10 身元 ♢
ジェームスに呼ばれて玄関のホールへ出向くと、そこには眼鏡をかけたブロンドの髪の男性がいた。服装からすると旅人のようで、ややタレがちな瞳は人懐っこそうな顔をしている。
「私達にご用ということですが、どちら様でしょうか」
ここに客人がくるなんて珍しい。とにかく失礼のないように微笑みながらお辞儀をすると、相手もにっこりと会釈をした。
「はじめまして、デイリンハイム王国のお嬢さん。そして、お久しぶりですね、アル」
そう言ってアルを見つめる。だけどアルは誰かわからないという顔で相手を見た。
「まぁ、その様子だとやはりわかってなさそうだ。これならどうでしょう」
眼鏡を外してパチン!と指を鳴らすと、その人の髪の毛が一瞬で灰色に変わった。
「それは一体……うっ!」
突然アルが頭を抱える。
「どうしたのアル!?大丈夫?!あなた、何者なのですか?アルに何をしたのです?!」
慌てて問い詰めると、その人は微笑んだままでこう言った。
「きっと記憶が錯乱しているだけでしょう。早く思い出してくださいよ、アルフォンス王子」
客間でアルと私、そして不思議な客人がテーブルを挟んで座っている。
「先程のお話ですが、一体どういうことでしょうか」
まだ頭痛の残るであろうアルは顰め面をして客人を睨みながら何かを思い出そうとしているので、代わりに質問をする。
「申し遅れました。私は隣国であるティムール王国の第二王子側近・シャルドと申します」
「シャルド……」
その名前を聞いたアルがぽつりと呟く。
「そして、そちらの方がその第二王子であるアルフォンス様です」
アルを見ながらにっこりと笑うシャルド様。
まさか、アルが隣国の第二王子?!あまりに信じられない話でどう反応したらいいのかわからない。
「冗談だろ。俺がそんな人間だなんて。記憶が無いことを理由にでっちあげて騙そうとしているんじゃないのか」
片手で頭をおさえながら、アルは苦々しい顔でシャルド様に言う。
「信じられないのも無理はないでしょう。ですがまぁ、そちらの御仁はなんとなくわかってたようですが」
チラ、とジェームスを見る。
「ジェームス、そうなの?!」
「お嬢様がアル様と出会われた時、アル様の身に着けていた剣に小さくではありますがティムール王国の紋章がありました。身なりも旅人ではありながら召しているものが上質なものばかりでしたので。
そちらのシャルド様も同様に上質なお召し物を着ておりますし、紋章もはっきりとご提示されました。ただ、さすがにアル様が第二王子とは思いもよりませんでしたが」
そう言うとジェームスはアルの前に跪く。
「知らなかったとはいえ、アル様を執事補佐そして護衛騎士として扱うなどと失礼なことをいたしました。申し訳ございません」
深々と頭を下げるジェームスだが、アルはまだ混乱しているみたい。私だってもちろん混乱している。
「い、いや待ってくれ。そんなこと言われても突然すぎてわけがわからない」




