13
朝の陽光が差し込む藤ノ井駅の改札前。
人混みの中で、優也は少し早く到着し、和翠を待っていた。
昨日、あの白い花びらが舞い散る廃道で、彼女の温もりを感じ、過去のすべてを思い出した。指先にはまだ、彼女のコートの感触が残っているような気がした。
「おはよう、高橋くん。……早いね」
聞き慣れた澄んだ声に振り返ると、和翠が少し照れくさそうに笑いながら立っていた。
「おはようございます、先輩。……ちょっと、落ち着かなくて」
「ふふ、そうだよね。私も昨日は、なんだか不思議な夢を見てるみたいだった」
二人は並んで歩き出す。
一輝が気を利かせて先に登校したおかげで、登校路は二人だけの時間になった。
けれど、校門が近づくにつれ、優也の胸の奥には鉛のような重苦しさが広がり始めていた。
(久志……唯……)
不意に、二人の顔が脳裏をよぎった。
記憶を失い、抜け殻のようだった自分を、あの日から今日まで支え続けてくれた友人たち。
彼らが自分に注いでくれた献身的な優しさは、間違いなく本物だった。
けれど同時に、それは「八重花桜梨」という存在を徹底的に隠し、嘘で塗り固めた、脆い平穏でもあったのだ。
(あいつらは、どんな思いであの日々を過ごしてきたんだ……? 俺が壊れないように、自分たちの心も削りながら、ずっと嘘をつき続けてくれたのか……)
自分の欠落が、大切な友人たちの心をも歪め、縛り付けてしまったのではないか。
その罪悪感が、優也の足取りを一段と重くさせた。
◆
「……おい優也。お前、さっきから何回目だよ、それ」
屋上へ続く階段の踊り場。
いつものように弁当を広げていた久志が、怪訝そうな顔で優也を覗き込んだ。
「え? 何が」
「何がじゃねーよ。さっきから一口も食わずに、箸で米の山をずっと崩してるだろ。土木工事でもしてんのか?」
「あ……悪い。ちょっと考え事してた」
優也は慌てて卵焼きを口に放り込んだが、味がほとんどしなかった。
隣に座る唯も、心配そうに小首を傾げて優也の顔をじっと見つめる。
「優くん、顔色が変だよ? どっか痛いの? また……頭痛とか」
「いや、大丈夫だよ。本当に。ちょっと寝不足なだけだから」
「……本当に? 悩み事があるなら、唯に……唯たちに、ちゃんと言ってね?」
唯の瞳には、かつて花桜梨の葬儀の日に見せた後悔の色が、薄く混じっているように見えた。
彼女の優しさが、今の優也には痛いほど刺さる。
「大丈夫だって。ほら、久志。その唐揚げ、一個よこせよ」
「あ!? お前、自分の食ってから言えよ!」
いつものような軽口。
けれど、優也は気づいていた。
久志の瞳が、探るように鋭く自分を見つめていることを。
彼もまた、優也の変化に気づき始めている。
『すべてを思い出した』
その一言を口にした瞬間、この三人の形は二度と元には戻らない。
その恐怖が、優也の喉を塞いでいた。
◆
放課後の屋上。
フェンスに身を預け、優也は隣に立つ和翠にすべてを打ち明けた。
オレンジ色に染まる校庭からは、部活動に励む生徒たちの声が遠く訊こえてくる。
「……言えませんでした。二人の顔を見たら、どうしても」
「優しすぎるんだね、高橋くんも。あの二人も」
和翠は優しく微笑み、優也の震える手に自分の手を重ねた。
その体温が、冷え切った優也の心をわずかに溶かす。
「先輩なら、どうしますか? 自分のせいで、親友たちに何年も嘘をつかせ続けてきた。……そんな俺が今さら『全部思い出した、今までありがとう』なんて、勝手なこと言える資格があるんでしょうか」
「資格なんて、最初から誰にもないのかもね」
和翠は空を見上げ、目に見えない「何か」を探すように目を細めた。
「でもね、隠し続けることは、あの二人のこれまでの努力を『無かったこと』にするのと同じじゃないかな」
優也はハッとして、和翠の横顔を見た。
「あの二人は、高橋くんを守りたくて嘘をついた。なら、高橋くんがやるべきことは、その嘘を受け止めて、今度は自分の足で立つ姿を見せることだと思うの。……違うかな?」
「……自分の足で、立つ姿……」
優也はカバンの中にある、昨日八重家から譲り受けた花桜梨の日記の感触を確かめた。
罪悪感、後悔、そして感謝。
それらをすべて飲み込んで、いつか二人に真実を告げなければならない。
「……もう少し、考えてみます。どう言えばあいつらが救われるのか、何が一番正しいのか。……先輩、もう少しだけ、俺の隣にいてくれますか?」
「もちろん。何があっても、私はここを動かないよ」
二人の影が、屋上のコンクリートに長く伸び、一つに重なり合う。
校舎の下、家路につく久志と唯の後ろ姿が小さくなっていく。
優也はその背中を見つめながら、心の中で何度も「ごめん」と、そして「ありがとう」を繰り返していた。
to be continued.




