♡ 夢の中の出来事
蓮が部屋を出て行ったあと、紗英は机に突っ伏したまま、心臓の高鳴りを抑えようとしていた。
「何、あれ……」
蓮の香りや視線、触れた手の感覚がまだ消えない。心臓の音が耳に響き、全身が熱を帯びている。彼の「不思議だよ」という言葉が頭の中で繰り返されるたびに、胸が苦しくなる。
一方、廊下を歩く蓮もまた、胸の内で静かに葛藤していた。寮の静けさが、心のざわめきを一層際立たせる。
「……あんな顔、するなよ。」
紗英が見せた頬を赤らめた表情が頭から離れない。普段の彼女の頑張りや無邪気さとは違う、どこか無防備で柔らかな姿――それを見た瞬間、蓮の心は大きく揺れ動いていた。
彼は自室のドアを開け、ため息をつくようにベッドへ腰を下ろした。頭を後ろに預け、天井を見上げる。
「俺がこんなことで乱されるなんてな……」
だが、乱されているのは紗英も同じだった。夜が更けてもなお、彼の声や視線が離れない。気づけば、いつの間にか指先で自分の手をなぞっている。それは、さっき蓮が触れた場所。
「おかしいよ、私……」
紗英は顔を両手で覆いながらベッドに倒れ込んだ。冷たいシーツが火照った頬を心地よく冷やすが、彼への想いを冷ますことはできない。
その夜、蓮は何度も窓の外を眺めながら、言葉にならない感情を抱え続けた。そして紗英もまた、胸の中で湧き上がる恋心と向き合いながら、眠れぬ夜を過ごすのだった。その夜、紗英はいつの間にか眠りに落ちていた。だが、夢の中でも彼女の心は落ち着かず、いつもとは違う感覚に包まれていた。
(夢の中の紗英)
夜霧が立ち込める広い庭園。そこには白い月明かりが柔らかく降り注ぎ、蓮が立っていた。黒い学ラン姿のまま、いつもより近く感じる彼。
「紗英、来いよ」と、微笑みながら手を差し伸べる蓮に、紗英は言葉を失った。
彼女は自然とその手に触れた。すると、蓮がぐっと手を引き、紗英の腰を支えるように抱き寄せた。
「逃げられないからな」と、低い声で囁かれる。
胸が高鳴る。彼の瞳の奥には、自分だけを映しているかのような深い色があった。紗英は抗えず、蓮の胸に顔をうずめる。彼の鼓動が、彼女の耳に心地よく響いた。
(夢の中の蓮)
一方、蓮の夢にも紗英が現れた。だが、その夢はもっと鮮烈だった。
広い図書室で、紗英が彼のそばに座っている。彼女の髪から漂う石鹸の香りが心をざわつかせる。いつもは強気な彼女が、今は恥じらいがちに蓮を見上げる。
「蓮……」
小さな声で呼ばれた瞬間、蓮の心は一気に揺れた。目の前の彼女は、普段より少し艶めいて見える。思わず紗英の頬に触れると、その柔らかさが手に伝わる。
「こんな顔、俺以外には見せるなよ」
気がつけば蓮は、紗英の耳元で囁いていた。彼女の唇が、わずかに震えているのを感じた。
朝、2人は同時に目を覚ました。お互いの名前を口にしかけて、はっとする。心臓が高鳴る中、それぞれが同じ思いを抱いていた。
「……なんだ、あの夢」
2人はそれぞれの部屋で、赤く染まる頬を隠しながら、昨夜の夢の余韻に浸っていた。