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ライス王国3賢人による会議録

作者: 高杉 涼子

ライス共和国の指針を決める賢人の1人であるジャポニカは、背筋を伸ばす。

丸い机には、ジャポニカの他に2名の賢人が真剣な顔でついていた。


ジャポニカは2人の顔をそれぞれ見つめ、これから始まる重要な局面に向かうために、声を張り上げた。


「それでは、第362回、3賢人による会議を始める」


その声に合わせて、2名もしっかりと頷いたのだった。



ジャポニカが暮らしているライス共和国は、とても豊かな国である。


お米の生産で成り立っているライス共和国は、お米を使った製品を多く生み出し、隣国だけではなく遠くの国とも取引を重ねている。

遠くの国ではまだまだライス共和国のお米の良さを伝えきれてはいないが、少しずつ浸透してきている状態だ。


そんなライス共和国にとって最需要取引相手の1つともいえるのが、隣国のカリー王国である。


もう何百年の前から友好関係を築いており、輸入も輸出もかなりものになってきた。

お互いがお互いを支えながら成り立ってきたと思っていたが、そこに入り込んできたのがブレッド連合国である。

小麦によるパンを主食とするブレッド連合国が、カレーパンならぬものを生み出し、カリー王国に近づいてきたのだ。


そしてついに先日、友好条約を結ぶという情報が入ってきた。

このままでは、主食消費量の主権が脅かされてしまうかもしれない。


ギリギリとした気持ちで、賢人ジャポニカは拳を握る。


「カレーパンは揚げたてこそ脅威だが、冷えてしまえば敵ではないと思っていたのだが」

「民は冷えたカレーパンを食べるときに温め、揚げたてのように食べているようだ。人気を得ているようだな。」


賢人の1人であるインディカが「潜入班からもらった」と言いながら、ごそごそと袋の中からカレーパンを取り出した。

紙に包まれたカレーパンは、確かに冷えている。

インディカは、そこに持参した霧吹きで水分を与え、カレーパンをオーブントースターに突っ込む。


賢人の1人、ジャバニカが目を丸くする。


「…これだけか?」

「そうらしい。揚げたてのようになると聞いた」


1分半ほどで出来上がったカレーパンは、包まれた紙越しでも暖かいのがわかる。

ふっくらした弾力が感じられ、香ばしいカレーの匂いが鼻をつく。


明らかに冷えていたときとは違うパンだ。


「こ、こんなバカな」


ジャポニカの喉がごくりとなった。

3人はそろそろと視線を合わせ「いただきます」と言うや否や、かぶりついた。


「うまっ!」

「外側がカリカリではないか」

「中までで温かく、味もしっかりと感じられるとは」


もしゃもしゃ言いながら、3人そろって見事に完食である。

すっかりと食べきってしまい呆然としたジャバニカがゆっくりと水を飲んだ。


「各家庭で簡単に揚げたてを食べられるとは…誰が気づいたんだ、恐ろしい技だ」

「改めて、ブレッド連合国の本気を感じるな」

「ジャポニカはそう言うが、揚げているということは変わらんだろう。脂っこいものが苦手な民にまで浸透するとは思えんな」


確かに包んで食べた紙はべたついている。

サクサクしてはいるが、苦手な人もいるかもしれない。


それを聞いていたインディカが、ゆるゆると首を振った。


「甘いぞ、2人とも。ブレッド連合国は先日領土を広げたのを忘れたか」

「それは、小麦の生産地の関係だったはずだろう?」

「違う。潜入班によると、これまでとは違う新しい小麦を作っているそうだ」


そう言って、インディカは袋をあさる。

そこから出てきたものは、かなり大きな二等辺三角形の白い物体である。

始めて見る物体に、ジャポニカもジャバニカも思わず目を合わせた。


2人の様子を眺めながら、インディカが頷く。


「これは、ナンだ」

「なん…?」


丸い机にどどんとおかれたナンの存在感に、思わず腰が引ける。

色も全体的に白く、形も少しぼこぼこしており焦げ目もある。


ジャバニカがインディカを見つめる。


「これは、平たいパンではないのか」

「大きく考えるとパンだが、一般的なパンとは違う。チャパティを覚えているか?」

「もちろんだ。かの国でよく食べられている全粒粉を使った発酵させないパンだろう」

「そうだ。ナンはかの国でもよく食べられているパンだが、チャパティとは違い、これは家庭では作ることが出来ない」

「どういうことだ?」

「タンドールという特別な窯が必要になるため、かの国でも外食しないと食べることはないらしい」


