魔導の指輪「カデンツァ」
時は大正時代。華やかな文明開化が進む一方、社会の裏には「魔術士」と呼ばれる人々が密かに存在していた。彼らは魔術を操り、国家や名家に仕える一方で、平民との関わりを禁じられていた。
物語は、魔術士の家系でありながら没落した平民の少女 花村紗英と、華族出身であり魔術界でも名高い一族の御曹司有馬蓮との身分さの恋物語。
大正時代を背景に、今、魔術師たちのバトルとスクールラブの物語が始まる。
「紗英、やめろー!」
有馬蓮の叫びが学院中庭に響いた。
紗英の右手に輝く銀色の指輪。中央の赤い宝石は、脈打つように光を放ち、周囲の空気を歪ませている。彼女の足元から吹き荒れる風は、まるで全てを拒絶するかのように蓮を寄せ付けない。
「蓮……ごめんね。でも、私にはやらなきゃいけないことがあるの」
声は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。
紗英の胸の奥にあるのは、幼い頃から何度も耳にした家族の言葉。
「この指輪は、持つ者が大切なものを守るための力を授ける――」
今ではその言葉が何を意味するのか、痛いほど分かる。自分がこの世界で負うべき役割を。
「私が……この世界を守らなきゃ!」
紗英が叫ぶと、指輪の赤い光が爆発的に輝き、巨大な魔法陣が足元に浮かび上がる。力を暴走させている指輪は、紗英の魔力をどんどん吸い上げ、彼女の体に耐え難い負荷をかけていた。
「紗英! お前の体が壊れる!」
蓮が力いっぱい叫ぶが、紗英は振り返らない。ただ前を見据え、指輪に手を添えたまま、力を解き放つ準備をしていた。
「みんなの未来を……私が守る!」
紗英の叫びとともに、指輪から放たれる力が光となり、学院全体を包み込む。そのまばゆい輝きの中で、蓮はただ叫び続けた。
「紗英ーーーっ!」
【半年前】
夕焼けの空が茜色に染まり、街灯に灯が入り始める頃、花村紗英は小さな骨董店の前で立ち尽くしていた。商店街を行き交う人々のざわめきが、どこか遠いもののように感じられる。店の曇りガラスに映る自分の姿が、やけに心細く見えた。
「これだけで……大丈夫?」
手に握った祖父母の遺品を詰めた風呂敷包み。それが紗英の「家族」の全てだった。両親を病で亡くし、祖父母に育てられたものの、その祖父母も数か月前に相次いで他界した。頼る者を失った紗英の生活は、大正という激動の時代の中で、日に日に限界へと近づいていた。
「私は、何のために生きてるんだろう……」
誰に言うでもなく、つぶやく。十七歳という若さには、背負いきれないほどの孤独がのしかかる。
その時だった。
背後から響いた重厚な声。
「花村紗英さんですね。」
振り返ると、そこに立っていたのは異様な風貌の男だった。黒い陣羽織をまとい、片手には錆びついた鉄扇。まるで時代を超えて現れた武士のような姿だ。
「どちら様ですか……?」
紗英の声には警戒心が滲む。だが男は、動じることなく一歩近づいた。
「私は浅井玄一。君の家に伝わる『指輪』について話しに来た。」
心臓が跳ねた。祖父が大切にしていた、あの指輪。いつも「これは花村家の誇りだ」と言い聞かされていた品。
「どうして……そのことを知っているんですか?」
紗英の手は無意識に帯の中へ伸びる。そこには、祖父から託された銀製の指輪が隠されていた。
浅井は微笑を浮かべ、鉄扇を広げて振るう。すると、周囲の光景が歪み始めた。赤銅色の夕暮れが、淡い青光に染まり、店先には不思議な模様が次々と浮かび上がる。まるでどこか異世界の扉が開いたかのような光景。
「君は選ばれた存在だ。――この国を守るために。」
紗英の目の前に広がる非現実的な光景。それは、彼女の運命が大きく動き出す瞬間だった。