第3話 内閣総理大臣の憂鬱 消費税8%へ
首相官邸 執務室
「アケミ、前回の減税は一定の成果を上げたようだが、さらに次の一手を考えたい」 総理が腕を組みながら言った。
「総理、経済指標は上向きですが、財務省や一部の経済専門家は財源不足を懸念しています」 アケミが即座に答える。
「しかし、国民の生活は確実に楽になり、内閣支持率も回復しています。この勢いを維持することが重要です」 官房長官が言葉を添える。
「そうだな。では、次の減税に加えて、国内の食料自給率の向上も考えたい。特に、米の減反政策を撤廃し、増産に転じることを検討する」 総理は机の資料を指差した。
「良い判断です。米の生産を増やし、将来的には輸出産業へと発展させることで、日本の農業を経済の柱の一つにできます」 アケミが肯定する。
「加えて、AIロボットを農業に導入すれば、人手不足の解消にもつながります。効率的な農業生産が可能になり、農家の負担も軽減されるでしょう」 官房長官も頷いた。
◆財務省との交渉
数日後、再び財務省との会議が開かれた。
「総理、消費税のさらなる引き下げと米の増産政策は、短期的に財政に大きな影響を与えます。我々の試算では、歳入の減少が避けられません」 財務大臣が警告する。
「だが、経済全体が活性化し、税収の回復が期待できる。前回のガソリン税減税の結果を見ても、明らかに国民の消費行動に変化があった。そして、食料自給率の向上は長期的に日本経済の安定に寄与する」 総理は静かに、しかし確かな口調で言い切った。
「短期的には財政赤字が拡大する可能性が高いのです。国債の発行量も増やさざるを得なくなります」 一人の官僚が補足する。
「財務省はいつも目先の数字しか見ていない。日本の経済を立て直すには、国民の可処分所得を増やし、消費を促進するしかない。さらに、国内農業の生産性を高め、国際競争力を持たせることも重要だ」 総理は表情を崩さずに返した。
「総理の言うとおりです。消費税を引き下げれば、経済の底上げがさらに進み、結果的に税収が増える可能性は十分にあります。米の増産と輸出拡大は、日本の食料安全保障と貿易戦略の一環にもなります」 官房長官も支援の姿勢を崩さなかった。
財務大臣はしばらく沈黙した後、静かにうなずいた。
「総理の決断なら、我々も従うしかない。ただし、財政健全化を維持するために、一定の財政戦略は考えていただきたい」
「もちろんだ。だが、まずは国民の生活を優先する。減税の効果を最大限に引き出し、米の増産による経済的利益を国民に還元する」 総理の声には揺るぎがなかった。
◆国民の反応と新たな試練
減税と米の増産政策の方針が発表されると、国民の反応は大きかった。
「ついに政治が国民のために動き出した!」 「財政赤字が増えるのでは? 未来世代の負担が心配だ」
メディアも賛否両論を報じ、政権の支持率は上昇する一方で、野党や財界の一部からは強い批判が寄せられた。
「総理、この法案を通すには、与党内の調整も必要です。一部の議員は『さらなる減税と農業改革は無謀』と反対しています」 官房長官が進言する。
「政治とは決断の連続だ。ここで引けば、せっかくの経済回復のチャンスを逃してしまう」 総理の眼差しが鋭さを増した。
「国民の理解を得るには、政策の意義を明確に伝える必要があります。記者会見を開き、総理の決意を表明することをおすすめします」 アケミが提案した。
◆記者会見
総理は記者団を前にして、力強く語った。
「国民の皆さん。私は、皆さんの生活を守るため、さらなる消費税の引き下げを決断しました。そして、米の増産を促し、日本の農業を強化します。AIロボットを活用し、農業の効率化を進め、将来的には日本の米を世界に輸出できるようにします」
「この国の未来のために、成長と繁栄を実現する政策を推し進めます」
◆経済成長と出生率の上昇
「最新のデータでは、経済成長率が前年より3.5%上昇し、消費と投資の両方が活発化しています」 アケミが淡々と報告した。
「さらに、食料の安定供給が見込めることで、生活の安心感が増し、出生率も1.34から1.42へと回復傾向を示しています」 官房長官が続ける。
「やはり、減税と生活基盤の安定は、人口増加にもつながるのか」 総理は小さくうなずいた。 「これからも、国民のための政策を進めていく」
その静かな決意は、すぐさま新たな政治の波紋を呼ぶことになる。
◆冒険者ギルド株式会社『虹色の風』ニューヨーク拠点会議室
月明かりの差し込む夜、リリィたちは円卓に集まっていた。中央のモニターにはアケミのアバターが映し出されている。政治アドバイザーAIとして、今回の減税と農業戦略に関する助言を終えたばかりだ。
