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私の出る幕


 翌朝、宿屋で目を覚ますと窓の外は白く(けぶ)っていた。北国なので朝晩は気温が低いのだ。けれど部屋の中は暖かくて快適。どうやら室内を貫く真鍮(しんちゅう)製のパイプが暖炉のように熱を発しているためらしい。

「ミーミル寒くないかな」

 心配になって馬屋の様子を見に行くと、同じように真鍮製パイプの暖房が通っていて暖かかった。

 注意深くパイプを目で追うと、金属の管が家々や町中の建物をまるで木の根のように分岐しながら複雑に繋がっている。それらのパイプは束ねられ高い煙突のある建物へとつながっている。

「焼却炉の廃熱を運んでいるのね」

 なるほど、だから暖炉無しで快適なんだ。


 馬屋ではミーミルや他の馬たちも快適そうに干し草の上で休んでいた。

『おはよチユ、暖かくてぐっすり寝てたー』

「よかった」

 夢の国ドリューム侮りがたし。


 朝食を頂きながら宿屋のご主人に話を聞くと、国全体が同じ暖房のカラクリを利用しているという。

「この国は資源に乏しく、土地は荒れ地ばかりで痩せて作物も育たない。だから周辺の国々が出すゴミを有償で引き受けて稼いでいるのさ。集めた生ゴミは発酵させて肥料に加工して輸出、残りは乾燥させて燃料に。ついでに焼却炉の廃熱で周辺の家々の暖房もしているんだよ」

「すごい、無駄なく合理的」

 熱は真鍮製のパイプを通じて家々に送られ、お湯や暖房として利用する。考えた人は天才か。


「ははは、ご考案された国王陛下はご立派な方さ。国民もみな貧乏性というか、使えるものは使おうって精神だよ」

 宿屋のご主人は笑うけど、夢の国ドリュームの暮らしは合理的で素晴らしいと思った。周辺国から有り難がられるのも頷ける。パイプも廃材から金属を溶かして再利用したものだとか。

 それだけじゃない。

 驚いたのは夕べ知り合った魔法使いの親子だ。あの人たちは運び込まれる「ご遺体」を灰にする直前、疑似的に蘇らせてご遺族と会話させることを生業としていた。

 脱魂遺体操作魔法(ネクロノマニュア)の使い手ゾビィスさんと娘のチェイニルちゃん。

 死別は辛いものだけど、ご遺族の苦しみを取り去るために魔法を使っている。

 死者への冒涜だ! と怒鳴られることもあるというけれど、魔法で稼ぐ同業者なのだ。


 昨夜は私が『痛み屋』の魔女であることも明かし、旅の様子をかいつまんで話して聞かせた。

 チェイニルちゃんはそれはもう楽しそうに目を輝かせて聞いてくれたしお父さんも喜んでくれた。


 今日もきっと焼却炉の前で商売をするのだろう。

「よし、私もがんばろう」

 身支度を整えてミーミルと二人で広場へ向かう。

 周囲を三つの焼却炉に囲まれた場所で、ひっきりなしに荷物が運び込まれている。町で暮らす人々の台所でもあるらしく人通りも多い。

『ここ、なんだか焦げ臭いよ』

「今日だけがまんしてね」

 昨夜、ゾビィスさんに尋ねると「魔法の商売に特別な許可はいらない」という。

 なので遠慮なく煙臭い広場のいちばん目立つ場所で商売をさせてもらいましょう。


『痛み屋 ~痛みと苦しみから解放します。ただし傷も病気も治せません~』と手書きの看板を立て掛ける。簡易椅子に腰かけて、煙突からたなびく煙を見上げながらお客さんがくるのを待つ。

 道行く人の流れから取り残され、自分だけ時間が停まったみたいな感覚が好き。


「魔女さんよ、痛みを取ってくれるのかい?」

「あっ、はい」

 不意にお客さんがやってきた。作業着を着たおじさんだ。腕に酷い火傷を負っている。治療はしたのだろうけど包帯からは血が滲み見るからに痛々しい。

「焼却炉で火傷しちまってよ」

「おまかせください」

 得意です。私は手を伸ばし腕に触れ、火傷の痛みを吸いとった。

 焼けつくような激痛をぐっとこらえる。

「く……」

 

「おっ!? すげぇ、痛みが無くなったぜ!」

「かなり痛かったでしょう」

「あぁ、でも魔女さまのおかげで助かったぜ」

 魔法の『痛み箱』は乾いた砂のように痛みを消してくれた。

 嬉しそうなおじさんから銀貨五枚を頂く。

「火傷そのものは癒えていませんから、くれぐれも無理はなさらず」

「あいよ! 感謝するぜ、旅の魔女さん」

 感謝されるのは気分がいい。 

 これから仕事だろうか。おじさんは意気揚々として去っていった。

 それからしばらく商売は順調だった。

 仕事柄、火傷を負ったお客さんが多い印象。どうやらさっきのおじさんの口コミで広まったのか、徐々に客足は増えた。

「ふえぇええ……痛いよぉ」

「魔女さまお願いします!」

 小さな子が泣きながら母親に抱えられてきた。廃品を触っていて古い剣先が刺さったらしい。火で焼いて消毒はしたと母親は言うが、激しい痛みは消えるはずもない。子供が青ざめて痛がるのは見ているほうが辛い。

