古き秘密の魔法
「じゃ、何かあったら呼べよ」
「ありがとレイくん」
お宿のお部屋は狭いけど綺麗で清潔だった。
小さな窓を押し開けると、森の中に家々が点在する風景が広がっている。小鳥のさえずり、心地よい風と森の匂い。秘密の国クエスティオは、特に何も無い田舎という感じ。
メス竜馬たちの嘶きも静かになったみたい。ミーミルも落ち着いて休めるといいな。
夕飯はなんと部屋食だった。
「うち自慢の森のシチューとハンバーグ定食!」
「あっ、ありがとうございます」
女王陛下が運んできて下さったことに恐縮する。
肉と野菜を煮込んだシチュー、焼きたてのパンにチーズ。そしてメインは挽き肉を焼き固めたハンバーグと実に豪華。流石は王宮の宿だわ。これで銀貨八枚は超お得。
「美味しそう! ちなみにこれ何のお肉ですか?」
「それは秘密だよ、ふふふ」
女王陛下は意味ありげな笑みを浮かべ去っていった。
「……」
いや、そこは謎にしなくてもよくない!?
まるで竜馬が静かになったのが伏線みたいになっちゃうじゃん。一気にサスペンスホラーだよ。
「あ、美味しい」
とはいえハンバーグを食べてみると、今まで食べたこともないくらい美味しかった。
柔らかくてジューシーで風味豊か。牛も羊も飼ってないのに何の肉かしら?
なんとなく魔法の波動で呼び掛けてみる。
『チユー、三人とお友だちになった。ウサギと大きなカエルのお肉、美味しいよ』
ミーミルが楽しげに応答してくれたのでホッとする。肉……いや考えるのはよそう。
「お客人よ、お風呂が沸いたぞい」
「あ、国王陛下」
薪で沸かすお風呂を用意していたのは国王陛下だった。真鍮製の釜が外にありそこで薪を燃やす。国王陛下がフーフー竹筒で息を吹き込んで火力を調整するというのはなんともはや。
「お客人や、お湯加減はいかがかのぅ?」
お風呂場の窓の隙間から国王陛下が覗き込んできた。悲鳴をあげそうになるけど湯船で身を隠す。
「ちょ、丁度いいです」
「そうかのー? なんなら背中も流すぞい」
「いっ」
いらないわよ、やべぇエロ国王だ!?
と、その時だった。
「コラお前さん! 店番はどうしたッ!? ここはレイに任せろっていっただろこのトンチキ!」
「すっすまんのー」
女将さんもとい女王陛下にすごい剣幕で追いたてられ、国王陛下は慌てて去っていった。
「……ぶくぶく」
面白い。
なにこの「田舎の従兄弟ん家」みたいな感じ。
とはいえ落ち着いたお宿は快適で、夜はゆっくり休むことが出来た。
けれど森の奥で隠れ暮らす謎の国、クエスティアの何が謎なのか、よくわからなくてモヤモヤする。
謎が何か誰もわからない。
レイ君はそんなことを言っていた。
そんなことあるのだろうか。
もしかして、旅人の私には言えない何か重大な秘密を隠している……とか。
はぐらかすような態度、秘密めいた言動、これも全部演出だとしたら?
実は世界の命運を左右する秘密が隠されているなんてことはないだろうか。
うーん、考えすぎかな。
よし明日すこし調べてみよう。
翌朝。
窓から見える村いや国の中央広場に苔むした石像が見えた。竜馬にまたがった魔法使いの像だ。
周囲には人影もちらほら見えるので商売がてらいってみよう。
「レイくん」
「おはよ」
身支度を整えて宿から出るとレイくんも来てくれた。他にお客さんもいないし暇なのだろう。
「広場で魔法の商売したいの」
「べつにいいんじゃね?」
「あの像はこの国をつくった魔導師?」
「そうだよ、魔導師ゼロコミュール様」
昨日は意味ありげに「立ち去れ」とか言ったけど、あれは謎の国の演出の一種だったのだろうか。
「レイくんは宿屋で働いてるの?」
「ほんとは秘密なんだけどチユには教えるよ。ここ伯父さん家だから。手伝ってんの」
ついにぶっちゃけたわね。
国王陛下が伯父さん? ならレイ君は血縁者じゃないの。平たく言うと宿を経営する伯父さんを手伝う甥っ子ということね。
「王族、公爵家のプリンス、おまけにドラゴンマスターなんてすごいのね」
「やめろ!?」
レイ君が恥ずかしがっている。私は笑いをこらえつつ広場の案内を頼むことにする。
広場の石像は苔むしていたけれど、国の開祖、魔導師ゼロコミュールと書かれていた。
「これ大昔からあって凄い秘密が隠されている像なんだぜ!」
レイ君は広場で自慢げに説明してくれた。
竜馬にまたがった男の魔導師が左手に魔導書、右手は天を指差している。
うーん何か秘密ねぇ。
「その秘密って何」
「わかんないけど秘密」
ダメだこりゃ。
石像は台座が竜馬になっていて手を伸ばせば首や頭に届く。見上げると魔導書の表紙に何か文字が彫られている。古代魔法言語だ。
『竜馬の声に耳を傾けよ』
「おねぇちゃんだれー?」
「魔女さんだー!」
「かっこいい」
可愛いちびっこたちが群がってきた。洗い物をしていたママ友軍団やらも暇なのか集まってくる。おっと謎の探求はあとにして、痛み屋の商売をすることに。
「私は旅の魔女、苦しみから解放する魔法の使い手。怪我や病気は治せませんが……」
早速荷物から看板を取り出して、吟遊詩人のように説明する。だんだん慣れてきた。料金は村料金サービスで銀貨三枚!
