塔へ上る道
「あっ美味しい」
「チュロスは月の塔を真似てるんだ」
「待ち時間に食べるのが定番なのよ」
「だから長いのね」
カプルとセルラが屋台で買ってきてくれた揚げ菓子は「チュロス」というらしい。三十センチメルほどの長さがある。シナモン風味でお砂糖がまぶしてあって、食感はサクサクしてとても美味しい。ドリンクセットで銀貨一枚。月の塔へ登る高揚感のせいか不思議と高いと感じない。
「月の塔って誰も頂上までたどり着けていないっス」
「歩いて登れる高さじゃないよね……」
「百階層ぐらいあるって云われてるけど、三十階層ぐらいまでしか踏破できてないっす」
メラルもチュロスを頬張る。
上層階へ向かうゴンドラを待つ間、ようやくいろいろな話を聞くことができた。
どうやら月の塔について「部外者に話してはならない」というルールがあったらしい。
私は他所者だけどギルドメンバーに一時的に加えてもらえた。これはメラルが馬車の移動中に湊町ポポロノイカでの出来事をみんなに話してくれたこととミーミルの活躍のおかげに他ならない。
『チユ飽きたー。ずっと待てのまま?』
ミーミルはじっとしていることに飽きてきたみたい。周りを見回すと荷物運び用の馬も落ち着きがなくくなっている。
「ごめんね、もうすこし我慢ね」
それはそうと。
まず塔の内側が明るいことに驚いた。
外から見ると金属か陶器のような、不思議な質感のタイルで覆われている。なのに外壁が砕けた場所に設置された「登頂ゲート」から入り口をくぐると、内側は驚くほど光に満ちていた。
壁が太陽の光を透過しているのか、壁全体が光っているのかよくわからない。
「壁にパネルと説明があるから読んでおくといいっス」
「あ、なるほど」
待つ間、壁に飾られたパネルを眺める。
月の塔に関する探索の歴史や人物、階層ごとの構造や特徴が描かれている。
それにこの塔の内側は不思議な空間だった。
継ぎ目のない滑らかな内装はやや肌色の漆喰のように見える。けれど触れると弾力があった。柔らかいものを壁や天井、床に貼り付けているのだろうか?
説明によると塔の直径はおよそ二百メル、高さは観測限界で一千メル。中心部分に直径三十メルほどの「芯」のようなシャフトが通っている。
ゴンドラはシャフトの内側を上下する魔法動力の台座であり十数年前に神聖王国の魔法技術者たちが取り付けたものらしい。
各階層の高さはおよそ二十メル。
シャフトを中心に円柱状の空間が広がり、様々な種類の空間が確認されているという。
迷路のように廊下と部屋が入り組んだ階層、未知の理解不能の物体で埋め尽くされている階層、何もない広場のような階層、真っ暗な階層……等々。
「何年か前、ギルドの精鋭が挑んで」
「最高到達記録が三十五層なのよね」
「今のところゴンドラで二十層まで行けるッス」
「外から見える中継ステーションも二十層だよ」
「今日いくのは二十五層だから徒歩で移動だね」
「なるほど」
シャフトの外側には木製の階段が、ジグザグに据え付けられていた。ゴンドラを待ちきれず自力で上がってゆくパーティもいる。低層はもっぱらキノコなどの採集で、階段を使って上がるのだとか。
「あ、きた」
ようやくゴンドラが到着し私たちの番になった。
重々しい音がしてシャフトに丸く開いた穴へ向かう。ゴンドラへ乗り込むための搭乗口だ。
入り口でリーダーのベイルカルダさんとヘルヴァイア先輩が待っていた。
「ほらいくぜ」
「さぁいこう」
シャフトの内側は赤い不気味な光で満たされていた。壁もまるで生き物の内臓のような、不気味な模様で覆われていた。
『これに乗るの?』
「平気?」
『チユといっしょなら大丈夫ー』
もう可愛いんだから。
「でも、なんだか怖い」
「オラもここ正直苦手っス」
流石になんだか緊張する。
何か巨大な怪物の体内に潜るみたい。神聖な塔というイメージはまたしても覆される。
ゴンドラは一辺十メルほどの四角い舞台装置のようだった。四方に車輪のついた脚部があり、それで壁の内側をふんばってシャフトの内壁を昇ってゆく。
下を覗き込んでも上を見上げても、赤黒い空間の先に闇が口を開けている。うぅ恐ろしい。
「お、落ちたりしない?」
「何度か事故はあったよなぁ」
「最近は安全だっていうけど」
兄妹は床に座り込んでいる。落ちたら死ぬよね。これなら階段を上っていく方がいい。
永遠に思えた上昇はやがて終わりを告げた。ゴンドラが停止し、赤黒い壁を覆っていた木の扉が開く。
時間にして十分もかかってないだろう。
「到着ッス!」
明るい光が差し込んできた。
「わ……わぁ!」
空が見え、その下に森が広がっている。果てしない世界が見渡せた。
すごい!
高い! 広い……!
私は感動のあまりしばし唖然としていた。
「ここは第二十層。中継ステーションさ」
リーダーが教えてくれた。月の塔を見上げたとき、まるでバルコニーのように付き出していた場所だ。
『お空が近いー!』
ミーミルがトタトタと手すりまで近寄っていくので、慌てて止める。みている方がヒヤヒヤする。
「っとと」
「すげぇなぁやっぱ!」
「いつみてもきれい!」
「壮観でしょ、チユ」
「うんっ!」
何度もみているはずの兄妹もメラルも景色を見て嬉しそう。この景色を見るためだけに遠路はるばる来る人もいるらしい。
大きな鞍を背負った翼竜が着地、荷物と人を下ろす。みるからに貴族か偉い人だ。何かの調査、あるいは観光かしら。
「アプローラもここに来るかな」
「入国許可証と権利を家でもらう、みたいなこと話してたっスよ」
「あ、なるほど」
貴族の家だから手続きや許可証なんかは手配できちゃうってことか。さすがお金持ちは違う。
港の埠頭のように塔から張り出している場所で、私はしばし景色を眺めた。
「ほらチユ、海も見えるっス」
「あ……ほんとだ」
遥か彼方、森と空が淡く溶けあう地平線の向こうに青い海がみえた。湊町ポポロノイカがあるあたりだろうか。
「メラル、チユ、そろそろいくぞ」
先輩が私たちを呼んだ。
「今から俺たちは二十五層まで徒歩で上がる。そこで北区画の探索を行う」
集合するとリーダーが壁に貼り付けられた階層図を指差し、ここからのルートを説明してくれた。
「とまぁギルドからの依頼は『探索』だが、単なる宝探しじゃない」
「新エリア開拓で刺激されたことで、魔物が涌き出てきやがった」
ヘルヴァイア先輩が険しい顔で私たちを見た。やっぱりメインは討伐戦なのね。
「遭遇戦なんていつもじゃん」
「そうそう倒してやるもんね」
カプルとセルラが短剣の鞘を確認する。
「メラルはチユと後衛、魔法支援を頼むことになるが……」
「大丈夫です」
「チユはミーミルと自分を守るッス」
「ここまで来た以上、しっかり皆様のお怪我のサポートはいたしますから」
安心して戦ってくださいね!
「あのなチユ、おめーも殺傷力のある魔法が使えんだろ、バシバシ撃つんだよ」
「え?」
<つづく>




