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仄暗い朝

作者: ここるる

 自分以外みんな死んでしまえばいいと思ったことが、何度かある。今朝も、そう思っていた。だから、テレビで死体遺棄のニュースが流れた時に、わざと声をたてて笑った。わざと。

 もう、死んでやろうかしら、と思ったことが、何度かある。今も、そう思っている。だからこうして、寒空の広がる簡素な屋上に向かって、変な住民の多いマンションの階段を、一歩一歩、一段一段、ぼんやりとした足取りでのぼっている。

 そういえば、裸足だ。だから足が冷たかったのか、とため息が漏れる。そのあと変な気持ちになって、一人で笑う。で、泣く。まただ。また涙がとまらない。まったくもう。私はどうしてしまったのだろうか。何におびえて、何がそんなに不満なのだろうか。あるいはどうもしていないのだろうか。人間みんな、一人の時はこんなものなのだろうか。どうでもいいや。本当に。

 屋上、遠いなあ、と先に続く階段を見上げる。体力がないから、へたり込みそうになる。小石か何かを踏んづけてしまったのか、足の指の間から少し血が流れている。また、涙がそうになる。

 私の人生で死に触れた経験なんていうのは、昔、祖父が飼っていたなんとかって名前の家猫が死んだことくらいで、ほかはない。その日はお正月で、早朝から訃報を受けて家族で祖父の家に向かった。小さな棺桶に寝かされていた猫は、死んでんだか寝てんだかわからなかった。結局みんな、毎日あたりまえに眠るみたいに、毎生涯あたりまえに死んでいくんだなあと思えて、目の前の死が、急に身近なものに感じられた。そんなことよりも、お正月の予定が一日つぶれたことが気に食わなくて、それを母に伝え、叱られた。そのことの方が、猫の死よりもずっと重要に感じられた。

 もう登れない。足が痛むので、屋上に行くことを諦め、私は階段の踊り場に出た。白と青と灰色のくすんだ住宅街が、眼下に広がる。7、8階くらいかな。まあ、十分だ。何かに惹きつけられるように、私はそこから身を乗り出した。

 飛び降り自殺なんていうけれど、実際私は、これから飛び立とうとしているのだ。一度失敗して地に落ちても、そこからすぐに、このマンションの屋上よりもずっと高いところに行けるのだから、これは飛び降りではなく、飛び立ち自殺だ。

 私は飛んだ。

 たぶん、人類で初めて。

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