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死ねばいいのに

 ムスペルの村を出立してから半日。

 昼近くになり、私と竜馬ミーミルは草原地帯に別れを告げた。あたりは次第に緑が無くなり、荒涼とした岩場の間を抜ける道へと変わっていた。


 穏やかな暮らしを営んでいたムスペル村は、もうはるか後方へ遠ざかった。羊飼いと羊の群れも目にしなくなった。


『いい村だったね』

 ミーミルは子供達に遊ばれていたくせに、楽しかったらしい。

「そうだね」

 私もラウル君とまた会いたい。

 フェラウドさんと奥さんの悲しい別れもあったけれど、悪い思い出ではない。

 世界は生と死で満ちている。

 生きていればいつかは死ぬ。

 生きることは時に辛く、死ぬよりも苦しい。

 喜びの多い人生の人もいれば、そうでもない人もいる。

 けれど死は誰にでも平等に訪れる。

 痛みと苦しみを伴いながら死を迎える。

 私は痛みや苦しみを和らげることで、生きる糧を得ている。自然の摂理には反していると言われたこともあった。

 それでも、誰かの苦しみを和らげている。それでいいよと自分に言い聞かせながら。


『またいつか来る?』

「来年、また考えよう」

 昼間の空を見上げると淡い赤と青、二つの月が浮かんでいる。

 この世界では二つの月で季節がめぐる。春が来て雨期を経て夏になる。やがて秋がきて厳しい冬が来る。

 永遠に巡る月、そして季節。

 それが自然の摂理だから。

 けれど、世界はゆっくりと終焉の時を迎えつつあるのだという。

 アースフィア大陸を統治する神聖王国、ヴァーラル。その叡知を支えし天文学師や王宮魔法使いたちは、ある時こう予言した。

 ――青い月が大地に落ちてくる。

 誰も最初は信じなかった。

 でも月を見上げると、確かに異変は起きつつあった。青い月が年々大きくなっているのだ。

 以前は見えなかった表面の凸凹、模様のような陰影さえも見えるようになった。


 月が落ちてくるとしたらいつだろう?

 王国の頭の良い人たちはずっと考え、計算しているという。考えただけでハゲそうね。


「来年があるといいけど」

 季節はまた巡ってくるのだろうか。

 ある日突然、世界は終わってしまうのかもしれない。

 最近は冬が来ない。作物が一年中作れると喜ぶ人もいれば、雨が降らないと嘆く人もいる。何かがゆっくりと変わり、壊れつつあるのかもしれない。私には知る由もないのだけれど。


 だからある日、私は旅に出た。

 王都での暮らしは楽だった。けれど、やがて終わってしまう世界なら、今のうちにもっと見ておきたいと思ったから。

 まだ見たことの無い景色が見たい。

 出会っていない人たちとも出会いたい。

 そして、どこかにあるという楽園、「苦痛の無い国」というものを見つけたい。世界が消えて無くなってしまう、その前に。


『チユ』

「ミーミル?」

 竜馬が不意に歩みを緩めた。


 十五メルほど先の大きな岩の陰から、ボロボロの二頭立ての水牛車が、道を塞ぐように現れた。

 御者は黒いマントを羽織り、頭からフードを被っている。明らかに私をみてニタニタと嗤っている。

 手綱を引いて後ろに戻ろうとしたけれど、ミーミルは動かなかった。

『後ろからも来た』

「ほんとだ」

 振り返ると、十メルほど後ろの岩陰から男が現れた。ユラリとした仕草で土色のマントを脱ぎ捨てる。その手にはギラギラと光る、抜き身の短剣が握られていた。


「止まりな、姉ちゃん」

 男はドスの利いた声で命令した。


 面倒なことになった。

 盗賊だ。


『チユ、ボクだけ逃げていい?』

「普通そういうこと言うかな」

 相棒でしょ。君だけ逃げてぐらい言いなさいよ。


「昨日は世話になったなぁ……!」

 男の顔に見覚えがあった。

 ムスペルの村で最初に痛みを吸いとった、目付きの悪いおじさんだ。

 態度が悪かったしロクでもない奴だとは思っていたけれど、本当に盗賊だったとはびっくりだ。


「怪我はもういいの?」

「あぁお陰さまでな! 痛くねぇ! だからこうして……家業ができるってわけだ」

 短剣をこれ見よがしにビュンと振り抜きながら、段々と近づいてくる。

 男の右腕の包帯には血と(うみ)が滲んでいる。痛みを感じないだけで、治癒なんてしていない。傷口から大地の穢れが入り込み腕を腐らせている。


「なんの用?」


「金を全部出しな! あのチンケな村でしこたま稼いだだろ! 俺の銀貨も出せよ」

 ニタリと嗤うと、剣の切っ先を向けながら三メルまで近づいてきた。

 竜馬に乗ったままの私が逃げられないよう、道を塞いでいる。その間に前方の水牛車の荷台から、貧相な男が降りてきた。

 手には短い弓矢を構えている。

 御者とあわせて前に二人、後ろから目付きの悪いおじさん。

 三人組の盗賊団。それぞれどこかで見たと思ったら、村の広場で行商をしていた男たちだ。


「これが本職なの?」


「あぁそうさ、不景気な世の中でよ。小物を売り歩いてもたいした稼ぎにならねぇからな」

「兄貴ぃ、その竜馬、高く売れますぜぇ」

「ヒヒヒ、いい尻してやがるぜ」

 矢を構えた小汚ない小男が、舐めまわすような目付きを向けてくる。その視線にゾッとする。


『怖いよぉ』

 ぺたんと座り込むミーミル。

「あっこら」

 普通、こういう場面では勇気を出してダッシュで逃げる、とかするんじゃないのかな?


