迷いの森(前編)
背後の鬱蒼とした草むらから、牛ほどもある巨大な蜘蛛が現れた
サスケを呼ぼうと、指笛を吹く。
スマホスカウターで撮影し、情報を表示させる。
《群体脅威:【猛毒巨蛛】C級指定:魔獣LV5》
《猛毒に注意》
《弱点:炎、物理攻撃》
(……っ、よりによって、こんな時に巨大害虫かよ)
(!?)
いつの間にか視界が、白一色に塗り潰されていた。
迷いの森に突如として発生した濃霧は、生き物の体温を奪うように冷たく、重い。
「サスケ! どこだ、サスケ!」
その声は湿った霧に吸い込まれ、相棒からの反応はない。
上空でサスケが必死に俺を探しているはずだが、この濃霧では羽音一つ聞こえてこなかった。
一対一ならまだしも、こいつは「軍隊蜘蛛」だ。霧の向こう側から、無数の節足がカサカサと地を這う音が聞こえ始める。
サスケもいない。ノアも使えない。
(逃げるが勝ちだ……!)
俺は反転し、霧の中をがむしゃらに駆け出した。
だが、焦りは更にミスを引き起こす。
湿った腐葉土を踏み抜いた感覚の直後、足元が消えた。
「あ――」
声にならない叫びと共に、俺の体は垂直に落下した。
背中を岩肌に打ち付け、視界が火花を散らす。深い、あまりに深い穴底だった。
――どれほどの時間が経っただろうか。
痛む体を引きずりながら上を仰ぎ見るが、頭上にはどんよりとした宵闇と、執拗な霧が蓋をしていた。
四人もいた仲間は今、誰もいない。
この迷いの森そのものが、意思を持った巨大な捕食者のように俺の精神を削りにきていた。
この森を舐め、安易にノアを使用したツケが回って来たことをようやく理解した。
鬱蒼と暗くなっていく穴底で、俺は完全に「一人」になった。
不意に、穴の上からギチ、ギチ……という、あの蜘蛛の咀嚼音が聞こえてきた。奴らは俺が落ちた場所を正確に理解し、じっくりと、確実に、獲物を追い詰めようとしている。
絶望感から来る恐怖が、心臓を締め上げた。
(……クソっ、二度目の人生、こんなところで終わってたまるかよ)
震える指先で、腰に下げたマジックポーチの中を探る。
指に触れたのは、昼間に手に入れたばかりの最高級ブランド『Grim Works』のツールケースだった。
中から、まだ使い方もろくに確認していない道具を取り出す。
手のひらサイズのミニマグライト。
すかさずスイッチを入れた。
――ッ。
突き刺すような鋭い光が、絶望の闇を真っ二つに切り裂いた。
最高級の魔導レンズを通した光は、まるで太陽の欠片を握っているかのように頼もしい。
その光が照らし出したのは、穴の壁面にへばりつく、数匹のアラクネの禍々(まがまが)しい姿だった。
(みんなの元へ絶対に帰るんだ!)
背水の覚悟と決意でエリスに貰った聖なるナイフを取り出し、右手で握ると不思議と身体の震えがとまった。
「来いよ、来いよ、害虫駆除だ! まとめて始末してやる!」
――その時、
「君っ、なかなかやるじゃない」
奥から人のような声が聞こえた。
これが人語を使う上級魔獣なら、俺は本当に終わりだろう。
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