〇リリィ
「今回もよく頑張ったわね、アケミ」
リリィは優しく微笑みながら、まっすぐ画面を見つめた。
「消費税引き下げに加え、米の増産という一手をセットで提案したのは、非常に良い戦略だったと思うわ。国民の暮らしに安心を与えた」
一転して、やや厳しい口調に変わる。
「でもね、アケミ。『政治は感情の橋でもある』の。記者会見での総理の言葉を補うような、もう一歩踏み込んだ“人間らしい感情への共鳴”があってもよかったかもしれない。政策だけでなく、心も伝えるのが本物の政治アドバイザーよ」
〇ジャック
「理屈としては申し分ない。あの“消費と生産を同時に押し上げる”提案は、実に効率的だった」
ジャックは画面を見つめながら、冷静に言う。
「けどな、会見のタイミングをもう半日早めていたら、もっと強いインパクトを与えられたと思うぜ。それも政治の一部だからな」
〇ガルド
「おう、アケミ。今回のプレゼンは見事だったぜ」
ガルドは豪快に笑いながら、親指を立てる。
〇マーガレット
「アケミ、お疲れさまニャ。すごく、よかったニャ」
マーガレットは両手をぱちぱちと叩いた後、ふわっと笑った。
「未来を動かすのは、いつだって“信じてもらえる言葉”ニャ。次はそれを入れてほしいニャ」
〇教師アケミ(先輩AI)
「よくやった、アケミ」
落ち着いたトーンで、教師アケミが語りかける。
「“正しさ”は導火線にすぎない。爆発するのは、“共感”の火花だ。政治は、言葉の設計ではなく、信念の共有に他ならない」
〇シノブ
「アケミ、あなた、よくやったわ」
シノブは小さくため息をつきながらも、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「でもね、接客の現場では、“一言目”が勝負なの。今回は最初から政策を提示しすぎたわ。たとえば“総理、その決意を尊敬します”って、最初に言ってあげたら?」
〇アケミ
「皆さん、ご指導ありがとうございます」
アケミはゆっくりと頭を下げた。
「“人の心に届く言葉”、それを、次回の助言に活かします」
◆財務省官僚の密談
「また減税か。総理は財政の基本をまるで理解していないようだな」 財務官僚Aが苦い表情を浮かべた。
「米の増産? 笑わせる。そんなもので経済を支えられると本気で思っているのか? 予算の振り分けを誤れば、財政は即座に崩壊する」 財務官僚Bが腕を組んだまま呟く。
「さらに消費税を引き下げるとなれば、国の財源はますます逼迫する。いずれ増税せざるを得なくなるのに、国民は目先の利益に飛びつくだけ……」 財務官僚Cが静かに吐き捨てた。
「ならば、我々が動くしかない」 財務官僚Aが立ち上がる。 「財政赤字の深刻さを大々的にメディアに流し、増税の必要性を訴える世論を作り上げよう」
「また国際金融機関に働きかけて、日本の財政健全化の遅れを指摘する報告書を出させるのも有効だ」 Bが言い、
「少しずつ包囲網を狭めていけば、総理も減税路線を諦めざるを得なくなる」 Cが冷ややかに締めくくった。
◆野党側の反対勢力の会話
「おい、また減税とか言い出しやがったぞ」 野党議員Aがグラスをテーブルに置いて言った。
「クソッ。こんなことされたら、俺たちの『国民の生活が苦しい!』っていう決め台詞が使えなくなるじゃねぇか」 議員Bが声を荒げる。
「しかも、農業支援? AIロボット? ふざけんな、こんなの国民にウケるに決まってるだろ」 議員Cが舌打ちする。
「よし、マスコミと組んで『減税は金持ち優遇』『国の借金が増える』ってキャンペーンを張るぞ。あとは、デモでも仕掛けて『庶民の声』を演出だ」 Aが言い、
「いいなそれ。『食料安全保障が崩壊する』『米の価格が暴落する』って不安を煽れば、バカな国民は簡単に騙される」 Bがニヤリと笑った。
◆マスコミの反対勢力の会話
「減税? ふざけるなよ」 記者Aが煙草を吹かしながら呟いた。 「政府批判が飯のタネなのに、支持率なんか上げられたら困るだろ」
「全くだ。『政府は庶民を苦しめている』ってストーリーで記事を書いてきたのに、減税されたら何を叩けばいいんだ?」 記者Bが苦笑した。
「心配ないさ。『減税は財政を崩壊させる』とか『社会保障が削られる』って書けばいい。不安を煽れば、国民は簡単に流される」 記者Cが肩をすくめる。
「それでいこう。財務省から後押ししてもらえば、減税の流れを潰せる。政府に手柄は取らせない」 Aが指を鳴らした。
そして、新たな攻防の幕が上がろうとしていた。