08
季節は春。
日差しが柔らかく降り注ぐ青葉保育園の園庭には、園児たちの賑やかな声が響いていた。
五歳の高橋優也は、一人静かに砂場にいた。
両親は共働き。
父は刑事、母は婦警。
正義の最前線で働く両親を誇りに思いつつも、一人で過ごす時間の長さが、彼を実年齢よりも少し大人びた、静かな少年に育てていた。
優也が黙々と砂山を作っていると、少し離れた広場で騒ぎが起きた。
園のリーダー格で体の大きなコウタが、入園したばかりの小さな女の子を突き飛ばし、意地悪そうに笑っている。
「えーん、えーん……」
地面に座り込み、泥だらけになって泣く女の子。
優也は手に持っていたスコップを置くと、迷いなくその子の前まで歩いていった。
「コウタくん、弱いものイジメはダメだよ」
優也は女の子を背中に隠すようにして、コウタの前に立ちはだかった。
「あぁ? ちっさいクセにおれとやる気か、ユウヤ!」
コウタが拳を振り上げる。
優也は内心の震えを悟られないよう、グッと足を踏ん張った。
「強いとか弱いとか、そんなんじゃない。女の子は守るものだって、お父さんが言ってた」
「ユウヤ、お前は弱いんだ。強いおれに付いて来ればいいんだよ!」
「……それじゃ、やる? ボクはそれでも良いけど」
優也は静かに両手を握りしめ、臨戦態勢をとった。
その真っ直ぐな瞳に気圧されたのか、コウタが一瞬たじろぐ。
タイミングを計ったように、園の先生の声が響いた。
「コウタくん! お迎えが来たわよーっ」
「……ちっ、覚えとけよ!」
コウタは舌打ちをして走り去った。
嵐が去った後の静寂。
優也は握りしめていた拳をそっと開き、後ろで震えていた女の子に手を差し出した。
「大丈夫?」
女の子は、涙を拭いながらその手を取った。
「……ありがとう」
優也がぐいっと引っ張り、彼女を立ち上がらせる。
「わたしは花桜梨、八重花桜梨。えっとね……」
花桜梨は指折り数えてから、少し誇らしげに言った。
「五歳だよ」
「ボクは高橋優也。同じく五歳。よろしく」
「花桜梨ちゃん、大丈夫!?」
もう一人の少女が駆け寄ってきた。
元気いっぱいの声、そして少し珍しい灰色の瞳。
「この子はお友達の唯ちゃん」
「藤村唯だよ。えっと、高橋、優也だから……ユーくんだねっ!」
唯は優也の手を握り、ブンブンと振った。
その瞬間、優也は彼女の瞳の色が吸い込まれるような不思議な色をしていることに気づいたが、「それを言うのは失礼かもしれない」と幼心に口を閉ざした。
「さっき、優也くんはコウタくんとケンカしようとしてたよね」
花桜梨が不思議そうに首を傾げて訊いた。
「どうして? ケンカはダメだって言われない?」
優也は、父から教わった言葉を噛みしめるように答えた。
「これはお父さんの教えなんだけど……大切な友達が殴られていたとして、『ケンカはダメだよ』って言い続けるのか? それとも、その子を傷つけてでも助けるのか?」
「それが……優也くんの答え?」
「うん。ボクは、助けることを選ぶ。本当に救いたい時は、暴力も仕方がないことがあるんだって」
五歳の子供が言うには重すぎる言葉だったが、その言葉の裏にある「優しさの覚悟」を、花桜梨と唯は本能で感じ取っていた。
「正義の味方みたい! ユーくんも将来は刑事さんだねっ」
唯が興奮気味に笑う。
優也は少しだけ寂しそうに目を伏せた。
「どうだろう。いつも二人は家にいないから……」
桜の花びらが舞う園庭で、三人は手を繋いだ。 これが高橋優也、八重花桜梨、藤村唯__三人の出逢い。
これから積み重なっていく、光り輝く思い出と、その先に待つ残酷な運命の幕開けだった。
to be continued.




