そもそも未婚女性の部屋に押し入った性犯罪者ってわかってますか?
ダイア・ルヴェインは、生まれながらにして己の立ち位置をよく理解していた。
王子に愛されることなどあり得ない。自分は平凡で、血筋も特筆すべきものはない。王宮の女性たちが夢見る「運命の恋」を、ダイアだけは冷静に遠巻きに見ていた。
――のはずだった。
だが社交場というものは、時に悪意を好む。
「ダイアも王子様と恋愛したいんでしょう? いいわよね〜」
軽口に、ただ笑って「ええ、いいわよね〜」と返しただけで。
その瞬間、彼女は「王子を狙う不届き者」という笑いの種にされてしまった。
ありもしない野心を着せられ、ささやかな尊厳を土足で踏み荒らされる。ダイアは耐えるしかなかった。
ダイアには片思いの相手がいた。
近衛騎士団長、スメア・ハーリス。強く、冷静で、誰に対しても公平に見える彼を、ダイアは密かに敬愛していた。
彼が独り身だと信じていたのは――ただ、周囲が意図的に「彼には恋人がいる」と教えなかったからだった。
そして運命の夜。宮廷舞踏会で、スメアとその恋人が「未来を誓い合う二人」として大々的に紹介された。
「……え?」
頭が真っ白になる。自分だけが笑い者だったのだと、会場中の視線で突きつけられる。
羞恥と怒りに震えたダイアは、テーブルにあった水を二人に浴びせ、会場を飛び出した。
夜。
失意のまま部屋にこもるダイアの扉を、無遠慮にこじ開けた男がいた。
「……スメア、団長……?」
「君が俺を想っていると聞いた。なら、受け入れてくれるだろう?」
その声音は優しさではなく、女を獲物としか見ていない冷酷さを帯びていた。
「やめてください!」
悲鳴とともに揉み合う中、駆けつけた憲兵隊が部屋を押さえる。
「団長、未婚女性の部屋に押し入ったのは事実です。和解を選ぶなら、婚姻を条件に罪を問わぬとしましょう」
だがスメアは鼻で笑い、言い放った。
「結婚なんてごめんだ」
そのまま策略を巡らせ、責任をすべてダイアに押しつける形で逃げ去った。
裏切られた怒りは、ついに限界を超えた。
翌朝、玉座の間にて。
「女王陛下。スメア・ハーリスは未婚の女の部屋に押し入り狼藉を働こうとしました。そのような男に剣を持たせては、国の恥です。去勢を――お願いします」
ざわめく廷臣たち。だが女王は鋭い目でダイアを見据え、やがて頷いた。
「……認めましょう」
スメアは男としての誇りを失い、国中の笑いものとなった。
スメアのかつての恋人は、今や皇位継承者の許嫁、王太子妃。
彼女は裏でダイアを追い詰めようとしたが、返された言葉は冷ややかだった。
「……あなたがその場で『私が恋人です』と一言いえば、誰も傷つかなかったはずです。なぜ黙っていたのです?」
言葉を失う王太子妃。ダイアの真っ直ぐな糾弾は、彼女の虚勢をあっさりと砕いた。
それでもダイアを孤立させたい者たちは、次々と「求婚者」を送り込んできた。
だが現れた男はみな、既婚者、あるいは愛人を探す卑劣な者ばかり。スメアが復讐のために雇っているとも言われた。
ある夜。
スメアの弟、三男アーシヴァルが現れる。
「兄よりは俺のほうがマシだろう?」
嘲笑を浮かべ、ダイアを押し倒した。
再び憲兵隊が動き、ダイアは「責任を取って結婚してほしい」と訴える。
だがアーシヴァルもまた「彼女がいる」と言い放ち、逃げ腰になる。
「ふざけないで! 未婚女性の部屋に押し入った性犯罪者って、わかってますか!?」
ダイアの声は、宮廷の隅々にまで響き渡った。
結婚を拒んだアーシヴァルは、憲兵隊の判断により性犯罪者として全国に指名手配され、兄同様去勢された。
彼ら兄弟は地位も名誉も失い、国の歴史に汚名を刻んだ。
ダイアはなおも波乱の渦中にいたが、もはや怯えることはなかった。
真実を語り、毅然と立つ――その覚悟こそ、彼女を守る最強の盾になっていた。
また魔道ナッツクラッカー(ver.2,4) が役だったのかもしれない