向日葵(下)
ようやく予想通りに浴室のほうへの二人の後ろ姿を見送りながら、万年青ははっと胸で撫でおろして頭を下げ両手で抱き寄せてきた。
綿密な細雨、無人の街かど、女の子二人の追逐戦闘。
握られた射撃、血と髪の残された逃走、連れられた彼女。
どいつもこいつもこの目の前にこの手の中に現れたことを、いまはもう一度万年青の頭に確認できた。
幸いなことに、その拳銃を格別なファクターとしてはともかく、余分は普通の喧嘩と全く同じだから、自分にどうにもならないことがあるけれどなにもしないことはまんざらでもないと思う万年青。
しょせんこれらすべては説明できる現れなので、自分にもそれなりに対策を取り出すことができたらいくら危険があってもその対策を落ち着いて執行することさえあればうまく解決できる。
これも万年青の信じている生存法則。
ならばこれから必要のは相手と適当に情報を交換しながら気配を見て、一晩中しか用心しないと言えば、これまでの情況によると悪意がなさそうで、むしろすぐそこに下ろしたランドセルは相手から放してくれる善意なのかもしれない。
とりあえずこのままで順番につづけたらいいと思う万年青。
じゃあじゃあのぬるま湯はやさしく髪から足元まで流れていき、ビリビリの刺激感さえ感じられないで蒸気に包まれた一つ一つ体の部位をやさしく按摩することで四六時中の疲れを開いた毛穴から飛び出した気がして、シャワーだけでこの天国への居心地がいいみたいな感覚させたのは、ひまわりのてがらだ。
「お兄ちゃんの彼女さん、濡れた上着は洗濯機に入れましたよ、明日は心配しないでください!」
すでに目を閉じておりこうさんっぽく体じゅうをあら湯に埋めていった彼女は何も返さないで湯の表に少し泡を吐くだけだ。
二十分間、もしくはそれ足らずの時間で、ツインテールも束ねずにウサギのパジャマとウサギのボアスリッパを穿いていて一人でリビングにもどった。
「ありがと」
「あ~いえ…怪我は?」
「いまなら、激しく動かしないでいい」
「ならいい」
身長百六十五センチ以上ぐらい、肩ほどばかりの茶髪、痩せると言えば痩せてスタイル満点と言えば満点で、それでもきりがいい体つきにうまく発揮する身振りで考えば、日常におこるさまざまな件で決して引けを取らないと、この時まで真剣に相手を見つめ直す万年青は、こういう結論を出した。
もちろん顔にも美人に等しい様子で、肌にもすべすべ柔らかい白だが、彼のところには端役に割り当てられたんだ。
要するにはどんな能力がそなわる。顔立ちと姿も直接に人間関係とつながるためのときにだけ役立つだが、言うでもなく、今の万年青にそんなことをするつもりはなかった。
「お待たせしました!お兄ちゃんの彼女さん、だいぶ盛りだくさんな夕食を用意することができないうちですみません」
厚めに切って焼いたビーフステーキと、生野菜とハム、たまごなどを加えた新鮮なサラダに、甘美なカレーのルーを餡掛けに回しかけるライス、それと味噌汁とさまざまなお菓子。
「いえ、ほんとにありがとう、ひまわりさん」
目に映る手作りの料理を満載するダイニングテーブルをじろじろ目をかけながら、彼女はお礼を言いまくった。
「えへへ、お兄ちゃんもお風呂に」
ぺろりと目を細めつつ笑顔を浮かべるひまわりはぐるりと身を回してりんと万年青にこう言った。
「はっ、お疲れひまわり」
「それじゃ、ひまわりは部屋に戻ってよ、何かあったら呼んでね」
こういう返事をまあまあと思ったからうんうんと頷いて、そしてひまわりはリビングから離れた。
「心配しないで、気がすんで食べて…」
また頭を頷いてなにもしゃべらない彼女。
ざあざあと、シャワーの暖かい水の流れる音がもう一度奏でるにつれて、中を浴びる万年青はやがて全身と全霊をリラックスしかけてきた。
なによりまだほとんど知らなくて相手にしたばかりの女の子がいてくれて、自分の家に残ってくれたのはすごくやばいことで、つづいてじっと心を統一するべきだと考えてくる彼は頭を浴槽に浸って息を止めてみようとする。
妙にそっくりな二人である。
安らいできて浴室からリビングに戻ってから彼はキッチンの冷蔵庫からジュースとコーラ各一本を取り出す。
「はい、お好きにどうぞ」
両手でジュースを軽く受けてテーブルに置いた彼女の姿を見ながら、万年青も向こうの椅子に腰を下ろした。
「じゃ、まずは自己紹介でよろしいじゃないか。」
「万年青、十七歳、高校生、そっちは?」
いったん思案を巡らしかけると、万年青はさっくり本題に入った。
「ふた…ふたご、十七歳、職業は…」
「あれか?」
彼の視線は彼女越しに後ろのソファーに横たわってあるランドセルへ向ける。
「うん」
その目線の帰着点を見るとすぐわかる彼女は頷いてスプーンで一勺のカレーを口中に送っていく。
「アイツもか」
「うんうん」
咀嚼しながら二つ頷いているふたごの口元で米幾つ粒が咀嚼とともに揺れ動いている。
「そう、さすが我が都市の治安ね」
かってにツッコミをしてやがってからその呑気にご飯を食べる様子を見たら思わず笑ってくれた。
「???」
なぜ目の前に座る、ずっとにこりともせずに喋り合う男の子が突然笑う原因を知っていない全然彼女はわけが分からなさそうな顔で小首を傾げてしばらく見つめて、万年青の話のさきが沈黙になろうと気付いたらこう言った。
「あの…わたしも訊きたいことがありですが…」
「どうぞ、こっちに訊きたいことはもうない」
「どうして…どうしてわたしを助けてくれますか」
今回のふたごもためらいにためらいながらそう話した。
「そっちか…分からないね」
「へっ?」
「あのときはなんだか小路で危ないことが起こりそうな思いが急に募るので向こう見ず過ぎゆくことにしただけって…いまなら信じられないじゃ」
呆れた顔で両手を広げながら微笑んで答えた万年青だが、つづいて相手が気になることを返しかける。
「そうかもしれません」
「答えとしてはそれしかないが、かなり処置しがたいあの情況では当然自分の実力にある限りできるだけ手伝いしてみようとして、まあいくらなんでも拳銃までなんて普通、想像できないと思ったけどな」
すごく偶然な件わけでもないが、最後のとどめが意外とは言うでもなく真実だ。前に述べたように全ての与件を考えてから冷静に適当な行動を行う彼は彼そのものである。
「あぁ…もちろんあなたが向き合えるなら僕はここまでいい」
「ありが…と」
「礼はいい、それにあれの他にはあなたも決まり事で連れてきてくれたから、こっちにもそのままに」
「うん」
それから二人は一言でも話しつづけなくなってきて、静かにテーブルの美食を楽しんでいる。
一日目の知り合いとして、と考え抜いたら、やっぱり自分の部屋を彼女に残してあげるほうが妥当で、簡単に自分の分を早く飲み込んだ後で、食器を流し台に置き、部屋から自分の布団を抱えながら返って後ろの床にしいた。
「今夜は僕の部屋にいったん寝るな、あ~それと皿は流し台に置いていい」
「分かった」
疲れすぎた一夜はようやく終わったけど、万年青は床に横たわってどうしても眠らない。
ふたごも彼のベッドに天井を見つめに見つめて眠らない。