「大丈夫だから、ね」

 すぐに痛みを吸いとってあげると、鋭く骨に達する激痛だった。これは辛かっただろう。

「あ……れ?」

 痛みの消えた子供は驚いた様子だった。

「もう大丈夫」

「魔法みたい! お姉ちゃんって魔女?」

「ふふふ魔女です」

「ありがとうございますありがとうございます!」

 繰り返し感謝の言葉を述べるお母さんには「傷は治っていない」と念を押す。


 昼を挟んで延べ二十人ほどのお客さんが来てくれた。痛みを連続で吸収した『痛み箱』は満腹のような感じになる。反対に私はお腹が空いてきた。

 うん、今日も働いた気がする。

『そろそろ終わりー?』

「そうね今夜もここに泊まって、明日には旅立ちましょう」

 ミーミルは時おり起きては、集まってきた子供達と遊んでいる。野菜の切れ端を持ってきてくれる人もいた。

 そろそろ夕方近くになり、更に十人ほど痛みを頂いたとき、一人の少女が駆け込んできた。

「チユお姉ちゃん!」

 私の名を知っている少女なんて町では一人しかいない。小さな魔女のチェイニルちゃんだ。

「どうしたの?」

「お父さんが大変なの! 怖い人が」

「わかった。どこ?」

 彼女の様子から悪い人に絡まれているのだろうと察しがつく。衛兵さんはどこ? と尋ねたつもりがチェイニルちゃんは私の手を引いて走り出した。

「こっち! お願い、助けて!」

「えっ、あっいや衛兵さんを呼んだほうが」

「えいへいって何?」

 チェイニルちゃんは困り顔。

 マジか、衛兵いないのかこの町。そういえば広場でも見かけてない。治安は誰が護ってるの? などと思う間もなく、宿の裏手の路地へ到着。

 三方を壁で囲まれた焼却炉への搬入口だ。


 私は戦闘職じゃないし、怖い人とか相手をするの無理なんですけど。

「あのチェイニルちゃん……」

「お父さん!」

 チェイニルちゃんが悲痛な叫びをあげる。

 あぁもう、こうなりゃ覚悟を決めるしかない。痛みを叩きつければ、暴漢を黙らせることぐらいできるんだから。


 目に飛び込んできたのは、見るからにガラの悪そうな盗賊と思しき男が二人。対するはゾヴィスさん。

「ぐあぁああッ!?」

「ぎゃぁあ!?」

 けれど、悲鳴を上げていたのは盗賊みたいな連中のほうだった。ガラの悪い余所者二人は「動く死体」に襲われていた。

 ズタボロの黒ずんだ死体が、ガラの悪い片方の男を踏みつけ、もう一人の顔にガブリと噛みついている。盗賊風の男どもはパニックだ。


「え?」

 なに、この地獄みたいな状況は。


「お父さん、やめてってば」

「ウチの娘をよくも……! 死体は持ち帰れ!」

 魔法使いゾヴィスさんがブチギレていた。

 全身から禍々しい魔法のオーラを放ち仁王立ち。死体は盗賊みたいな二人組が持ち込んだものだろう。

 ゾヴィスさんは死体を操れるのだから、生ける屍として襲わせることも出来ちゃうわけか。


「あのおじさんたちが『死体から鍵のありかを聞き出せ!』って急に無茶を言い出して……私を刃物で脅したから、それでお父さんが怒って」

「あ、なるほど」

 状況が飲み込めた。

 盗賊仲間の死体を仲間がここに運び込んだ。

 理由は「死んだ男から鍵の在処」を聞き出すため。おそらく死体を蘇らせることのできる親子の噂を聞きつけて来たのだろう。

 死んだ男は、宝を隠した鍵を隠し持ったまま死んでしまったのか。


「私、死んだ人の記憶までわからないの」

「だよね」

 声は真似られても記憶の掘り起こしは無理。それは魔法の理屈的に理解できる。だけど金に目の眩んだ盗賊崩れにそんな説明が通じるはずもない。


「ひぃいい!? 痛い……ぎゃぁッ!」

「お(かしら)ぁあ、ごご免なさいぃ!」

 どうやら死んだのは二人組の親分(・・)らしい。


「噛まれたお前らは、じきに動く屍の仲間入りだ」

 ゾヴィスさんが冷たく言い放つと、動く屍が硬直し盗賊二人に覆い被さって拘束してしまった。

「ぎゅあっ」

「ごふあぁ」


「お父さんのばか!」

「チェイニル……だが、お前を脅したこいつらが悪いんだ。他人を殺し金品を奪った、悪い盗賊どもだ」

「だからって怖い魔法使いにならないで、お父さん」

「……すまない」

 冷静さを取り戻したゾヴィスさんが、チェイニルちゃんにポカポカ叩かれながら、娘をぎゅっと抱き締めた。


「ほっ」

 どうやら私の出る幕はなかったみたい。


 ご遺体を操り感動の別れを演出していたゾフィスさん。魔法と鋏は使いよう。

 ソヴィスさんの脱魂遺体操作魔法(ネクロノマニュア)は本来、もっと別の使い方があったのかもしれない。それこそ邪悪な魔導師が不死の軍団を操るように、一歩間違えばダンジョンの奥に潜む邪悪なネクロマンサーか魔王だよ。


「うぅ……痛い」

「噛まれた、死ぬ」

 盗賊らしき二人組は死体に押さえつけられたまま、虚ろな目でうめいている。

 死体の毒が体内に入れば病気になる。それは「破傷風の呪詛」と呼ばれる死者の呪い。不治の病となり確実に死ぬ。残念だけど盗賊二人組は親分のところに招かれる運命だ。


 そうだ、私にも出る幕がある。

 私はそっと二人に近づいて声をかけた。


「その痛み、取りましょうか?」


「たっ、助けて……」

「魔女さま、お願い……」


 生きる屍と化す毒は消せませんけど。


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴミを燃焼した際に出る排熱を利用したオンドルのような暖房設備は合理的でしたね。 ところで燃えるゴミと遺体は同じ焼却炉で処理しているのでしょうか? 普通のゴミ処理用と火葬用は別のような気がし…
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