つまり、それだけの付加価値があるということだ。


ジャポニカはまじまじとナンを見つめた。

かなり大きいが、1人で完食できるおいしさがあるというのだろうか。


「と、とりあえず試食せねば」

「まぁ、待て、ジャポニカ。まずは温めだ」


インディカが冷えたナンに霧吹きで水をかけ、電子レンジに入れる。

数十秒後、今度はそれにオーブンに入れた。


「なんと良い匂いなのか!」


ジャバニカがうずうずと手を握りしめている。

ジャポニカも、今か今かとオーブンを覗き込んだ。


「よし、出来たぞ」


インディカが取り出したナンは、先ほどの真っ白さから少し色がつき、ふかふかとしている。

膨れて敗れたところから、ほかほかの湯気も感じられる。


「カレーは準備済みだ」


インディカがカレーの入った器を持ってくる。

つん、と鼻をくすぐる匂いがたまらない。


ジャポニカはインディカを見た。


「これは、千切ってカレーをつけるのか?」

「好きに食べればいいだろう」

「独特な匂いがするぞ」


それぞれナンを千切り、カレーをつける。

滴り落ちないように気をつけながら、口に入れた。


「うぅむ、良い!」

「なんというモチモチ感だ。もち米を彷彿とさせるぞ」


ジャバニカとジャポニカが感動に震えている中、インディカがもっさもっさと食べ進める。

大きく千切ったナンを見て、ジャバニカが声をあげた。


「おい、それは大きく取りすぎではないか?」

「これぐらい大きい方が、しっかりと味わえるというものだ」

「ナンは1枚しかないんだぞ。皆のことをもっとよく考えろ」


ぎゃいぎゃい叫び倒すジャパニカを見て、インディカはふっと笑みを漏らす。


「甘いな、お前たち」

「何?」

「これを見ろ!」


インディカが持っていた袋をひっくり返すと、大量のナンか流れ出てきた。

どれもこれもパッケージが違う。

ジャポニカはぽかんと口を開けた。


「な、何だこれは」

「常温のナンだけでもこれだけ売られているのだ!しっかりと試食せねば!」

「お、おぉ……」


え、これ全部?と思わなくもなかったが、隣ですっかりとナンを食べ終わったジャバニカが、早々に袋を開けている。

後ろに書かれた説明書を読みながら、電子レンジを操作している。


「いやはや、ブレッド連合国は恐ろしいな」

「カレー王国とは、それぞれのパンに会うカレーを試作しているようだ」

「レトルトになれば、より家庭にブレッド連合国のパンが行きわたるということか!」


丸い机に大量のナンとカレー。

インディカが持ってきたカレーも、味やら具やらそれぞれが違うので、食べ飽きることもない。

もっしゃもっしゃとナンと食べていたジャポニカは、インディカが持っていた飲み物に目を見開いた。


「……お前、何を飲んでいる?」

「ノンアルコールビールだが」

「会議中だぞ。何を考えているんだ」

「見ろ。アルコール度数0.00%だ。思考力には問題はない」

「そういう問題ではないだろう!」


とは言ったものの、水とお茶しかないこの会議室の中では、インディカが持っている缶がキラキラと輝いて見えてしまう。


カレーとナン。


おいしさに包まれた今、その輝きから目を離せないジャポニカを見て、インディカがふん、と笑う。


「仕方がない、どれが飲みたいんだ?」


机の下から、缶が出てくる。

どれもノンアルコールビールである。


ジャポニカは、小さな声で指を指した。


「……左から2つ目。白いヤツ」

「はっは。大丈夫だ、アルコールは0.00%だからな」

「インディカ。こちらにもその金色の缶をもらえるか?」

「ジャバニカは、このメーカーのビールが好きだな」


3人で缶をあけ「かんぱーい」と高らかに宣言し、ぐいぐいと飲み進める。

カレーのスパイシーさの後だと、下に少し響く苦さが染み渡る。


やっぱり、おいしさは無敵だ。


軽く宴会に見えなくもない状態の中、ジャポニカが机を見渡した。


「すっかり食べきってしまったな」

「お腹がいっぱいというヤツだ」


ジャバニカがうむと頷いた。

お腹はパンパンで満足すぎるし、やり切った感も半端ない。


机の上を片付けながら、インディカが顔をあげた。


「では、1時間の昼寝の後に会議再開としようではないか」


素晴らしい提案だ、と賢人2人は頷き立ち上がる。


しっかりと食べて、しっかりと寝て。

今日もとても意義のある会議になりそうだ。

お読みいただき、ありがとうございました。

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