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向日葵(上)

  靄が立ちこめた空の下で小雨がまったくやむつもりはない。万年青が最初から危険気味を嗅いだ通りから徒歩十五分足らずで、二人はある六階の古いマンションについた。

  やがてびしょ濡れになったので、今度の彼はいつもの羊かい階段に一目でものぞかないでまっすぐにエレベーターのほうへ歩いてきた。

  ましてや後ろに泊めてもらう女の子がついていく。

  「ピンポン~~ピンポンピンポン~~ピンポン~~」

  まるで暗号みたいな一連の呼び鈴を鳴らしてから落ち着いて待っている万年青。

  「親はいないか?」

  あれからずっと沈黙の空気に、小首をかしげて横から見ながらさきに聞いた彼女。

  「ううん、少し待っててな」

  軽く首を横に振り、彼は答える。

  「はっ、腹が立つばかりだと思えたね」

  「へ???」

  彼女がため息を深く吐いた顔に、万年青は目も縦に伸びそうに驚いてこう返事をした。

  「いや、すまん、今はあなたが抱き寄せることを拒否することで、そっちの不満だったら…」

  「そういうところなのか?」

  「はい」

  「いやいやいや、そんなのないよ、ただ自分の習慣で、君には関係ないし」

  ぐんと後ろ髪を掻き、もう一方の手を目のあたりに振りながら彼女は恥ずかしく笑う。

  「そう」

  「あ、またまた」

  今度ため息を深く吐いたのは万年青のほう。

  「ドンッドンッドン!」

  「どろぼう?!」

  「いや、ドアから離れよ!早く!」

  重々しい顔で同じほどの口ぶりで話すと、彼はすっとドアの開き反対側に後ずさりする。

  「うんっ?」

  まだ中にどろぼうがいそうな推測を抱える彼女はこの返事で頭の上にはてながいっぱい生えるみたいに、目を丸くしてあっけらかんとしながら手をランドセルの中に差し込む。

  さっきの拳銃が収まった場所が万年青に分かっているけど、今はおそすぎるんだ。

  「ポンンン!!!」

  うまく爆裂を進行した爆弾一粒のような音が冷たさに包まれる空気に鳴ったんだと、もう三度目を経験する万年青は思わず、上手に耳を両手の守りに据えておくことにした。

  かわいそうなことに、万年青の一言の邪魔でぎりぎりランドセルの右下に手で触ったところを、彼女はスムーズに九十度開いたドアにぶっ飛ばされた。

  「お兄ちゃん?…あぁ、やっぱりお兄ちゃんだ!お帰りなさい、お兄ちゃん!もう…ひまわりはずっと待ってたよ、こんなに遅くなっちゃってひどいよお兄ちゃん…あれ?」

  ひまわりと名乗り、お兄ちゃんを中心として万年青に喜びと愚痴をきゃいきゃいほどに話しつつ笑顔で迎えてくれた子は言うまでもなく、妹だ。

  「はっ、わりいひまわり、ちょっとだけ…って、何でこんな時間にメイド服を着てる?」

  半分詫び半分怪訝の顔をしながら、彼はそう言いかける。

  「寝坊したのお兄ちゃん?もちろんお兄ちゃんの帰宅のためよ!ひまわりがよ~く学んでいた成果!…ねぇお兄ちゃん、さっきからなにか変な音がなってみたい…」

  「あ~よし分かった、訊かない!音か?やば、忘れちゃった、ちょっと待っててな」

  やっと思い出したけれど、ドアに突き飛ばされた彼女はまだ目から火が出たみたいに少し怪しい身構えでじっと地面にひっくり返った。

  「うにゃ、大変!」

  自分がドアを開いたせいだと分かってくれたら、すぐ叫びながら近づいて行った。

  「お~い!生きてるか?抱き寄せていいの?」

  ストレートに彼女の耳のすぐそこにしゃがみ込んで手を口元に当ててこう呼びかける万年青。

  「もうだめだぁお兄ちゃん、女の子に失礼すぎだよ…あへっ!」

  言うと彼女の肩に助け起こそうとするひまわりの手前に、ただいまの“よみがえる奇跡”はもう一度くり返し演じることになった。

  「ううう…痛い痛い…いいんだってば…へぇっしょ」

  ほとんど一緒の返事だけじゃなく、一般人なら完全に見分けられない、まるで規範にしたがうみたいなしぐさで、彼女は一瞬でガタガタと立ち上がったんだ。

