素敵なパイセン
港街ポポロノイカから海岸線に沿って北へ。二時間ほど進むと、やがて小さな漁村が見えてきた。
「快適ッスね、乗り心地が柔らかい」
竜馬に乗ったことがないというメラルを、ミーミルの背中に座らせ私が手綱を引いている。
『チユも乗って平気なのに』
「いいの、メラルを乗せてあげて」
実はミーミルなら私とメラルを乗せることだって余裕だろう。けれど鞍が一人用なので、二人で座るには超密着しないといけない。もう後ろからぎゅっと抱きしめる感じになり、少し恥ずかしいのだ。
小さな漁港の手前に、黒い岩の海岸がつづいている。
「あれがエンブーン村ッス」
「海岸で大勢働いてる」
海辺で女性や子供達、年老いた人たちが大勢働いていた。みれば海水を手桶に汲んでは運び、岩場に広げた敷物に海水をかけている。どうやら塩水をかけて天日干しにしているっぽい。
「塩を作っているんスよ」
「海のお塩は無限、楽に暮らせるかも」
海の塩を内陸に売る。天才か。楽に稼げそう。もしかして理想郷だろうか。
「天気が良くないと塩が乾燥しないし、出来が悪いと安くしか売れないし。いろいろ難しいらしいッスよ。最近は季節が変で困っているみたいッス」
「そっか残念」
一生楽して稼げる仕事と思いきや、そうは問屋が卸さない。天候に左右される仕事は大変そう。
「あそこの建物が塩を卸売りしているソルトギルド。あ、ウチんとこの馬車もいるッス!」
製塩している海岸に隣接して小さな建物があり、周囲に馬車や牛車が数台見えた。
メラルはミーミルの背中からひらりと降りた。竜馬の首を撫でながら「ありがとうッス、最高ッスよ、よーしよし」とスリスリ。
『この子も好き』
「気に入ってもらえてよかった」
メラルが仲間と再会しているあいだ、ソルトギルドの建物周辺で一休み。貝を焼いて売っている屋台で買い食いをする。
本当は「イカの甘タレ焼き」が美味しそうだったけれど、銀貨1枚という屋台料理としては破格の値段だったので諦めた。
やがてメラルを先頭にして、三人ほどのパーティがやってきた。
「チユー! 紹介するッス。おらの仲間ッス」
「こ、こんにちは」
びしっと背筋をのばしてまずは一礼。いつも初対面の挨拶は緊張する。
「この大きいのが今回の買い出しキャラバンのリーダー、ベイルカルダっス。月の塔防衛ギルド、四天王の一人ッス!」
四天王、なにそれかっこいい。
「チユと申します。痛み取りの魔女です」
「君がチユさんか、話はメラルから聞かせてもらったよ。とても世話になったようだね」
「い、いえそんなこちらこそ」
リーダーのベイルカルダさんは、いかにも強者という感じ。落ち着いた印象の中年の戦士だった。
瞳の色は青みがかった黒、頬から眉にかけて古い傷痕がある。後ろに自然に流したダークグレーの髪、日焼けした肌に精悍な印象の目元と口元。
細マッチョな感じの身体を軽装の戦士装束で身を包んでいる。武器は長さ1メルはあろうかという大剣、バスタードソードだ。
「月の塔までの道中は少々険しいが、こいつらともなかよくしてやってくれ」
「は、はい」
大きな手でがっちりと握手される。
正直、このおじさん……好みかもしれない。
独身かなぁ。
「んで、こっちがカプルとセルラ」
メラルが二人に腕をからめてひっぱってきた。
「よろしく、オレはカプル!」
「ウチはセルラ、よろしく!」
元気で明るい感じの二人組。どちらも明るいシルバーの髪で、少年と少女。
顔にそばかす、ふたりとも雰囲気がにている。もしかして……。
「二人は双子の兄妹ッスよ」
「おぉ、素敵」
珍しい! 双子はめったに生まれないのだとか。奇跡みたいな兄妹ね。
「ちなみにベイルカイダの子供ッス」
「あっ、そうなんだ」
失恋した。
「メラルも妹みたいな感じだし」
「幼なじみなんだよね、ウチら」
「そっスねー」
