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同業者と呼ばないで

 私は慎重に路地裏を進む。

 奥に行くにつれ次第に人の声は遠ざかり、暗く怪しげな雰囲気が色濃さを増す。

 振り返ると広場は明るい光に満ち溢れ、楽しそうに買い物を楽しむ人々が多く行き交っている。

 露店では東西の珍しい品々、武器や防具に、様々なアイテムが売られ、山積みの食料品や香辛料、日用品にアクセサリーと眺めているだけで楽しかった。


 けれど一歩こうして路地裏に足を踏み入れると、雰囲気はガラリと変わる。谷底の町ユグカウンダの深淵(アビス)、ダンジョンに迷い込んでしまった気分だ。


「よぉ……姉ちゃん、幾ら……痛ッ!?」

 行く手を阻んだ不審者は、急に腹が痛くなったらしい。お大事に。


 路地の所々には商売をする人がちらほら見えた。板切れや布を広げて商品を並べている。

 正体不明の薬草を売っている盲目の老婆、謎の液体入りの瓶詰めを並べているボロボロの男。

 路地の奥に行くほど、売っている人も物も怪しさを増してゆく。


「誰かを呪いたくはないかね?」

 暗がりから不意に声をかけてきたのは、老魔法使いだった。

 枯れ木のような手に、ねじれた杖を持っている。伸び放題の白髪の奥で歯の無い唇がわななく。

「別に」

「……おまえさん魔女だね。わかるよ、魔力を隠しても無駄じゃ。こんな場所にいるのは、落ちぶれた同業者じゃ、イヒヒヒ……」

 闇の奥で瞳が怪しく光る。

 言葉を交わすことさえ無駄だ。


 ムッとしながら足早に去る。


 同業者なんて呼ばないで。

 私は少なくとも誰かを助けている。

 呪いを売るお前らとは違うんだ。


「そっか」

 そこで腑に落ちる。どうやら私は、深淵(アビス)の入り口で商売をさせてもらっていたらしい。日常と非日常の境目は商売するにはちょうどいい場所だった。

 優しい衛兵さん、ありがとう。


 やがてT字路に突き当たる。

 見上げると断崖絶壁が迫っている。どうやら町の西側の断崖だ。

 左右を見回すと、意外にも住人たちの生活感のある場所だった。子供達が駆け回り、女たちが食事の準備をしている。

「なんだ」

 ほっとしつつ、岩壁に張り付くように並んだ家々を眺めながら歩いてみる。

 岩壁のあちこちから水が染み出て水路を作り、飲み水と生活用水を賄っていることに驚いた。植物がわずかな光で育ち、水路には魚もいた。

「宿もあるんだ」

 石積みの二階建ての建物には看板があり、手書きの料金表があった。一泊銀貨二枚。表通りの広場にあった宿の相場は銀貨五枚なので半額以下。

 裏路地が怪しいことを我慢すれば、旅慣れている人ならこっちを選ぶだろう。

 食堂と酒場もあった。オープンテラス形式で布の屋根が庇のように覆っている。荷運びや旅の護衛業者など労働者が多い。ちらっと見た感じだと、ボリュームがあり安くて美味しそうだった。

 驚いたのは馬や牛が繋がれていたこと。

 向こうから牛車がきた。どうやら町の中央広場を迂回して、断崖絶壁沿いの道を進めば乗り入れが出来るらしい。

「最初からこっちに来ればよかった」

 あとでミーミルをつれてこよう。


 すると向こうに人だかりが見えた。

 近づいてみると、魔女が壁を背に椅子に腰かけ商売をしている。脇には立て看板。


『痛み屋 ~痛みを快楽に~ 魔女エクスリル』


 同業者の魔女だ。

 衛兵さんが言っていたのはこの人だ。同じ『痛み屋』の看板を掲げているのだから。


 十人ほどの男たちと近所の奥さまたちが取り囲み、商売の様子を眺めている。

 私もそっと輪に加わる。商売の邪魔をしに来たのかと、余計な揉め事は起こしたくない。

 さっそくお客さんの相手をしている。

「なぁ魔女さんよ、なんとかしてくれるんだろ? 痛ぇんだよ、これじゃ……荷物が運べねぇ」

 禿げ頭の大男が泣き言を言っていた。魔女の前に置かれた椅子に腰かけると、足首を指差す。

 足首が遠目からでも赤く腫れ上がっている。


「あらまぁ……これは痛そうね……」

「足を挫いちまった、チキショウ」

「それはそれは……さぞお辛いでしょう」

 痛み屋の魔女は、私より年上にみえた。


 不思議な印象で、相手の心に入り込むような同情と哀れみを感じさせるゆっくりとした口調。

 眼差しは相手を見ているようで見ていない。

 肌は白く、細面(ほそおもて)。長い(まつげ)に縁取られた目は笑っているのか細く閉じられている。

 服装は真っ黒で、司祭様や聖職者が身に着ける服を思わせた。スカートの丈は膝下までを覆い、袖口や裾にはヒラヒラした白いレースがあしらわれている。

 

