それぞれの道へ
「ミーミル」
『チユ!』
宿屋に併設の馬屋でミーミルは待っていた。
竜馬が好きなご飯と新鮮なお水、干し草のベッドもある。竜使いのアプローラが手配してくれたのだ。
『元気になった?』
「うん、もう平気」
私は駆け寄って竜馬の体に抱きついた。ミーミルも首を回して私の頬を舐める。昔はもっと小さかったのに、いつの間にか強くて大きくなった。
『よかった!』
「助けてくれてありがとう」
いつもは臆病なのに、本当に危ないときは駆けつけてくれる。私の大切な友達。
ミーミルのふわふわの羽毛、頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。
『……また旅に出る?』
「もちろん。でも今日はもう夜だから、明日になったらね」
『わかった』
明日の朝一番に街を出よう。
海辺の街ポポロノイカ。綺麗な街並み、珍しい海の幸に美味しい料理。お祭りは賑やかで、人々は騒々しい。素敵なところだけど、人が集まればどうしても欲望と闇も膨れ上がる大都会。
昔の夢を見たのも、ここが少し王都に似ているからだろうか。
辺りは暗くなっていた。香油ランプや魔法のランプが街並みを昼間とは違う色どりで染めている。道行く人々は祭りの興奮からか、みな熱にほだされたような顔をしている。
「チユ、身体の調子はどう?」
「ご飯を食べに行けるっス?」
アプローラとメラルが馬屋にやってきた。私の外套を持ってきてくれたことに感謝する。
「お腹ぺこぺこ」
「よかった! じゃぁ消化のいい、健康的なシーフードを食べられるお店、宿屋のおじさんに聞いておいたから」
「流石コミュ力のアプ子っス」
「アプ子て」
メラルはあだ名や二つ名を付けたい子らしい。
お腹は空いたけど、人混みや街が怖い。
また暗殺者の仲間がいたらどうしようという不安が頭をかすめる。
「じゃぁいこう!」
笑顔のアプローラに手を引かれ街を進む。
祭りの喧騒と楽しげな音楽、道行く人たちの笑い声に紛れると少しホッとした。平和で楽しげな街の様子は気持ちを軽くしてくれた。
「このお店っスか?」
「渋い」
賑やかな街の中心部の一角に、赤い提灯がぶら下がった店があった。ドアは無く、店内を覗くと席はいっぱい。独特の良い香りが漂ってくる。
海鮮ヌードルの店『すすっ亭』というらしい。
「ここが人気のお店です、さぁいきましょう!」
アプローラは満席にも拘らず突入。すこし不安を感じつつついてゆく。
「やっほー!」
「おぉ! 黒髪の魔女どのに、アプちゃん! お待ちしておりました!」
「うぉお! ささっこちらへどうぞ!」
そこにいたのは見知った顔だった。騎士のゴドモスとマックシさん。
「我らの英雄のお越しだ!」
「こちらがチユさん! 呪詛魔女殺しの英雄!」
いや殺してない。
「おぉ、なんと可憐な……!」
「度胸と勇気に敬意を!」
どっちも無いよ……。必死だっただけ。
他にも仕事あがりの衛兵さんに、治療テントに勤務していた魔法使いや魔女さんたちが周囲のテーブルにいる。きっと常連なのだろう。
「席を空けておいたからどうぞ」
「この店は最高だからな、ゆっくりしていってくれ!」
「ありがとー!」
どうやらアプローラのファンらしく、予約してもいないのにひとつテーブルが空いた。
「ね、ここなら安心だよ」
「確かに」
「人脈が出来ているッス」
アプローラの対人スキルの高さに感心する。ここなら安心してご飯が食べられそう。
あーだこーだと周囲は騒がしいけれど、運ばれてきた料理に驚いた。
「これは」
「噂には聞いていたッスが」
小魚を干した「にぼし」で取ったという濃厚なスープ、その中で縮れた茹でパスタが渦をまいている。上の具材は刻みネギや薄切りのスモークハムか。
これが煮干し出汁パスタ?
驚いたのは「温かい」ということ。スープやシチューよりもずっと温度が高いのか湯気が出ている。
「「「いただきます」」」
「ぬっ!?」
「こ、これは」
「う、うまいっス!」
驚くほどの美味しさだった。
「濃厚な海の味……」
大きめのスプーンでスープをいただく。濃縮された海の香り、魚介の旨味に舌が喜ぶ。魚臭くはなく滋養と温かさに身体が癒されてゆく感じがする。
「パスタも美味しいね」
「うむ、うむっ」
二本の「はし」でパスタをひっかけて、すするのがローカルルールらしい。周りの席でもちゅるちゅると身体の大きな衛兵さんたちがパスタをすすっている。夢中ですすると縮れたパスタにスープが絡み美味しい。
「これは……すごい」
思わず感動する。海の街ならではの味、最高じゃん。あっというまに中くらいのスープ皿料理を食べてしまった。
「ちなみに今のは『にぼし出汁』味さ!」
「ミニサイズだから足りんだろう? 食い盛りなんだから遠慮するな」
「え?」
「おごってくれるんスか?」
「あたぼうよ! チユさんの活躍は賞金を出してもいいくらいだぜ」
「なんたって悪名高い呪詛のオプティヌラをとっつかまえたんだからよ」
二人の騎士は微笑んだ。黒紫の魔女はかなりの大物だったらしい。
「他にも『海草塩味』と『濃厚トンコツ味』もあるんだぜ」
「トンコツとは……」
「海豚の骨を煮込んだものさ!」
「うぅ」
何その地獄の釜茹でみたいなもの。
怖い、やっぱり海の街。
だけど推しに負ける。注文して出てきた濃厚トンコツ味はこってりとして更に美味しかった。最後に食べた海草塩味はさっぱりしていて口直しによかった。
「パスタの太さや形がそれぞれ違うんだね」
「店主のこだわりッスか」
「うーん! とにかく美味しかったね!」
満足してあとはドリンクタイム。思い思いの飲み物を注文し、すこし話し込んだ。
街のこと、トーナメントのこと、そしてこれからのこと。
「チユは、オラといっしょに『月の塔』に来るッスよね」
「うん、いってみたい」
「明日の朝、オラの仲間が買い出しついでに街に来るんで、その馬車で帰るッス」
「じゃぁ私はそれについてゆく」
道のりはここから三日ほどかかるらしい。
「あたしも行きたい! けど飛竜だと半日かからない距離なのね」
「確かに」
空を飛ぶアプローラも一緒に行きたいけれど、陸をゆく私たちとはどうしてもペースが合わない。
「じゃぁあたし、いちど王都に戻ってくるね。買い出しと、一応……家に報告だけ」
「それがいいっスね。心配してるッスよ」
アプローラは家出少女みたいになっている。だけど帰る家がちゃんとあることが羨ましい。
「月の塔で落ち合うのね」
「うんっ! チユとメラルは先に行ってて。あたしあとから追いかけて……そうだ『月の塔』の頂上に舞い降りていいのよね!?」
「それだとオラの塔の番人としての存在意義がなくなるっス」
「あはは」
魔女友達三人の話はいつまでも尽きなかった。
そして翌朝、日の出と共に私たちは港街ポポロノイカを後にした。
<章 完結>
次回、新章突入……!