嬉し恥ずかしそうに苦笑するメラル。
同じ月の塔の出身の同郷。見ているだけで仲良しな感じが伝わってくる。
私は入る余地がない感じ。友達ができた! と浮かれていた私はちょっと寂しい。
「チユはオラの親友だから、よろしく!」
ばしっと両肩をメラルに抱き寄せられた。
……嬉しい。
「「よろしくね!」」
さらさら髪の男子がカプル君。
ショートカットで快活な感じの女子がセルラさん。
「どうぞよろしくです」
「メラルよかったな、魔女仲間ができて」
「ウチんとこ、魔法使いが少ないもんね」
「さっきも言ったとおり、チユは『痛み屋』で治癒専門……とみせかけて、実は魔法の殺傷力はオラより上っすから! 丁重に扱うっス」
二人の剣士になんて紹介をするのよ。
「死守するぜ!」
「まかせてね!」
「いっ、いやいや」
双子の兄妹は息もぴったり。剣術も二人一組で闘う感じだろうか。
二人は身軽さ上等といった最低限の防具に、肘から手首ぐらいまでの長さの短剣を二本、それぞれ腰に装備している。
「いい竜馬だな、チユさんの……」
「ミーミルです」
「かっけぇ!」
「可愛いね!」
『……この人たち、月の夜みたいな感じがする』
ベイルカイダさんとカプルとセルラ兄妹が、代わる代わるミーミルを撫でる。悪意を敏感に察知する竜馬は彼らにゆったりと身をまかせている。
それにしても月の夜とは、不思議な比喩ね。でも月の塔の番人をしているのだから、一本芯の通った、志がある、という意味なのかも。
「そんでもって先輩は……あ、いたいた!」
「……あ”?」
ガラ悪ッ。あれがメラルの先輩か。
「もう、どこいってたっスか」
メラルが小走りで近づいて、マント姿の若い男の人の手を引っぱる。
手には紙袋をぶら下げ、向こうからブラブラと歩いてきた。
「……ひっぱんな」
炎のような赤毛に鋭い目付き。細い眉に細面、すらりとした細身の容姿。
服装は黒を基調として、身体にフィットした革のズボンにジャケット。ラフに羽織った革マント。金属武器を身に付けておらず、魔法使いなのだと一目でわかる。
「これがオラの先輩、ヘルヴァイア!」
「……さんづけしろや」
「ヘルヴァイアさんッス」
魔力が整っていて鋭い。メラルが尊敬しているだけあって、かなりの魔法の使い手なのだろう。
「よ、よろしくおねがいします。チユと申します」
「……あぁ」
愛想悪い。
チッと、メラルに軽く舌打ちしてるし。
怖っ。なにこのひと。
裏路地で出くわしたらサッと道を譲り、目を逸らすべき類の人かな?
「……弟子がアンタに世話になったみてぇだな」
「そ、そっ、そんなに世話してないですけど」
「礼を言うぜ、世間の厳しさってやつを教えてくれるやつには感謝しねぇと」
「そ、そうですか?」
目を泳がせつつ曖昧に微笑む。
え、なに? 私なんか絡まれてる?
「だーかーら、オラを試合で倒したのはアプローラって魔女で、チユは悪い魔女を倒した英雄ッス! さっきのオラの説明、聞いてなかったッス!?」
「……だいたい」
「もう!」
あれ? でもメラルのツッこみに顔を背け、すまなそうにしている。
「あ……そうだ、これ」
「先輩、いいんスか?」
ヘルヴァイアさんはそこで思い出したように、手にぶら下げていた紙袋をメラルに押し付けた。
メラルが受け取って開くと、中には屋台で売っていた「イカの甘だれ焼き」が何本か入っていた。
それも四本。
「……みんなで食って」
ボソっと先輩はメラルに言った。
「ありがとうっス!」
「ラッキー!」
「おいしそ!」
「わたしも?」
メラルにカプルとセルラ兄妹、そして私も受け取る。イカ焼きはとても良い香りで美味しそう。これは嬉しいサプライズだわ。
「……メラルをよろしくな」
「あっ、はい」
ヘルヴァイア先輩は見かけによらず、メッチャ後輩想いの良い人みたいらしかった。
<つづく>