「お願いできますか?」
「はい、お任せください」
痛みを消す魔法はここでも重宝された。
特に女性の抱える慢性的な痛みに効果があるので、とても喜ばれる。
「……旅人の魔女さんは、これからどちらへ?」
「それが、ここより北には誰も住んでいないみたいで、どうしようかと」
パズラリア地方を巡業するのが吉かしら。
「……噂だけど」
「え?」
年配だけど小綺麗な女性は「秘密だけど」と前置きした上で、
「……ここから真北に一日進むと大陸の果て。断崖絶壁と冷たくて暗い海だけの最果ての地なの」
地図の北の果てには『嘆きの断崖』とある。
「……だけど人が暮らす村があるわ」
「そうなんですか」
「えぇ、昔これでも踊り子をやっていてね。脚を痛めてやめちゃったけど。一度行ったことがあったの」
「村の名前は?」
「……たしかトゥーレ」
古代魔法語で最果て、世界の縁を意味する。
話を聞く限り楽園や天国とはほど遠い。
寒い極北の鉛色の空と冷たく荒れた海。寂しい所を連想してしまう。そして、私の旅の終わりの地を予感させる。
「ありがとうございます」
「行ってみる気? 気を付けてね。それと魔法をありがとう、お陰で脚が楽になったわ」
「どういたしまして」
片足を引きずった女性は去っていった。
次の目的地が決まった。地の果てのトゥーレ。明日の朝、日の出前に出発だ。
「さて」
広場の人が散りはじめたころレイ君が戻ってきた。
「チユのミーミルとウチの三びき、仲良く駆け回ってるよ」
「よかった」
きゃっきゃフフフな青春を謳歌したまえ。
「チユ、何するの?」
「ん、何かわかるかなって」
私は気になっていた石像に触れてみた。
竜馬の頭の部分、微かに魔法の気配がする。
と、声が聞こえてきた。
「……?」
普通の人が触れてもわからないほど微弱な魔力の痕跡が、声になっているんだ。もしかして魔導師本人が自身の石像に仕込んだのかも。
小さくてか細い声。それは竜馬の言葉と同じ、魔力波動による念話だった。
『……私は、ゼロコミュール。人間が苦手だ。他人が嫌いだ。誰とも話したくない。一人になりたい。なのに……あぁ、私の魔法は他人の心の声を聞く力。呪われているとしか思えない、忌まわしき魔法。王宮では重宝されたが耐えられない、もう無理だ。妬み、蔑み、罵倒、疑念、憤怒、欲望、殺意――。もう人間の声など聞きたくない……。だから……わたしはこの地に逃げ延びた。誰もいない、僅かな世捨て人たちが暮らす集落へと……』
「何か感じるの?」
「あ、うん。魔導師さまの」
声、というか苦悩だろうか。
魔法の波動、声は延々とつづいている。独白と心の悲痛な叫びそのものが。
『……私の苦悩を愛馬だけが聞いてくれる。竜馬アイリーン。幸いにしてこの地は竜馬にとって最適な繁殖環境らしい。私はここで暮らすことを決意した。そして余所者が近寄らぬよう、何重にも結界をこしらえた。集落の人々はみな私と同じように世に絶望し、戦火や災厄から逃げ延びてきたもの。疑り深く、他人を拒絶する私とは妙に気があった。世界のどこかに楽園があると信じ、逃れ逃れ、最果ての地に流れついた私のような愚か者ばかりだが……』
思わず息を飲んだ。
まるで私のことを言われている気がした。
『……だが、こんな地にも希望は必要だ。皆は私にすがった。魔法の力を持つ私に。それすらも苦痛だが、せめてもの礼と感謝をこめて、ここに魔法の秘法を隠すことにする。太古より伝わりし魔導の秘術。絶望する人の心に光を灯し、人を生かし、前に進む勇気をくれる秘密の魔法――。すなわち「希望」という魔法を。誰もその正体を知らずとも秘密としてこの地の全ての人間が永遠に忘れぬように……』
「チユ、ねぇ!」
「あ、うん」
横からレイ君が私の意識を揺り動かした。
「何かわかった? 秘密のこと」
少年らしいキラキラの瞳に私の顔が映っている。
私は首を横にふった。
「ううん、秘密のまま」
秘密のことは内緒にしておこう。
「そっかー残念」
レイ君は両腕を頭の後ろで組んでつまらなそうにした。
秘密は秘密のままでいい。
人の心に灯す光、前を向く力。それが「希望」というもっとも古き魔法だから。
「レイくん、今夜も泊まらせてもらいたいの。明日の朝出発するように予定変更」
「いいよ! 言ってくる」
レイくんは嬉しそうに微笑むとウサギみたいに駆け出していった。偉大な人嫌いの魔導師の石像は静かに少年の背中を見つめている。
私は石像にそっと呟く。
これでいいのよね、先輩。
<つづく>




