酔いどれレイナと重戦士
潮の香りが夜風に乗って鼻をくすぐる。
無事に港街へ到着した俺たちは、波止場の喧騒を抜け、ひとまず今夜の拠点を探すことにした。
「涼さん、お父様から頂いた資金はまだたっぷりありますから、シャワー完備の少し良いお部屋にしましょう!」
エリスがふんわりと微笑みながら、無防備に金貨の入った革袋を揺らした。
「おいおい、そんなに見せびらかすな。また柄の悪い連中に狙われるぞ」
俺は呆れつつエリスから革袋を受け取り、マジックポーチに収納した。
その後、手頃だが清潔そうな宿を見つけ、ツインを二部屋確保する。
サスケは街の外でお留守番になってしまった。後でご馳走でも届けよう。
荷物を降ろして一息ついたところで、俺は仲間に声をかけた。
「よし。せっかく軍資金もあることだし、情報収集も兼ねて美味い飯と酒でも(あと美女も)探しに行こうぜ」
「ふっ……また俺の出番という事だな。今回は本気で酒を飲んでると見せかけて、実は酔ってない作戦で行くか」
カインが顔の半分を覆いながら満足げに呟いたが、誰もリアクションはしなかった。
――冒険者ギルドが併設された酒場は、港町らしい荒くれ者たちの熱気と紫煙に包まれていた。
飛び交う怒号や笑い声をBGMに、俺はジョッキを持ったまま適当な空席を探して歩く。
ガンッ!
不意に、硬い金属の感触が肩にぶつかった。
見ると、頭から足先まで分厚い鋼で覆われた、やけにゴツい重装備の戦士だった。背中にバカデカい大剣迄装備している。
せっかくの酒の席だ、揉めても面倒なだけだろう。
俺は「すまん」と軽く手を挙げて謝罪した。
『……いや、こちらこそすまん。酔っ払いに押されてしまった』
兜の奥から、やや高めの声が返ってくる。
少し変わった声だなと引っかかったが、今はイカツイ装備の男よりメシと酒が優先だ。
席を確保した俺たちは懐が温かい為、酒も料理もバカバカ頼んだ。
「兄貴、カイエンペッパーをまた貸してくれ」
「ああ、全然いいけどお前、本当にハマってるな」
「……ふふっ、これ。甘くておいしいよ、エリスちゃんも飲む?」
隣でグラスを揺らすレイナの声が、心なしかふわふわと浮いている。
(……待て、あいつ何を飲んでるんだ?)
「ちょっと、レイナちゃん? 顔が真っ赤だよ?」
「え〜、そうかなぁ?ふわふわして気持ちはいいよ〜」
「レイナ、それジュースじゃなくてカクテルだろ」
(俺が目を離した隙に頼んだな)
「兄貴、レイナ完全に酔ってるね」
「ああ、油断したな」
レイナがウザ絡みし始める。
「男共は黙ってろよぉ。でもエリスは本当可愛い顔してるよね〜。
ところであのさ〜……ホントは涼のこと、どう思ってんの?」
レイナがエリスの肩にどさりと寄りかかった。
「なっ……!? レイナちゃん、何を急に……」
「隠さなくていーじゃん。あんなエロジジイのどこがいいの?……」
(俺は目の前にいるんだぞ?)
絡み始めたレイナをエリスが支えている。
これ以上は面倒になりそうだ。
俺はレイナ用の水をもらいに行くついでに、酒場の奥にあるギルドカウンターへ向かうことにした。
「……召喚士ルークですか? いえ、残念ながら本日この街のギルドには立ち寄られていないようです」
受付嬢が申し訳なさそうに首を振った。やはりそう簡単には見つからないか。
「そうか、手間をかけさせたな」
「あ、お待ちください! もしかして貴方は『便利屋の涼さん』ではありませんか?」
呼び止められ、俺は足を止めた。カウンター周りにいた数人の冒険者が、ピクリと反応してこちらを伺っている。
「ああ、そうだが……」
「やはり! リュグレインでの護衛実績がギルド本部で高く評価されています。特例のランクアップが承認されていますよ」
受付嬢が事務的に指し示した昇級者リストには、識別用なのか名前、性別、ジョブ、そしてランクの欄が並んでいた。
【リョウ(男)】
【ジョブ:便利屋、ランク:F→C】
【カイン・ゾルティック(男)】
【ジョブ:ローグ、ランク:D→B】
(一気にCランクか。カインもBランクに上がってやがる。エリスの親父さん、相当な影響力を持ってるんだな)
「ククク……Bランク。ようやく世界が俺に気づき始めたようだな」
いつの間にか背後に忍び寄っていたカインが、悦に浸りながら髪をかき上げている。
(ウザッ!コイツも酔っ払ってんのかよ)
俺は無視して、リストのさらに上段にある今日一人しかいない『Aランク』の項目に目を留めた。
【リリア・ロックハート(女)】
【ジョブ:重戦士、ランク:A】
俺はその一行を、思わず二度見した。
(……重戦士? さっきぶつかった奴は女だったのか)
あんなゴツい装備の中身が女で、しかもAランクだとは。
周りを見渡したが、既に女はいなかった。
「……さて、余った料理をサスケに届けなきゃだし、今日はここらで切り上げるか」
俺は思考を切り替え、会計を済ませ、テーブルに戻った。
そこには、エリスに抱きついたまま完全に寝入っているレイナの姿があった。
「涼さん、すみません。レイナちゃんがもう、全然起きなくて……」
「しょうがねえな」
俺は苦笑し、レイナを背中に担ぎ上げた。
(……お、意外と柔らかいな)
背中に伝わる感触に内心で鼻の下を伸ばしていると、エリスが少しだけ頬を膨らませて俺を見つめていた。
「……涼さん、私が代わりましょうか? あまり彼女に密着されるのも、その……歩きにくいでしょうし」
「いいって無理するな。二人でこけたら事故だぞ。ほら、帰るぞ」
「……そうですか」
エリスはわずかに視線を逸らし、小さく息を吐いた。だが、俺が歩き出すと、さりげなく俺の袖を掴んで足並みを合わせてくる。
背中で規則正しい寝息を立てるレイナの横顔をチラリと見て、俺は小さく呟いた。
「……大人しいと可愛いんだけどな」
「……何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない。明日からまた忙しくなりそうだと思ってな」
サスケに食事を届け、宿に着くと、それぞれの鍵を受け取って階段を上がる。
「涼さん、おやすみなさい。……明日も、よろしくお願いしますね」
「ああ。レイナのことは任せたぞ。何かあったらすぐ呼ぶんだぞ」
エリスは丁寧に一礼すると、レイナを支えて部屋へと入っていった。
それを見届けてから、俺もカインと共に自分たちの部屋へ入る。
部屋にお風呂があるのは、実に有難かった。
カインはよほどBランクに上がったのが嬉しいのか、ベッドの上でプレートを掲げて悦に浸っていた。
「フフフ……そのうち俺の名が世界に轟くことになるだろう……」
「はいはい、おやすみ」
適当にいなして明かりを消し、俺は自分のベッドに身を沈めた。
(……リリア、か)
窓から差し込む双月の光を眺めながら、さっき見たリストの名前を思い出す。Aランクの重戦士が、まさか女だったとは。
この街にいるのならまた会うこともあるだろう。
俺はそんなとりとめのないことを考えながら、深い眠りへと落ちていった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「面白かった!」「続きが気になる!」と少しでも思っていただけましたら、
ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援をお願いいたします!
皆様のイイネ評価とブックマークが、何よりの執筆の励みになりますm(__)m




