17
放課後の屋上。
フェンス越しに差し込むオレンジ色の陽光が、コンクリートの床に四人の影を長く落としていた。
先に屋上で待っていたのは、優也と和翠だ。二人の間に流れる空気はどこか穏やかで、昨日までの迷いが消えた、凛とした静けさがあった。
重い鉄扉が開き、久志と唯が姿を現す。
昨日、公園であれだけの感情をぶつけ合った三人が顔を合わせるのは、それ以来のこと。
そして和翠にとっては、これが二人との初めての対面だった。
優也は少し緊張した面持ちで、和翠の隣に一歩踏み出した。
「……来てくれてありがとう。二人とも」
優也はまず、隣に立つ和翠を二人に紹介するように、そっと手を添える。
「紹介するよ。二人は知っていると思うけど、こちら、木原和翠さん。……俺が記憶を取り戻すきっかけをくれた人であり、今、俺が一番大切に思っている人だ」
優也の言葉に、和翠は小さく、けれどしっかりと頷き、二人の目を真っ直ぐに見つめた。
「初めまして。木原和翠です。……高橋くんから、お二人のことは伺っていました」
丁寧な挨拶に、久志は少し照れくさそうに首の裏を掻きながら、一歩前に出た。
「……よお。俺は安倍久志。昨日は悪かったな、高橋に……いや、優也に、変な当たり方しちまって。お前のことも、最初は疑うような真似して……すまなかった」
久志の瞳には、昨日までの刺々しさは消え、どこか吹っ切れたような潔さが宿っている。
続いて、唯がカーディガンの角を指先でいじりながら、伏せていた顔を上げた。
泣き腫らした目はまだ少し赤かったけれど、その表情は驚くほど清々しい。
「唯は、……優くんの幼馴染です。木原先輩、唯……正直、あなたのこと、優くんを奪いに来た悪い人みたいに思っちゃってた。でも、違ったんだね。木原先輩がいなかったら、優くんは、ずっと嘘の箱の中に閉じ込められたままだった」
唯は一歩、和翠に歩み寄った。
「ありがとうございます。……優くんを、救ってくれて。これからは、唯たち、うんうん…私たちとも仲良くしてくれたら嬉しいです」
その言葉に、和翠の胸の奥で燻っていた不安が一気に溶けていく。
昨夜、ベッドの中で震えていたあの恐怖は、杞憂に終わった。
彼らの絆は、過去の物語を壊すのではなく、新しく出会った自分すらも包み込むほど、強くて深いものだった。
優也は三人の姿を交互に見つめ、それからカバンの中から、あの日記を取り出した。
「……これからのこと、三人で話したんだ。花桜梨のことは、一生忘れない。忘れる必要なんてないって、ようやく思えた。あいつが日記に書いてくれた『未来』を、俺たちが代わりに繋いでいくんだ」
「ああ。あいつが望んだ通り、俺とお前は最高の親友だ」
久志が優也の肩を強く叩き、二人は小さく笑い合った。
そこで、優也は意を決したように和翠の方を振り返った。
その瞳には、今までにないほどの熱が宿っている。
「先輩。俺たちの過去を知って、その上で、これからも俺の隣にいてくまれせんか?」
「……はい。喜んで。高橋くんの過去も、今も、これからの未来も……全部一緒に歩かせてください」
和翠が最高の笑みで答えた、その直後だった。
「……先輩! 俺、やっぱり先輩のことが大好きです! 結婚してください……あ、いや、まずは付き合ってください! 先輩のいない未来なんて考えられません!」
あまりの勢いの良さに、和翠は目を丸くして固まった。
後ろで見ていた久志が「ぶっ、プロポーズかよ! 早すぎんだろ!」と吹き出し、唯も「優くん、キャラ変激しすぎ!」とお腹を抱えて笑い転げている。
和翠は呆気に取られていたが、やがて悪戯っぽく口角を上げると、人差し指を唇に当てて優也を覗き込んだ。
「……うーん、どうしよっかな。高橋くん、さっき『全部一緒に歩かせて』って言った私の感動的なセリフ、勢いで上書きしちゃったし。罰として、毎日パフェ奢ってくれるなら……考えてあげてもいいよ?」
「えっ、パフェ!? ……はい、毎日でも何でも奢ります!」
必死な優也の姿に、和翠はついに堪えきれず、花が咲いたような笑顔を見せた。
「ふふ、冗談だよ。……よろしくお願いします、優也くん」
「はい、お願いします、和翠先輩」
その幸せそうな光景を眺めていた久志が、ふう、と大きく息を吐き出した。
どこか羨ましそうに、けれど決意を固めたような目で隣の唯を見る。
「……チッ、あいつらばっかりずるいな。唯ちゃん」
「え、何? 久志くん」
「……俺も、お前と一緒にいたい。……好きだ。付き合ってくれ!」
屋上に二度目の衝撃が走った。
今度は優也と和翠が「おおっ!」と声を上げる。
しかし、唯は驚いたふりをして少しだけ視線を逸らすと、人差し指で自分の頬をツンツンと突きながら、わざとらしく小首を傾げた。
「ええ〜? 久志くん、昨日『俺じゃなくて優也が残ったのが嫌だった』とか言ってなかったっけ? 私、二番目なのかなあ。……ど〜しよっかな〜、考えとくね!」
「……っ、うそだろ」
久志はそのまま膝から崩れ落ち、コンクリートの床に突っ伏した。
「……終わった。俺の青春、ここで完全燃焼したわ……」
「あはは! 久志くん、冗談だよ」
唯がケラケラと笑いながら、地面に突っ伏した久志の背中をポンポンと叩く。
そして、少しだけ悪戯っぽく、でもどこか真剣な温度を込めて、顔を覗き込んだ。
「……でも、今の告白は勢いで言わされた感があるから、保留! もう一回、今度はちゃんと、私の目を見て告白してくれたら……考えてあげてもいいかな?」
そう言って首を傾げる唯の頬は、夕陽のせいだけではなく、林檎のように赤く染まっていた。
その姿を見上げた久志は、一瞬フリーズしたかと思うと、両手で顔を覆って悶え始めた。
「……っ、うわ、唯ちゃん……! 何それ、可愛いすぎんだろ……。やっぱり好きだわ、俺唯ちゃんが大好きだ〜〜!」
「ちょっと、恥ずかしいから叫ばないでよ!」
悶絶する久志と、顔を真っ赤にして彼を小突く唯。
その賑やかな光景を、優也と和翠は顔を見合わせて笑いながら見つめていた。
秋の風が吹き抜け、屋上に溜まっていた切なさを空の彼方へと運んでいった。
四人の影が賑やかに重なり合い、新しい季節の始まりを告げるチャイムが、遠くの校舎から高らかに響き渡った。
to be continued.




