06
六月。
初夏の始まりを告げるような陽射しが、容赦なく照りつける日曜日。
久志は優也に誘われ、唯と共に湾岸沿いのスパリゾート『高浜アクアパーク』を訪れていた。
人工の砂浜に座り、久志は波打ち際で無邪気に跳ねる唯の背中を視界の端で追っていた。
隣には、優也がどこか遠くを見るような目で寝転んでいる。
「……いつものことだけど。この暑い中、唯ちゃんは元気だな」
久志の独り言に近い呟きに、優也が砂を弄りながら口を開いた。
「そんなに好きなら、さっさと告白したらどうなんだ」
「……ぶっ! 突然なんだよ」
「好きな相手が近くにいる。それだけで、どれだけ幸せなことかお前はわかってない」
どこか悟ったような優也の言葉に、久志は少し目を見開いてから、肩の力を抜いた。
「……おい。それ、昨日やってたドラマの台詞だろ」
「あ、バレたか。いい台詞だったから、一度使ってみたかったんだ」
優也は悪戯っぽく笑ったが、その瞳には一瞬だけ、深い孤独の色が混じった気がした。
「でも、本当にそう思ったんだよ。ドラマの中で友人が死ぬシーン……誰がいついなくなるかなんて、本当にわからないんだなって」
「……そうだな。確かにな」
湿っぽくなりかけた空気を切り裂くように、明るい声が響いた。
「久志くん、遊ぼう! 水、冷たくて気持ちいいよ!」
唯が久志の手を強く引き、波打ち際へと連れ出す。
人工のビーチを歩き、流れるプールの水面に身を任せながら、久志は意を決して隣の少女に問いかけた。
「……なあ、唯ちゃん」
「なに? どうしたの、久志くん」
「好きな人、とかいるのか。……例えば、優也とか」
唯は振り返らなかった。ただ、水の流れる音に紛れるような、静かな声が返ってくる。
「うーん……優くんは、今は違うよ。確かに幼い頃は、ずっと好きだったけどね」
「それって……ちゃんと過去形なのか?」
「どうして、そんなこと訊くのかな」
周囲には大勢の家族連れやカップルの喧騒がある。ここでは、彼女の本心が聞き取れない。 久志は唯の手を引き、逃げるようにウォータースライダーの階段を駆け上がった。
「久志くん……?」
戸惑う唯と共に二人用の浮き輪に乗り込む。係員の合図と共に、視界がガクンと落ち、急加速した。
左右に揺られ、飛沫を浴び、世界がぐるぐると回る。スライダーから吐き出されるようにプールへ着水した瞬間、久志は立ち上がり、水に濡れた髪を拭いながら唯を正面から見据えた。
「……さっきの話だけど。俺、唯ちゃんのことが好きだ。だから……」
唯は、一瞬だけ目を見開いた。
それから頬を林檎のように赤らめ、俯く。
「……久志くん。うん、ありがとう」
その光景を遠くのデッキチェアから眺めていた優也が、「やっと言ったか」と、小さく、満足げに呟いた。
唯は上気した顔を上げ、久志の瞳をじっと見つめ返す。
「ねえ、久志くん。返事をする前に、付き合ってほしい場所があるんだけど……いいかな?」
久志は、その場所がどこなのか、野暮なことは訊かなかった。
ただ、彼女の切実な眼差しに吸い込まれるように、素直に頷いた。
「ああ、わかった。行こう」
初夏の陽射しの下、新しい関係が動き出す。 けれどその時、久志も優也もまだ知らなかった。
唯が向かおうとしている場所が、優也の『空白の一年』を繋ぎ止めている、ある残酷な真実へと通じていることを。
to be continued.




