相席までは良いけれど
「へいおまち、おまかせ定食!」
威勢のいいお姉さんが料理をテーブルに置いた。
「おおきい……」
私は驚いた。ワンプレートのディナーに、フリードリンク一杯ついて銀貨一枚。相場よりかなり安いのにこのボリューム。
肉料理が自慢という『肉土竜亭』は大にぎわい。ここは谷間の町ユグカウンダの西壁の店。昼間に目を付けておいて正解だった。
「ウチはボリュームが自慢だからね! 持ち帰りもできるよ!」
「ありがとう」
肉の焼けた匂いが食欲をそそる。ここ最近、保存食しか食べていなかったのでなおさらだ。
骨付きのリブロースが五切れ、それに極太のソーセージ。どちらも「大土竜」の肉らしい。他には固焼きのパンが二つに蒸かし芋、野菜の酢漬け。おまけにドリンクは果汁の微発酵酒。腐敗防止に発酵させたもので酒精は微量。
とにかくボリューム満点、とても美味しそう。食べきれるかな?
「魔女さんはひとり旅かい? いいね、アタイもここを出てまた旅をしたいよ」
「もと冒険者さん?」
「まぁね。あ、いらっしゃいませ! ゆっくりしていってね」
赤毛の髪をお下げにしたお姉さんは、早口でまくしたてると、新たに来店した客さんを迎えにいった。
お店の給仕さんは他にもいるけれど、彼女はひときわ大柄だ。腕が太く胸も大きく。元女戦士といった風体で、料理を運んできた腕に古傷が見えた。
「いただきます」
まずは大土竜のソーセージを一口。
パリッとした外側、中から香辛料の効いた肉汁がじゅわっとあふれ出した。独特の土臭さがあるけれど、これは結構好き。
町を出て南へ下った湿地帯に、魔獣『大土竜』や『デスワーム』が生息するらしい。討伐と肉目的で赴く冒険者たちのギルドもある。
身体が肉の滋養を吸収して喜んでいる。
「おいしい」
美味い、最高。
オープンスペースの駐馬場では、竜馬ミーミルが「大土竜の骨付き肉」を美味しそうにかじっている。
『骨付き肉だ嬉しいな! でも土臭い……でも美味しい……』
そんな様子を遠目に眺めつつ、食べまくる。
メニューの安さもさることながら、店の雰囲気も良い。常連客らしき服装の地元の人が半分、他は私と同じような旅装束の人や、冒険者風の一団が何組か食事を取っている。
エール酒のお代わりを頼む声が響き、店員さんは大忙し。酔いが回るにつれ、酒癖の悪いお客さんもいるだろうから、食べたら退散しよう。
谷底の町は徐々に日が暮れて、町角に魔石のランプが灯ってゆく。店の半分は岩窟をくり貫いたもの、半分は道に突き出したオープンテラス形式で、魔石ランプの炎があちこちで揺れている。
夜風が心地よい。
「ごめんお客さん! 相席お願いできるかな!?」
さっきの元気な女性店員が戻ってきた。
相席? 正直嫌だったけど店は混んでいるしもう半分ほど食べ終えたところ。
「構いませんよ」
「よかった! さっ、こちらへどうぞ」
「あら、かわいい魔女さん」
げっ。
ゆらりと現れ対面の椅子に腰かけたのは、昼間見かけた『痛み屋』の魔女だった。
名前はたしかエクスリル。
痛みを快感に変えるヤバイ魔法の使い手だ。
「どうも」
「ご注文は? 同じものね! ドリンクは……エール酒っと。少々お待ちくださいね!」
店員さんは、彼女から手早く注文を取る。
「相席ありがとう。あとでサービスするから!」
パキパキとした口調で告げると、次のテーブルへ。現場を取り仕切るリーダー気質、私には出来ないなぁと感心する。
気がつくと周囲のテーブルにいた客たちが、物珍しげに私たちをチラ見していた。
魔女が二人向かい合って座っていれば、誰だって気になるかも。気安く声をかけられないのは助かるけれど……。
「うふふ、昼間あなたをみかけたわ」
机にひじをつき、すこし前屈みで話しかけてきた。大人の色気を感じ、私は少しうろたえた。
「あっあれは、たまたま通りかかって」
うぅ、何か話さなきゃダメか。
魔女がみんなコミュ力高めで明るい……なんて思っているの? 誰ともしゃべりたくない、私みたいな人だっているんですけど。
「あたしは『痛み屋』のエクスリル。って看板に書いてたわね」
「はい、拝見してました。私はチユ。じつは『痛み屋』なので、それで気になって」
私にしては頑張ったほうの自己紹介。
「まぁ!? そうなの、嬉しい。同業者で同じ魔法属性だなんて偶然ね」
本当に嬉しいのか、商売の邪魔をするなよテメー、と思っているのかはわからない。相手の思考を考え出すと返答が遅れてしまう。
あまり話すべきじゃないのに、話の流れで手の内を明かしてしまう。
「でも『痛みを取るだけ』なんですけど」
「少し効果は違うのね? でも人それぞれよ。同じようなものじゃないかしら」
いやいや一緒にしないで。
「そうですかね」
「痛み屋同士、運命の巡り合わせね」