「荷物を下ろせ、まずは金だ!」

 短剣を構えた男が私から二メルの位置に来る。もう剣の間合いだ。


「兄貴ぃ、殺さないで楽しみましょうぜぇ」

「せっかくの女ですぜ……ゲヘヘ」

 下卑た男たちの声が響く。うわぁ最悪だわ。


「あぁそうだな、ほれ、死にたくなけりゃ服を脱げ。身体検査だ。牛車の荷台に乗りな」

「イヒヒ……胸に何か隠してるんじゃねぇ?」

「はぁはぁ……! 脱げ、はやく……」

 前方からの二人も近づいてくる。血走った目と欲望に滾った目が気持ち悪い。


「死ね」

 私は思わずつぶやいていた。

 死ななくてもいい良い人が死んで、コイツらみたいなクズがのうのうと生きている事が腹立たしかった。


「んだとクラァ!? このザコ魔女が!」

 男が激昂した。

 聞こえたみたい。


「おめぇの魔法なんざ何も怖くねぇ!」

「キヒヒ、痛みを取るだけだろ!?」

 矢を構えた小男が甲高い声で叫ぶ。いちいち耳障りで気色悪い。


「はぁ」

 私はため息を吐きつつ短剣男を睨む。さりげなく弓矢男が矢を放ちにくい位置に立ちながら。


「知ってるぜぇ、おめぇの魔法は痛みを無くすだけだろ? 魔法使いも魔女も……魔法をひとつしか使えねぇってのは常識だからなぁ、ヒヒヒ!」

 下卑た嗤い方。本当に気持ち悪い。


「試してみる?」

 私はすっと指を持ち上げた。


「おい!? 動くなっていっ…………」

 人差し指で短剣男の鼻先を指差す。

「返すよ」

 痛みを。

 お前から吸いとった痛みを、そのまま返す。

「なっ、ぐあっ!? なんだ、痛ッ!」

 男の腕から短剣が滑り落ち、地面に突き刺さった。

「元通りね」

「ぐっ、あ痛、痛ぇえええッ! くそっ!? いきなりなんだ……これ……痛ぇええ」


「利子もつけて」

 男の頭に指を向ける。

 さらに「痛み」の盛り合わせを送り込む。

 今まで吸い取った誰かの痛みを。胃の痛み、頭の痛み。さまざまな苦痛。

 そして生きたくても生きられなかかったメロウラさんの痛みも混ぜて。


「ぐっ、ぐごぁあぁあああッ!」

 男は顔面蒼白になり、苦しみもがく。舌をつきだし、白目を剥いて地面を転がりまくる。


「あっ、兄貴ぃいい!?」

「てめぇ、なにしやがっ……たがはっ!?」


 振り向きざぁま二発。

 指先を向けて「痛み」を放つ。

 指先に集中すれば射程は十数メル。相手が矢を放つよりもはやく。

 五メルまで近づいていた二人を一気に仕留める。

 見えない痛覚の魔法。

 音も光も何もない。

 痛みだけの矢が二人の盗賊を射ぬく。


「はぎゃっ!? いっ痛ぇえええ!」

「なっ……ごふぁ!? 痛いぃいい!」

 頭を押さえ転がりまくり、もう一人は腹を抱えてジタバタと暴れ始めた。


「ほらね」

 いわんこっちゃない。

 私だって魔女のはしくれ。

 確かに魔法はひとつしか使えない。

 だけど使いかたは工夫次第。


「っぐぁ、てめぇえええ……くそ魔女がぁああっ!」

 男が地面の剣を拾い上げ、襲いかかってきた。


『形勢逆転のチャンス!』

 ぼかっ、とミーミルが竜馬キックを食らわせる。男は吹き飛んで岩に激突。どこかの骨の砕ける音がした。


「ありがと」

『最初からねらっていたの!』

 はいはい、ほんとに調子良いんだから。


「痛ぇ……! い、息が……がはっ」

「がはっ……痛ぇ、痛ぇよおおお」

「苦し……ごふぁ、痛ッ……」

 三人の盗賊どもはそれぞれ悶絶しながら地を這っている。


「それ、ずっと続くから」


「まっ……! まって……金なら……金なら払うから、たっ……たす……」

 威勢の良かった男は今や、死にそうな顔でカヒューカヒューと浅い呼吸を繰り返している。

 まだ生きているの? お前みたいな奴は、

「死ねばいいのに」

 私は心の底から吐き捨てた。

 そして竜馬に跨がり、振り返りもせずにその場を後にした。


『グヒィイィ……痛ァアアアアア……!』

 情けない男たちの悲鳴は、やがて砂嵐にかき消され聞こえなくなった。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 溜めていた『痛み』の活用編ですね♪ それにしても助けてあげたにも拘わらず、襲って来るとは最低最悪の男でしたね。 他の村人たちの痛みも引き受ける事になったのはまさに自業自得というものでしょう…
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