最新刊ではなかった。今さらその巻だけわざわざ買いに来たのだろうか。彼が怪訝に思っていると。
彼女は手に取った漫画を通学鞄へ入れた。
万引きだ。
元倉大亜は驚いた。続いてどうするべきかを考えた。当然、すぐに注意すべきだろう。いや、注意するだけでいいのだろうか。店員を呼んできたほうがいいのではないか。しかし、その間に逃げられたり、本を鞄から棚に返して「やってません」と主張されたらどうする?本屋には監視カメラがついているはずだから、そういった言い逃れは出来ない気もするが。
どうしようか迷いつつ呆けていると、万引きを働いた女生徒が、彼の方を向いた。
目が合う。
女生徒は驚いた様子で目を見開いた。
「あ、あの」
とりあえず注意しなければ、と元倉大亜は声を出そうとした。しかし、上手く言葉がまとまらない。
女生徒は、目を見開いたまましばらく固まっていたが、やがて呆気にとられたように口を開け、頬を一際赤く染めたかと思うと、いそいでその場から逃げ出した。
逃げ出した拍子に鞄から落ちた単行本が、寂しそうに転がった。
元倉大亜は、女生徒を追いかけるべきか悩んだが、とりあえず万引きは防げたのだから、事を荒立てないようにした。
目当ての本は手に取ったし、漫画コーナーも堪能した。万引きも無事に防げた。今日はそろそろ帰ろうか。
彼はレジへと進んだ。
レジには誰も並んでいなかった。それほど小さい本屋ではなかったが、今は平日16時過ぎ。店内に客は数人しかいない。
レジには40代と思われる女性店員が一人いて、手元で事務作業をしていた。元倉大亜は特に面識があるわけではなかったが、よく見る人ではあった。彼が中学生の時から見る顔だから、この本屋の店長か、少なくとも正社員の類なのだろうと推察した。
「お願いします」
彼は一声かけて、レジに本を置いた。
事務作業をしていた女性店員は顔を上げて気付き。
「はい、ありがとうございます」
と彼に微笑みかけながら本を手に取る。
バーコードリーダーを手に取り、本のバーコードにかざそうとしたところで。
再び彼の方を見返した。
元倉大亜は首をかしげた。何かおかしいところでもあっただろうか。
見つめられた彼が不思議そうな顔をすると、見つめる女性店員は戸惑ったように視線を上下に走らせ。
「えっと」
と何か言いかけたが、結局言わないことにしたらしく。再びバーコードリーダーを本にかざす。
値段が表示され、彼は5000円札を出す。店員はそれを受け取り、お釣りを手で渡す。
手でお釣りを受け取ると、店員はさっと手を引っ込める。何だか邪険に扱われたようで、彼は少々むっとした。
「えー、ありがとうございました」
女性店員はやはり何か言いたそうにしつつ、頭を垂れた。
彼も軽く頭を下げ、店内を出た。
いったい何だったのだろう、と彼は訝しみつつ、自転車にまたがった。
財布と本の入ったバッグを籠に入れ、自転車をこぐ。
自転車をこぐと、風が下半身に当たり、心地いい。
ノーパン健康法の素晴らしさを実感しつつ。
何だかその風が、妙に冷たいように感じた。
―その瞬間、元倉大亜はある可能性に感付き、青ざめた。
本屋で会った中年男性は、なぜ新刊コーナーにいただけの自分を見つめていたのか。
万引き女子高生は、なぜ頬を赤く染めていたのか。
レジの店員は、何を言いたそうにしていたのか。
そしてなぜ、生地が厚くて風を感じにくいズボンを履いていたはずなのに、店内では歩くだけで下半身に風を感じられたのか。
―そう、俺は本屋に入り、まず小用を済ませた。小用、つまりトイレを済ませ、そのまま。
彼は自転車を止め、右手で下半身に触れた。
開け放たれたズボンのチャックから、元倉大亜の陰茎が露出していた。