それなりに喜んでいるみたい。まぁギスギスするよりはいいかな。
「まぁ」
「飲めるならおごるわよ」
「お酒はまだ」
「あら若いのね。うふふ……」
当たり障りのない会話が続く。
白い肌、長い髪は緑がかったグレー。
顔は面長で、美人……の範疇だろうか。大人のセクシーさを感じる。目は閉じているみたいに細いけれど、目蓋の隙間から、魔力混じりの緑の瞳がじっとこちらを見つめている。
「お待たセー、おすすめ定食ですヨ!」
別の店員さんが運んできた。少し亜人の血が混じった子。耳が尖っていて顔つきも猫みたいで可愛い。
「ありがとう、じゃぁ乾杯しましょ」
「か、乾杯」
ジョッキをぶつける。彼女はごくごくとエール酒を飲んだ。そしてしばし食事を続けながら、あれやこれや。ぽつぽつと会話を交わす。
どこからきたのか、どこへ行くのか。
わかったのはお互いに似たようなものだということ。旅をしていて、町から町へと出会いと別れを繰り返す。
「だって世界はじきに終わるんですもの」
ムーンフォール。
賢者たちが予言する「青き月の落下」がいつなのか、本当は誰もわからない。
同じ生活を続ける人、私や彼女のように旅に出てしまう人。いろんな人がいる。月さえも撃ち砕いてやると息巻く国もあったりする。
「途中でクビにされちゃって、仕方なく流しの魔女なのよ」
エクスリルさんは冒険者パーティを追放されたのだとか。理由は……なんとなくわかる気もする。
「あたしを追放したパーティはね、そのあと壊滅しちゃったらしいけど……ウフフ」
「そうなんですか」
「治療って嘘ついたわけじゃないのに」
「わかりますそれ。よく同じこと言われます」
「でしょ!? 説明したのに、痛くて聞いてなかったって」
私も思わず笑う。
話しているうちにわかったのは、どうやら彼女は魔法で痛みを快楽に変えることは出来ても、私のように「蓄積」するスキルでは無いということ。
私の『痛み箱』は珍しいのかも。
「あたしはねぇ、痛みを快楽に変えるの。だけど深い痛みは、その身を滅ぼす……」
三杯目のエール酒。そろそろ帰りたいけれど酔いが回ってきたのか、話が続く。
黒い聖職者という表現が正しいかわからないけれど、まるで葬儀の参列者を思わせる不穏な着こなし。ロングスカートに黒の上着。テーブルについた腕の袖口から白いレースがはみ出している。
「それはそうかもですね」
「溺れると……身を滅ぼすの」
紅を注した唇がほころぶ。
「……」
痛覚を快楽に変えたら、肉体はボロボロになる。
治癒しない、という意味では同じだけど、悪い副作用そのものだ。実際、昼間の男は痛めた足首を更に痛めてまで快楽を追求しはじめていた。
可笑しそうに語るのはどうかと思う。
酔っているのか、このひとがどうかしているのか。
「私自身が痛いの好きだから、それでお金も貰えるんだからいいのよね」
「そろそろ帰ります」
肘をついた手首には無数のリストカット、あるいは縛られて傷ついた痕が見える。白いレースのヒラヒは首筋や手首を隠すためのものらしい。
立ち上がるまえに、手首を掴まれた。
「……チユちゃん、何か隠してるでしょ?」
「別になにも」
「痛みのスキル、消した痛みはどこへいくの……? 自分が受けとるの? だったらその痛み……快楽に変えてあげようか」
妖しい目付きで、唇のはしを舌先で嘗める。
「いらないです」
びっと手を振りほどく。
魔法耐性はあるけれど、あんな痛覚を快楽に変える魔法をくらったら……。
考えただけでも気が変になりそう。
「もー、冗談よ。ねぇチユちゃん、今夜泊まるところはあるの? そこにお宿とってあるから、あたしといかない?」
「いきません」
「大丈夫、ほんとに大丈夫だから! ね? あたしをぎゅって縛って、強くムチで打ってくれるだけでいいから……!」
目が途中からマジだった。血走った目で必死に私を引き留めようとする。ヤバすぎる。どんなプレイを要求してくるの。パーティ追放の原因ってこっちじゃないの?
「いいい……いいです、結構です」
私は席から逃げた。
「お帰りかい! じゃぁこれ!」
元女戦士の店員さんが包みをくれた。
「これは?」
「ウチの名物、大土竜のソーセージさ! 保存もきくからもってきな」
「そんな」
「いいからいいから」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。そして、
「あの、あした広場で『痛み屋』をやってますので、どこか痛いところがあれば……サービスしますから」
「ホントかい!? 嬉しいよ、またあとでね! あ、アタイはリューズってんだ」
私は店を後にして、見つけた宿でシャワーを浴びて眠りについた。
その夜はちょっとだけ悪夢を見た。
誰かを縛ってムチ打つ夢は、なぜだかちょっとだけ気持ちよかった。
<つづく>