 白い指先で大男の太ももに触れる。

「なぁ、治せるんだろ? アンタ痛みを取る魔女なんだろ?」

「えぇ、そうですわ」

 (えり)のついたドレスの肩には、緑がかった灰色のロングヘアがさらさらと流れ落ちる。

「薬師から買った薬は効きやしねぇ……! 魔法でなんとかしてくれよ」

「えぇ……できますとも。痛みを快楽に変えることで苦しみから解き放たれるでしょう……。お代は銀貨三枚です」


 ちょっと高め。

 しかも痛みを快楽に変える? 

 怪しい。そういう魔法スキルもあるだろうけれど、副作用は? 効果はずっと続くのかな?

 説明がいろいろ抜け落ちているのが気になった。

 禿げた大男は渋々ながら銀貨三枚を払う。すると魔女が前屈みになり、男の右の足首に手を添えた。


 白い手首に無数の傷。装飾品でごまかしているけれど、かなりの数だ。


「罪の対価たる痛みよ、汝に祝福をもたらさん」

 魔法の波動が感じ取れた。


 周囲の人々も固唾を飲んで見守っている。ものの五秒ほどで魔女は手を離す。

「終わりました」


「お……おぉ……? あれ、ほんとだ、い、痛くねぇ……!」

 痛みを消すのは本当だった。

 だけど赤く腫れた足首は明らかにそのまま。治癒のできない私と同系統のスキルで間違いない。


 大男はゆっくりと椅子から立ち上がる。そして足首を地面に押し付けるように体重をかける。すると妙な顔つきになった。

「いっ……いい……? あっ……? な、なんだこれ……気持ち……きもちいい……!」

 人垣からどよめきが起こる。


「でしょう? 気持ちいい魔法の効果は一日ほど続きますから。また痛くなったら来てくださいね」

 男は魔女の声などもう耳に入らない様子だ。

 足をぐいぐいと不自然なまでに地面に押し付けて、鼻息を荒くし始めている。

「はぁ、はぁッ……! あぁいい、これ、なんだ、き……気持ちいいッ、うっ……うほぅううっ! はっ、ああっ……おおぅ……!」

 段々と激しく、狂ったように足首に力をこめている。見ている方が痛くなるほどに赤みが増す。

「お、おいダルド、大丈夫か?」

 隣で見ていた男の人が声をかけた。友達か同僚だろうか。心配そうな友人の声に大男が振り返る。けれどその瞳は虚ろで視点も定まっていない。

「はぁはぁ? ンッ……! ウホウッホォオオッ……! イグッ、いぐぅううッ……!」

 完全に恍惚とした表情で叫びだすと、その場で激しく足踏み。ビクビクっと身体を震わせると大男はその場から駆け出してしまった。妙なことをわめきちらし、後ろを友人か慌てて追いかける。

「お、おいっ! まてったら!」


 人垣にざわめきがひろがる。

「ちょっとヤバくね?」

「怪我は治ったんだろうけど……」

「ちょっと怖いわ」

「でも痛みが取れるなら……」


 いや、ヤバすぎでしょ。

 痛みを快感と誤認させる魔法。それは使い方次第だけど、あれじゃ傷を更に悪化させてしまう。


「……うふふ、へいきですよぉ。あんなに元気になれるんです。軽い怪我や痛みなら、ちょっ……と気持ち良くなるだけですから、どなたでも安心ですよ……」

 にこっと微笑みながら視線を巡らせる。

 私と目があった。

 気づかれた。

 魔女同士、魔法の気配には敏感だ。

 一歩下がると、私の目の前にいた若い男の人が、魔女の方に踏み出した。


「あの、次は僕に魔法を……」

「えぇ良いですとも。どうしたのかしら?」

「お尻が少し……痛くて」

「まぁ!? 痔かしら、それとも……」


 私は静かにその場を立ち去った。


 同業者なんて呼んでほしくない。

 けれど、私の魔法も似たり寄ったりなのかも……。そう考えたら深いため息が出た。


 背後から、聞くに堪えない嬌声(きょうせい)が聞こえてきた。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回は色々考えさせられる回ですね。 >日常と非日常の境目は ここを読んで、これ魔術の本質を突いた一文かもしれない、等と感じてしまいました。 その後、件の魔女(エクスリル)との対決になるかと…
[良い点] 同業者は年上のお姉さんでしたか。 予想はしていましたが、痛みを快楽に変えるとは、ヤバいスキルの持ち主でしたね。 [気になる点] 誤字・脱字等の報告 十一件報告しました。
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