炎上系、火の魔法使い
よし、今日も稼ぐぞ。
さわやかな朝の光、冷たく澄んだ空気。
谷底の町から見上げる空は真っすぐで、青い。
まだ人通りも少ない早朝、広場の端っこに座り、商売の準備を整える。
『痛み屋 ~痛みを引き取ります~』
看板よし、椅子もリュックも配置よし。
「ミーミルはそこね」
『チユに何かあったらボクが守るからね』
「はいはい、期待してる」
今日の指定席は馬屋の近く。広場を取り仕切る衛兵さんが昨日よりもよい場所を確保してくれた。
ここならミーミルの近くで商売ができる。イザとなったらミーミルに跨ってすぐに逃げることも。
と、冗談はさておき。
昨日は久しぶりに美味しいご飯を食べた。宿も快適だったしお風呂にも入れて、ぐっすり眠ることができた。
でも夢見は微妙だった。誰かをビシビシ鞭打つ、妙な高ぶりを思い出す。久しぶりに誰かと話をしたせいで、興奮したのかも。
そう、魔女のエクスリル。ちょっと変わった同業者の魔女さん。人生の経験値が高そうで、悪い人ではなさそうだった。
彼女もこの町でもうしばらく稼ぐと言っていた。表通りや広場に姿を見せないのは、裏路地のほうが居心地がいいからかもしれない。
私も負けないように稼がなきゃ。
「痛みをとってくれるのかい?」
「はい。いらっしゃいませ」
早速のお客さん。年老いた商人で、なんだか疲れた様子。
「この年になると全身が痛むんじゃ。薬は高くてね、魔法で何とかなるかいね」
「痛みは消せますが、根本的には治せません。それでもよければ」
「今日明日、大事な取引先を回らなきゃならんのでね。その間だけでも」
「わかりました」
私は魔法で痛みを受け取った。全身の関節がギシギシと痛み動かせない。辛さに言葉を失う。
商人さんは喜んでくれたけれど、こんな苦痛を背負ってまで仕事をしているなんて……。
それからの商売はすこぶる順調だった。
傷の痛みや肩凝り、腰痛、筋肉疲労。軽いものばかりで助かった。
昨日『肉土竜亭』でもらったソーセージと屋台で買った揚げパンで昼休み。一休みしていると、大柄な女の人が近づいてきた。
「やぁ! ここだったのね!」
「リューズさん」
夕べの『肉土竜亭』の元気な店員さん。
赤みがかったブロンド色の髪を今日は緩やかに下ろしている。服装は白いブラウスに厚手のベスト。膝下までのスカート。民族衣裳らしい刺繍がかわいい。
「『痛み屋』で痛みをとってもらったって、ウチに来たお客さんが話してたよ! 評判いいね、チユは」
「うれしいです。来てくれたんですね」
「あぁ! ちょっとツレを診てほしくて」
「お連れ……さん?」
気づかなかった。大柄なリューズさんの背後に小柄な男の人がいた。土色のマントに黒いとんがり帽子。顔や腕に白い包帯がグルグルに巻かれている。
魔法使いだ。
マントに魔法が仕込まれている。人目を避ける、一種の視線封じ。だから気づかなかったんだ。
「はじめまして、シュシオです」
ぺこりと頭を下げた。拍子抜けするほど礼儀正しくて、意外なほど若い声。包帯で目と口しか出ていないけれど、私と同じぐらいの年かもしれない。
「どうも『痛み屋』のチユです」
思わずこちらもペコリとお辞儀をする。
「あたしの昔の冒険仲間さ。魔法使いなんだ!」
「冒険でお怪我を?」
討伐クエストで負傷したのだろうか。
包帯の隙間から見える皮膚は赤く爛れている。火傷の傷だ。治癒の途中なのか、みるからに痛そう。
炎を吐く魔獣なんてこのあたりにはいないはず。まさか炎を操る悪の魔法使いと戦ったとか?
「まぁ冒険の最中に事故……というか。痛てて」
シュシオさんは頭をかこうとして痛がった。
「見ての通り全身火傷を負っちまってね。傷はギルドの保険に入っていたおげで治癒師に治してもらったんだけど……」
「あいつインチキ治癒師でさ! 薄皮だけ治すヤツだったんだよ……痛てて」
憤慨するけれど痛みからか、後半になると声が小さくなる。
他人のことはとやかく言えないけれど、治癒師にもいろいろいるからね。
私はあくまでも痛み消しの専門店です。
「それは気の毒に」
「火傷の傷はだいぶいいけど、痛みが取れないみたいでさ。なんとかならないかな?」
「身体の内側が痛くて。こまってるんだ」
あっけらかんと言うけれど、みたところ全身火だるまにでもなったとしか思えない。普通なら重症というか、よく生きていたなと思う。
「むしろ痛みだけを消せます」
私もそこは自信がある。
「よかった! シュシオ診てもらいなよ!」
「お願いします、お代は弾みますから」
じゃらじゃらを腰に提げた財布を揺らす。お金持ちらしい。銀貨十枚ぐらいもらってもバチはあたらないかもね。
「あの、そのまえに。シュシオさんは何系統の魔法を使われるのですか?」
一応聞いておかないと。相性が悪い魔法もある。
「僕は炎の魔法使いです」
「えっ、すごい」
私は驚いた。エリートだ。
炎の魔法使い。それは一流の、王宮魔法使いや、王国騎士団にいるような最上位の魔法使いに分類される。たまに王宮を追放されて野に下った魔法使いがいるけれど、もしかして……。
「あーその、シュシオは、炎はすごいけど、射程が短いというか……効果が」
なんだかリューズさんの歯切れが悪い。同じ冒険者仲間として知っているはずなのに。
「別にいいよ。僕の炎の魔法は『接触火焔』といって、直接手で触れたものを燃やす魔法なんだ」
「それって……」
使いにくくないですか? と言いかけて口をつぐむ。
魔獣と戦うとき直接触れなきゃならないの?
え、それってヤバくない?
「姿を隠して近づいて、タッチして炎上! ってのがこいつの基本戦術だったんだよな!」
ばんっと背中を叩くとシュシオさんは痛い、と悲鳴をあげた。
火焔魔法使いにもいろいろいるのね。
王宮にいる一流魔法使いは、火焔弾を放ったり、炎の矢を撃ちまくったりするけれど。
「近接戦闘が得意な炎の魔法使いは、世界広しといえども僕くらいですからね!」
「笑ってあげて」
そんな魔法使いは真っ先に死ぬから。ということなのだろう。
「あ……はは。でもなんで全身火傷を?」
すると、シュシオさんは誇らしげに胸を張る。
「相手に逃げられると、魔法が僕自身を燃やすんです」
「え、えぇ…………」
ひどい。
自爆系というか炎上系だ。
そんな炎の魔法って、初めて聞いた。
「そういうわけでさ、前回の魔獣討伐クエストでしくじって炎上……したんだよな!」
「あはは、そういうわけです」
笑い事じゃない、そのうち死ぬよ。
「とにかく……痛みは頂きますね」
私は彼の痛みをとってあげた。
全身を焼き尽くす激痛に、私はその場に崩れ落ちた。焼き殺される痛み。これは……キツイの頂きました。
「すごいや! 痛くなくなった!」
「喜んでもらえて良かったです」
今日はもう店じまいにしよう。
なんかもう疲れた。全身が焼かれた痛みが幻覚のように残っている。
「そうだチユ、今度、僕とクエストにいかない?」
「お断りします」
「稼げるのに」
「……」
ちょっと心が揺れた。
<つづく>