  もちろん、痛いとぼそぼそ話し出しながら左手で眉間と鼻の間をもみほぐすのは今回の新しい幕。

  いくらなんでも、ドアが当たった部分はもう赤く腫れてしまった。

  「ひまわり、サロンパス」

  「了解!」

  またドンッドンッドンってかわいいウサギのボアスリッパではね返るひまわり。

  ついさきほど全身が壁にぶつかって、つづいて顔がドアに一撃されたので、いくら慎んでも手を差し伸べないなんて変じゃないだと思う万年青はこう言った。

  そしてひまわりもこう動き出した。

  「さぁ、入ってくれ」

  「…お邪魔します…」

  まだ顔の襲撃から我に返っていなさそうな彼女は、呆れっぽい表情で万年青の背中にフォローしながら応じる。

  街の賑わい外のブロックに建ったマンションの2LDKは少し寂しくて狭くて、万年青兄妹の二人にとってはちょうどいい。

  玄関でローファーを脱いだらすぐ手を眉に当てて三百六十度の周りを見回りしたり、あちこちを嗅いでみたりで、この前に小路で出会った彼女とまったく別人みたいだ。

  「ストップ!もうこれ以上捜査要らん!うちは小さいし何の怪しいものも一切ないで」

  本気で答えたけれど相手の腕に気を付けて、仕方なく万年青はため息を吐いた。

  「ほら、とぼけないですわって、ひまわりを待って少し休んでて」

  ちらっと見ると見抜かれたらなんだか赤く染めそうな顔を両手で隠してみるために彼女は軽く頷いて、うんと返す。

  「ジュースいる?コーラは?」

  もしかしたら家に帰ってくるから、或いは徹底的に小路の事件から思考を回復してくるから、万年青もいつもの顔をしていて冷静に話を始めた。

  「どうして…」

  「どっち?」

  ずっと顔を手に埋めている彼女の疑問に、何も分からなく振り返らずに返事をした万年青だが、小路の助けることか宿を借りることかの“どっち”と、ジュースかコーラかの“どっち”と滑らかに話しつづけるのは、彼の得意技だ。

  「へっ?いや、だから…」

  「その“どうして”と訊きたいのはさっきの助けると今の泊める、どっち?」

  「分かった?」

  彼が詳しく一連のことを答える前に、ひまわりは薬箱とかわいいパジャマを抱えてタイムリーにリビングのコミュに加入した。

  「お兄ちゃんの彼女さん、このパジャマはひまわりの、今夜これを穿いてください!それと、顔をうつむけてくれませんか」

  万年青に少し腫れ物に触るように扱う彼女だが、今度なにも反論しないでおとなしく頭を下げて身を乗り出した。

  「はい!OKです」

  同時にパジャマをぎゅっと押し込んでその機に乗じて彼女を抱きついたひまわり。

  「い~や、ひまわり、この人は彼女じゃない、よく覚えてよ!」

  呆気にとられた表情の彼女はその会話に興味がないみたいでひたすら鼻の上に貼ってあるサロンパスを撫でている。

  「へっ?そんな、連れ帰ったのに本物の紹介をしようともしないで、女の心に大傷つきよおにいちゃん…こうなったらお兄ちゃんに教育を受けさせないとね、まずは…」

  地球壊滅より怖いほどに感銘を受ける表情が一秒ばかり、すぐさま大人のお姉さん顔に変わってしまって、万年青に教えてあげることを始めたひまわり。

  「意味わからん」

  なんだかこのシリーズの話に特の趣味がありそうで、全然止められる様子もなく弁舌を振るうひまわりに、万年青は呼び止めざるを得なかった。

  「ひまわり!」

  「!!」「!!」

  彼の一声はひまわりだけじゃなく、ずっとサロンパスをあそぶあの子まで動きがいったん止まって彼の方へ見かけることになった。

  「彼女をお風呂に入らせてよ」

  「お~!お兄ちゃんの彼女さん、さきにお風呂に入ってくれませんか」

  「なにか言いたいことがあるならそれからは」

  なにか考えつくように分かっているように二つ首を縦に振ってから、ためらいまたためらいをしたもののランドセルを止め置いた彼女はひまわりの背中について行った。

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