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Separate Memory  作者: 水瀬輝夜


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6/8

05



翌日の昼休み。

校庭から響く運動部の掛け声や、廊下を駆ける生徒たちの喧騒が、教室の空気を微かに震わせていた。

優也は、購買で買ったパンを口に運びながら、何度もポケットの中のスマホを弄っていた。


「……おい、優也。さっきからパンの袋、逆さまだぞ」


向かいの席に座る久志が、呆れたように指摘する。


「あ、ああ。悪い」


優也は慌てて袋を直し、適当にパンを噛みちぎった。

味がしない。

頭の中は、放課後に屋上で待っているであろう和翠の姿でいっぱいだった。


「優くん、なんだか今日、変だよ? 顔もちょっと赤いし、熱?」


隣の席から、幼馴染の唯が心配そうに覗き込んできた。

彼女の瞳は、いつも通りの穏やかで献身的な光を宿している。

けれど、その純粋な気遣いが、今の優也には少しだけ息苦しかった。


「……そうかな。昨日、あんまり眠れなかっただけだよ」

「それって、勉強のしすぎ? それとも、また……夢、見たの?」


唯の言葉に、優也の手が止まる。

一年前の事故以来、唯は優也の「空白」に一番近くで寄り添ってきた。

彼女の前で嘘をつくのは、いつだって難しい。


「……いや、夢は見てないよ。ただ、ちょっと考え事をしてただけだ」

「ならいいんだけど。無理しちゃダメだよ? 何かあったら、私にすぐ言ってね」


唯は優しく微笑み、優也の机にそっとパックのミルクティーを置いた。

その光景を見ていた久志が、声を潜めてからかうように囁く。


「おーおー、心配されてるねぇ。……で、その『考え事』の答えは、放課後に出す予定なのか?」


久志の低い声に、優也は誤魔化すようにミルクティーのストローを強く吸い込んだ。


「……ああ。そのつもりだ」





放課後。

優也は、昼間のそわそわとした焦燥感を抱えたまま、屋上への階段を上っていた。

鉄扉を開けると、和翠はすでにそこにいた。

今日は空を見上げるのではなく、手すりに背を預け、扉の方をじっと見つめている。


「こんにちは、高橋くん」

「あ……こんにちは、先輩」


和翠の真っ直ぐな視線に、優也は気圧されそうになる。


「……何か、用事?」


和翠が小悪魔めいた笑みを浮かべる。

優也は、ポケットの中でスマホを握りしめ、意を決して切り出した。


「あの、先輩。……もしよかったら、連絡先、交換してくれませんか?」


一瞬、屋上に静寂が訪れる。

和翠は目を見開き、それから、弾けるように笑った。


「あはは! ごめんなさい、高橋くん。……あまりに真っ直ぐだったから、つい。いいえ、喜んで。私もちょうど、貴方の番号を訊こうと思っていたところだから」


二人のスマホが、チリン、と可愛らしい電子音を立てて情報を交換する。

画面に表示された「木原和翠」の文字。

優也は、これまでに感じたことのないほど強い「生」の予感を抱いていた。





その夜。

優也は、昼間の高揚感を抱えたまま、深い眠りに落ちた。

はずだった。


「……あ」


気がつくと、彼はまた『白』の中に立っていた。

視界を埋め尽くす、純白の花弁。

音もなく舞い落ちる結晶。


『__ゆう、やっ』


耳元で、誰かが囁いた。

懐かしくて、胸が締め付けられるような、少女の声。

昨日までの掠れた悲鳴ではない。

もっと、温かくて、聞き覚えのある声。


『……つけて。おねがい、にげ……__』


けれど、次の瞬間。

その声は、苦痛に歪んだ悲鳴へと変わった。

視界が、一瞬にして『赤』に反転する。

空から降るのは花弁ではない。

生温かい、鉄の匂いのする飛沫だ。


「……っ!? うあああああっ!!」


優也は、自分の右手に重い感触を感じた。

見下ろすと、そこには手首まで真っ赤に汚れた、僕の右手。

指先から滴り落ちる液体が、地面の血溜まりに弾けて、不吉な波紋を作る。


『……ゆう、や。……い、ないで』


血の海の中から、誰かが僕の手を掴もうとしている。

名前も顔も分からない、けれど、僕が一番大切にしていたはずの「誰か」。


「……誰だ、君は! 僕は何を……何を忘れてるんだ!」


優也は、自分の左胸を強く掴んだ。

鼓動が爆発する。

耳の奥を殴りつけるような、激しい不協和音。        





「__っ、はぁ、はぁ, はぁっ……!」


目を開けると、そこは自分の部屋だった。

さっきまでの地獄のような赤は、闇の中に消えていた。

優也は、震える右手を見つめた。

そこには血なんてついていない。

けれど、掌には、あの温かい液体の感触が、確かに残っていた。


「……誰、なんだ。あの声は」


和翠と連絡先を交換し、距離が近づいたその夜に。

なぜ、忘れていたはずの「誰か」の声が、こんなにも鮮明に蘇るのか。

優也は、左胸に手を当てた。

そこには、自分自身の穏やかな鼓動が刻まれている。

……そう、信じたかった。

けれど、今の鼓動は、まるで失った記憶を呼び覚まそうとするように、激しく、歪なリズムを刻み続けていた。



to be continued.

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